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「魚屋金兵衛」を出て、ボクは一人街に出た。懇親会はもう終わり。あとは一人八戸の街を散策しようと思った。
八戸市には幾つもの飲み屋街の横丁があるらしい。
ボクはそのひとつひとつを丹念に歩き、店を探した。
「みろく横丁」、「ロー丁れんさ街」、「ハーモニカ横丁」、そして「長横れんさ街」etc。
哀愁を感じさせる横丁にそれぞれ行ってみると、なるほど魅力的な酒場がたくさんある。
東京にあるいわゆる大衆酒場はないが、重厚な酒場が軒を連ね、ボクを呼んでいるようだ。
1時間近くは歩いただろうか。
ボクはそれほどくまなく店を探した。
いくつか店を絞り込んだそのうちの1軒に「山き」があった。
店頭が全てを物語っていた。格子戸と縄のれんの清々しさ。清楚であり、気品があり、エレガントさがある。
もう1軒の候補と比べながら思案し、ボクは「山き」の暖簾をくぐった。
カウンターの席が幾つか空いており、ボクは店の一番奥の席に腰掛けた。
美しい女将さんのお店だった。
ちょっとドキドキしてしまいそうな女将さんにボクはしばし見惚れた。
この店は間違いなく当たりだ。
外観の印象に違わず、内観も気品にあふれていた。
カウンターに並べられた大皿の料理の美しさ。
例えば、煮魚。例えばイカの煮物。そのいずれの料理も輝くように眩しく光っている。
そうそう、このイカの煮物は、おふくろがよく作ってくれたものに似ている。そうか、これはやはり南部の料理だったか。
そのおばんざいをいただいた。
イカと大根の煮物。小さい時は食卓によく登場していた料理が実は南部の郷土料理だったことに今更驚く。
一口食べてみる。じんわりとくるおふくろの味。これ懐かしい。四半世紀ぶりに食べるおふくろの味。酒は八戸の地酒。名前は失念したが、実にうまい。
その間、女将さんとのトークに盛り上がる。
ボクは「津軽と南部の人は気性も違うの?」と尋ねる。女将さんは少し考えて「そうねぇ」と言って、他のお客さんも巻き込んだ。一人客の男性は「ウチのが津軽だけど、気性は荒い」。
女将さんはすぐさま「それは○○さんが飲んでばっかりいるからでしょ」と突っ込むと、「女将にここで飲まされるから」と返した。
こうして、カウンターの客同士で盛り上がる。その場の笑いが静まると、女将さんは真顔になって「南部は我慢する傾向があるかしらね」と小さく呟く。その横顔が少し寂しそうだった。
小さな灯火を点したような店である。その灯火の温かさにじんわりと触れるだけで幸せな気持ちになる。
そんな酒場である。
お店に小さな写真が飾られていた。
女性が2人微笑む。
一人は女将。もう一人が銀幕のスター。
そうか、カウンターの背後にあるJR東日本のキャンペーンのポスターは「山き」の店の外で撮影されたものか。赤提灯の灯りがなんとも温かい。
そうか。吉永小百合さんはここを訪れたのか。
清廉が精錬を呼ぶ。いや、それとも華が華を呼ぶというべきか。
女将とスター。ここまで通ってきた道のりは違うが、実はこの2人は似ているのではないかとボクは思った。
いい酒場に入ったと思う。
我ながら酒場の嗅覚が研ぎ澄まされたのだと思う。
いつかまた、この店に戻って来る日はあるだろうか。
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