仕事を終えて、地下鉄銀座線末広町駅から帰宅の電車に乗り込むと、すぐさま車内放送が流れた。なんやかんやと車内は騒々しく、放送の内容がよく聞こえない。何とか聞こえてくる断片の単語をつなぎ合わせてみると、どうも地下鉄東西線が不通になったらしいことが分かった。
どこぞの駅で車両故障だか、なんかが起こって18時15分に運転見合わせになったのだという。
携帯電話の時計を見ると、現在18時20分。おやおや5分前の出来事か、と溜め息をつきながら、一応、東西線の日本橋のホームまで下りてみた。
地下鉄はやはり上下線とも止まっているようだった。
ホームは多くの人で混雑しており、みるみるうちに人が増えていく。
ただでさえ、蒸し暑いのに、地下鉄の生温かい風に吹かれていると、なんかげんなりしてきた。
オレはすぐさま、踵を返し、急いで地上へ飛び出した。
茅場町まで歩いてみようと思ったのだ。
日本橋交差点はまだいくらか明るさを残し、行きかう車や早足で歩く人波が絶えることはなかったが、地下鉄の渇いた風に吹かれているよりは何百倍も健康的だった。
霊岸橋のたもとにある立ち飲み屋に寄ろうか、と考えた。
かつて、霊岸橋の手前にある、なんとかというアパートに入居する企業を取材したことがある。その建物は東京大空襲でも焼け出されることなく、今もその存在感を際立たせていた。聞いた話しによると、そのアパートはちょくちょくドラマのロケ地になっているようで、最近も「白い巨塔」(山崎豊子原作、新潮文庫)で撮影が行われたとか。
その渋い建物の目の前にやや現代風な立ち飲み屋が構えていたのを思い出したのである。
ドラマといえば我々トレンディドラマ世代は、会社の帰りにふらりとカッコいいお店に立ち寄り、やがて、デザイナーズマンションへと帰っていく。サラリーマンになったら、そんな暮らしができるのだと少なからず思っていた。全く同じではないだろうが、それに近いイメージを持ち続けてきた。
しかし、そんなのはただの幻想であった。
バブル経済、ただ春の夢の如し、なのである。
とはいえ、今日はそんな憧れを抱いていたあの日みたいに気まぐれに酒場へ寄ってみるのもいいだろう。
こうして、入ったお店が「ギョバー」なのである。
店はカウンターでぐるりと厨房を囲み、奥には巨大な樽をテーブル席に見立てたスペースを設けている。
18時半を少し回ったこの時間、お客はまばらだった。
オレは奥のほうのカウンターに陣取り、すぐさま生ビールを頼んだ。
ジョッキではなく、やや大きめのグラスに注がれたそれが運ばれてくると、オレはすぐさま喉を鳴らして飲んだ。
いやぁ、やはりこの季節のビールはうまい。
すぐ隣には若いカップルがいて談笑している。そこに若い店員も混じって話しに加わってきた。いやがうえでも聞こえてくるその会話の話題は、どうやらその男が長いこと行っていたタイの話しのようだった。
どうやらその男は達者にタイ語も操れるようである。ついつい、話しに加わりたいと思ったが、ここはぐっと堪えた。すると、オレが 1杯目のビールを飲み干す前に、そのカップルはさっさと店を出ていってしまったのである。
2杯目のビールを注文するときに、「今の人、バックパッカーだったの?」と店員に聞くと、「タイに1年くらいいたらしいですよ」と返ってきた。
そういえば、タイではそういう奴を何人か見た覚えがある。チェンマイで出会ったガンちゃんもその一人だった。
「ガンちゃん、元気かなぁ」などともの思いに耽っていると、2杯目のビールが運ばれた。
「つまみ、何にします?」と聞かれて、「そうかまだ何も頼んでなかったっけ」。
考えるのが面倒だったから、何かビールにあうつまみを適当に作ってくれないか、とその店員に頼んだ。すると、少し考えて「タコと貝柱はどうですか?」とメニューが書かれた黒板を指しながらそう言う。
黒板には「タコと貝柱のエスニックマリネ」とある。
およそ、立ち飲み屋にあるメニューとは思えない名称なのだが、喜んでそれをもらうことにした。
そのこじゃれた名称から、きっと軟弱なものが運ばれてくるんだろうな、などと思っていたが、実はその酒肴がとてつもなく素晴らしかった。
調味料にはナンプラー、そして、タコの上にはパクチーが!
いやぁ、さっきまでタイの話しに加わりたくてうずうずしていたのをこの店員は知って、このタイ風のつまみを出してきたようだ。
ジメジメと湿気が多い日にはナンプラーの料理がよく合う。
そして、タコとナンプラーの絶妙な組み合わせ!
何と清々しいことよ!
更にパクチーの薫り高きことよ!
これは、ホントマジでうまかった。
このメニューだけのために、ここに来てもいいくらい。
この勢いに乗じてオレは次に麦焼酎「天草」の水割りに手を出した。
ちょっと1杯のつもりで来たのに、いつの間にか、その術中にはめられている。
やがて、店は多くのおっさんでごった返してきた。場所柄、お堅いサラリーマンがほとんどである。或いはホントに証券マンかも。
締めは、味噌焼きおにぎりにした。
すると、その店員、せっせとおにぎりを握るではないか。
「ウチは最初からやりますよ」
なるほど、これは単なるお洒落立ち飲みと侮ってはいけない。
そして、出来上がってきたおにぎりは大きくほっこりとしてすこぶるうまかった! これで370円は安い。
お勘定を払い、店員に「また来る」旨を約して外に出た。
爽やかな足取りで再び家路に着いたのである。
茅場町の駅に入ると、すっかり東西線は運転を再開していた。
どこぞの駅で車両故障だか、なんかが起こって18時15分に運転見合わせになったのだという。
携帯電話の時計を見ると、現在18時20分。おやおや5分前の出来事か、と溜め息をつきながら、一応、東西線の日本橋のホームまで下りてみた。
地下鉄はやはり上下線とも止まっているようだった。
ホームは多くの人で混雑しており、みるみるうちに人が増えていく。
ただでさえ、蒸し暑いのに、地下鉄の生温かい風に吹かれていると、なんかげんなりしてきた。
オレはすぐさま、踵を返し、急いで地上へ飛び出した。
茅場町まで歩いてみようと思ったのだ。
日本橋交差点はまだいくらか明るさを残し、行きかう車や早足で歩く人波が絶えることはなかったが、地下鉄の渇いた風に吹かれているよりは何百倍も健康的だった。
霊岸橋のたもとにある立ち飲み屋に寄ろうか、と考えた。
かつて、霊岸橋の手前にある、なんとかというアパートに入居する企業を取材したことがある。その建物は東京大空襲でも焼け出されることなく、今もその存在感を際立たせていた。聞いた話しによると、そのアパートはちょくちょくドラマのロケ地になっているようで、最近も「白い巨塔」(山崎豊子原作、新潮文庫)で撮影が行われたとか。
その渋い建物の目の前にやや現代風な立ち飲み屋が構えていたのを思い出したのである。
ドラマといえば我々トレンディドラマ世代は、会社の帰りにふらりとカッコいいお店に立ち寄り、やがて、デザイナーズマンションへと帰っていく。サラリーマンになったら、そんな暮らしができるのだと少なからず思っていた。全く同じではないだろうが、それに近いイメージを持ち続けてきた。
しかし、そんなのはただの幻想であった。
バブル経済、ただ春の夢の如し、なのである。
とはいえ、今日はそんな憧れを抱いていたあの日みたいに気まぐれに酒場へ寄ってみるのもいいだろう。
こうして、入ったお店が「ギョバー」なのである。
店はカウンターでぐるりと厨房を囲み、奥には巨大な樽をテーブル席に見立てたスペースを設けている。
18時半を少し回ったこの時間、お客はまばらだった。
オレは奥のほうのカウンターに陣取り、すぐさま生ビールを頼んだ。
ジョッキではなく、やや大きめのグラスに注がれたそれが運ばれてくると、オレはすぐさま喉を鳴らして飲んだ。
いやぁ、やはりこの季節のビールはうまい。
すぐ隣には若いカップルがいて談笑している。そこに若い店員も混じって話しに加わってきた。いやがうえでも聞こえてくるその会話の話題は、どうやらその男が長いこと行っていたタイの話しのようだった。
どうやらその男は達者にタイ語も操れるようである。ついつい、話しに加わりたいと思ったが、ここはぐっと堪えた。すると、オレが 1杯目のビールを飲み干す前に、そのカップルはさっさと店を出ていってしまったのである。
2杯目のビールを注文するときに、「今の人、バックパッカーだったの?」と店員に聞くと、「タイに1年くらいいたらしいですよ」と返ってきた。
そういえば、タイではそういう奴を何人か見た覚えがある。チェンマイで出会ったガンちゃんもその一人だった。
「ガンちゃん、元気かなぁ」などともの思いに耽っていると、2杯目のビールが運ばれた。
「つまみ、何にします?」と聞かれて、「そうかまだ何も頼んでなかったっけ」。
考えるのが面倒だったから、何かビールにあうつまみを適当に作ってくれないか、とその店員に頼んだ。すると、少し考えて「タコと貝柱はどうですか?」とメニューが書かれた黒板を指しながらそう言う。
黒板には「タコと貝柱のエスニックマリネ」とある。
およそ、立ち飲み屋にあるメニューとは思えない名称なのだが、喜んでそれをもらうことにした。
そのこじゃれた名称から、きっと軟弱なものが運ばれてくるんだろうな、などと思っていたが、実はその酒肴がとてつもなく素晴らしかった。
調味料にはナンプラー、そして、タコの上にはパクチーが!
いやぁ、さっきまでタイの話しに加わりたくてうずうずしていたのをこの店員は知って、このタイ風のつまみを出してきたようだ。
ジメジメと湿気が多い日にはナンプラーの料理がよく合う。
そして、タコとナンプラーの絶妙な組み合わせ!
何と清々しいことよ!
更にパクチーの薫り高きことよ!
これは、ホントマジでうまかった。
このメニューだけのために、ここに来てもいいくらい。
この勢いに乗じてオレは次に麦焼酎「天草」の水割りに手を出した。
ちょっと1杯のつもりで来たのに、いつの間にか、その術中にはめられている。
やがて、店は多くのおっさんでごった返してきた。場所柄、お堅いサラリーマンがほとんどである。或いはホントに証券マンかも。
締めは、味噌焼きおにぎりにした。
すると、その店員、せっせとおにぎりを握るではないか。
「ウチは最初からやりますよ」
なるほど、これは単なるお洒落立ち飲みと侮ってはいけない。
そして、出来上がってきたおにぎりは大きくほっこりとしてすこぶるうまかった! これで370円は安い。
お勘定を払い、店員に「また来る」旨を約して外に出た。
爽やかな足取りで再び家路に着いたのである。
茅場町の駅に入ると、すっかり東西線は運転を再開していた。
ぎょ?魚かな?とも思ったんですが。
でもタイムリーな話題の料理をサクっと出してくれるのはステキです!
「うちは最初から作ります」という言葉にもぐっときますね。
確かに魚かとも思いますね。
今度、聞いてみます。
確か、このお店、京橋でも見かけました。
多店舗展開していると思います。
店員さんがいい人だと幸せな気分になります。