その夜は、星空の下、リンゴゲストハウスのトップルーフで様々な国のバックパッカーらと夜を過ごした。
インドに着いて、初めての夜。
随分、1日が長かったように思う。
わたしは、部屋をシェアするF井さんと、この日にあった1日の出来事をお互いに報告し合った。わたしは、パハルガンジでクルターとパジャマーをオーダーしたこと、F井さんは、果物屋でマンゴーを買ったが、値段の件でひと悶着をおこした報告である。
やはり、買い物ひとつするのに、大変な労苦を強いられていた。
ゲストハウスの住人はほとんどが欧米人だった。
中には、アジア系の男たちもいたが、日焼けとぼうぼうとしたヒゲと頭髪で、国籍すら不明な人間も少なくなかった。
夜も更けていくと、ひとりふたりと消えていき、23時を合図にテラスは誰もいなくなった。
わたしたちも部屋に戻り、就寝することにした。
苛烈な暑さのインドにおいて、睡眠はとても重要だ。恐らく、バックパッカーらは、それを本能で知っている。ここには、ヴェトナムやタイにはない緊張感が張り巡らされているような気がした。
わたしは、目を瞑ると、すぐさま眠りに落ちた。
そして、気がつくと、朝はすぐにやってきた。
目が覚めて、わたしは、外に出た
その足は自然と公園のほうに向かった。
朝5時の公園は、多くのインド人が思い思いに体操をしている。
時折、インド人の間隙を縫って、小さな動物が素早く横切っていく。
なんだろうと目を凝らしていると、それはエゾリスに似たリスだった。
こんな都会の公園でリスが生息しているとは少し驚きである。
わたしは、体操するインド人とリスをしばし眺め、街を散策した。
しばらく歩くと、チャイ屋が出ていた。
そして2、3人の男たちが立ってチャイをすすっている。
わたしも彼らに倣い、チャイ屋に1杯のチャイを注文した。
煮出した大鍋に褐色のチャイが渦を巻いている。チャイ屋はそこからポットを出し、見事な手さばきでコップにチャイを注ぐ。右手に持ったポットを高々と上げ、左手のコップは下げた手に持つ。ポットからは褐色のチャイがまるで糸を引くように落ちていく。その行為を男は何度も何度も繰り返す。
落差のあるところからチャイを落とし、一体何をやっているのだろう。
見ているだけでは分からなかったが、その手さばきは本当にうっとりと見とれてしまうほどの見事さだった。
緑色の小さなコップに注がれたチャイを受け取り、チャイ屋のおやじはわたしに7ルピーを請求した。
「しまった」。またもや、値段を確認するのを忘れていた。
「高くないか?」
チャイ屋に聞くと「そんなことはない」という。
7ルピーは約21円。
日本円に換算すると大したことはない。
仕方ない、それで払っておこう。
わたしが7ルピーを支払うと、そのやりとりを一部始終見ていたチャイをすする男たちは、ちょっとざわめいた。それは驚きの色を帯びていた。
「やっぱり高かったか。それも法外に」
だが、見事なまでのチャイの注ぎ方を見せてもらった。それだけでも十分ではないか。
わたしは、そう自分に言い聞かせた。
午後になり、わたしはパハルガンジの仕立て屋へと出かけた。
クルターとパジャマーの仕立てが上がっているはずだった。
そのクルターとパジャマーを受け取り、さてどうするかとパハルガンジのニューデリー駅側の入口に立っているとき、ひとりの男がわたしに声をかけた。
眼球の鋭い、小柄な男である。
その男は開口一番「シュリナガルに行かないか」と言った。
「シュリナガル?」
オウム返しに聞くと、その男は「そう。シュリナガル」。
カシミール地方は緊張状態にあると聞いていた。領土問題をめぐり、インド軍とパキスタン軍がにらみ合っているという。
「シュリナガルか」と思わず、わたしがつぶやくと、その男は鋭い目でさらにわたしを睨みつけ、にじり寄ってきた。
※これまでの「オレ深」は、親愛なる友人、ふらいんぐふりーまん師と同時進行形式で書き綴ってきました。インド編からは同時進行ではありませんが、これまでの経過とともに、鬼飛(おにとび)ブログと合わせて読むと2度おいしいです。
本当に疲れるねえ。慣れるまでは・・・。まあ、慣れても疲れるけど。(苦笑)
しかし、師もボラれてんねえ。
チャイで7ルピーは法外も法外だねえ。でも、最初に価格を確認しなかったが故の「ボリ価格提示」だからねえ。なんともならん部分があるね。
あの、最初に価格を確認するというのが、価格値札表示に慣れてしまった日本人の俺らには、ほんと難しいことだったよねえ。インドで生まれて生活してたら、商品を買う際の価格交渉は当たり前だっただろうけど、あれにはホント慣れるまで時間かかったよ。
ま、価格交渉しても、ボラれたりしてんだけどね。(笑)
ただ、今だったら、店の人が泣きそうになるくらいまでは買い叩いたりはしないだろうな。そもそも、俺自身がそれなりに納得がいく値段であれば、それでいいんだもんね。
それで店側もうれしければ、ウィンウィンってことなんだし。
泣きそうになってた店の人の顔を思い出して、なんか苦い思いをするくらいなら、そっちの方が気持ちが良いもんね。
だから高額なチャイも、最初だったし、しょうがなかったと思うよ。それにボラれても21円。よく考えると、なぜそこまでして数円をケチったのかという気もするし。
でも若かったから、数円という価値より、海外旅行者というだけで舐められてボラれるということに、大いなる拒絶感があったんだろうねえ。そして、ちゃんと交渉を行わなかった自分の落ち度にも、腹を立ててたんだろうと思う。
今行ったら、昔以上に腹黒くなってるから、もっと上手に価格交渉できるだろうなと思う。おっさんになったから、なんでかしらないけど、インディアナ・ジョーンズばりに「ムチ」が欲しくなったりしないもんね。(笑)
さて、シュリナガル。この後どうなるのか興味津々だねえ。期待してるよ。
こうして、インドのバックパッカーは鍛えられていくんだね。
まだ、滞在1日なのに、もうニューデリー編は5回目。
まだまだ続くよ。
ニューデリー編。