声の仕事とスローライフ

ただ今、仕事と趣味との半スローライフ実践中。遠方の知人友人への近況報告と、忘れっぽい自分のためのWeb忘備録です。

7月24日

2016-07-24 10:20:02 | Diary



今日は実母の命日、もう4年前です。



早朝4時過ぎに妹から報せを受け


その後、しばらくケータイを握ったままオロオロして…

何から手をつけていいのかと、混乱した頭で

( これから何をすればいい?)

と自問して、


( そうだ、今日は朝から大阪出張の予定だった…)

ことに気づいたのでした。



それから、

とるものもとりあえず、

仕事用の黒いスーツが入ったキャリーバッグをそのまま車に積み込んで、

高崎駅の新幹線乗り場に車を走らせながら、


( もう今から急いだって死に目には会えなかったんだから、意味がないじゃないか )


…という妙に冷静な思いと、

前日、検査入院したばかりの母が、

( なんで? )

…という、状況が理解できない混乱した頭で、


( 仕事どうしよう… )

と、

考えました。(~_~;)


( 仕事に穴だけは開けたくない、
40度の熱があったって、2時間の生放送こなした事だってあったんだから…)


昔、関西にいた頃、

マネージャーから

「親が死んだって穴は開けられない…そういう仕事だよ」

と言われ、そのつもりでやって来たのです。


某企業の全国接遇コンテストで初めて審査員を務める大事な仕事でした。

発注先から

「あなたにしかできない仕事だから是非お願いします」

と言われて請け負ったのです。

正直、よりにもよって何故こんな日に重なるのだろう…

という思いもありました。

( なんとか、穴を開けずにやれないか…
そうだ、葬儀は明日の午前だから、事情を説明して早めに出て、そのまま大阪に行けば間に合う)

そう思いながら、

高崎駅の新幹線に乗る直前に
発注先の代表に電話連絡すると、

「仕事の方は何とかするから心配しなくていい」

との返事…。


ありがたいと思う反面、

迷惑をかけてしまったという心苦しさと
大事な仕事に行けなくなった残念な思い、

でも、これで、ゆっくり母との別れが出来るという…安堵の思いとが入り混じった

これまでに経験した事のない複雑な思いでした。


広島市内の葬儀場に着いたのは昼過ぎ…。


案内された部屋には、たまたま、妹夫婦も甥っ子たちもいなくて、

小さな部屋の真ん中に安置された、とても小さな母の亡骸と対面した私は、

その時になって初めて、
急にこみ上げてきた悲しみに襲われ、

子供のように大声で泣いたのでした。



あれから、4年…


最近、思うのは

大事な仕事と親の死が重なることには、

きっと何か意味があるのではないか…と
いう事です。


私のような仕事をしていると、

マネージャーが言っていたように
「親の死に目に会えない」のは当たり前だというけれど


本当に自分じゃなきゃダメな仕事なんてどれ程あるだろう…。


実は、それは雇う側にとってみれば予防線で、
雇われる側にとっては、単なる思い上がりではないかしら…

ただし、仕事を請け負う者の意識とすれば必要な覚悟ということなのかな…


と、気づいたのです。



“あんたの代わりはいくらでもいるのよ”


という事を

私は、そのときに母から学んだように思うのであります。


ええ、私の母は、

昔からそう言う人でしたから…。(^^;;


Like your mother loved you











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