“若かりし頃を共に過ごした仲間たちとの再会”が目的の旅は
滞在時間はわずか1日だったにも関わらず、
1週間ぐらい居たような気がしています。
その理由を帰りの車の中で考えてみたのですが
やはり、友人達との再会…によって
“過去に引き戻された”時間が多く存在したから
…という事でしょう。
宝塚温泉での同期会帰りに伊丹駅まで車で送ってくれた、
予備自衛官訓練から帰ってきたばかりのシゲちゃんは、
現在、伊丹駐屯地の近くで居酒屋を経営していますが、
「ウチに来る客の中に、音楽隊の子がいるんだけどね、
『今ごろになって“音楽隊初の歌手”なんて言ってるけど、そうじゃないよ、
本当の“初”は私の同期だったんだよ』って話しているんだよ」
…と。(^^;;
彼女に限らず、当時を知る同期たちは皆、私の事を覚えてくれています。
“同期”って本当にありがたい…。
それは大学時代のサークル仲間や後輩たちと三十数年ぶりに再会した夫も同様でしょう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/e1/f59ece9b3e259d3b05840e4195c0bdea.jpg)
大阪を出発する直前、
卒業以来だという夫の大学を訪ねたのですが
日曜日の構内は閑散としていて学生の姿もまばらで、
当然のことながら、夫を知る人は誰もいません。
でも、彼は迷路のような構内を迷わず歩く…
どんどん、先に歩いて行く…
ふと前を見れば、瞬間、夫の後ろ姿が
肩までのロン毛の、ベルボトムにTシャツの若者とダブって見えてくる…
学食では
椅子に座って友人達とダベっている姿
野外ステージでは
学祭のLIVEでマイクを持って歌っている姿、
当時を知らない私にとって、それらが想像できる理由は、
学生時代の写真と、思い出話しを聞いただけの情報によるものに違いないのですが、
とても鮮明な画像となって浮かんでくるのです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5a/66/3a9f0b188cb67d2b4b5c96443ae990fd.jpg)
そして、もう一人…夫の話に度々出てくる
“先輩Iさん”の姿も…。
私が、Iさんと知り合ったのは、彼が大阪市内の番組制作会社でディレクターをしていた頃で
「寮歌を特集する」という番組企画でのこと。
番組レポーターのオーディションを受けに行った私とは、初対面にも関わらず意気投合、
その後しばらくして、突然、番組企画自体はスポンサーの都合でボツになりましたが、
それが、Iさんは、よほど残念だったらしく、
それから何ヶ月後かの西宮球場でのクイーンのコンサートで偶然会った時には、
「またいつか一緒に仕事しようね」
と、声をかけてくれた事がありました。
結局、会ったのは、それが最後で
それ以来、Iさんの噂は共通の友人を通じて聞くのみだったのですが、
突然亡くなった、と聞いたのは10年近く前だったか…。
Iさんのことは、
今でも度々、夫のサークル仲間や同窓生とのSNSなどで出てくることが多いらしく
その存在は、よほど大きかったのかな?
と感じることがあります。
…そんな思いを抱きながら、
彼らが学生時代を過ごした大学構内を歩き回りました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/bd/bf563b2b74d933367da30c94900767c8.jpg)
帰り際、
「有名人がけっこう出ているけれど、その有名人の名前を知らない学生が多いんですよ」
と苦笑しながら話してくれた守衛さんに、
「その有名人のSさんや、Tさんと同じ寮に居たんですよ」
と話す夫に、
「エッ⁈そうなんですか?」
と、ビックリした守衛さん、
守衛さんも、もしかして卒業生?
遠方からきた私たちに、とても親切に対応してくれました。
自分たちが若かりし頃を共有した場所が
変わらずにある…
自分が存在したことは、仲間たちが証明してくれる。
それは、とても嬉しい事です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/ed/b15967c55a3219ffd11e269b058ece60.jpg)
滞在時間はわずか1日だったにも関わらず、
1週間ぐらい居たような気がしています。
その理由を帰りの車の中で考えてみたのですが
やはり、友人達との再会…によって
“過去に引き戻された”時間が多く存在したから
…という事でしょう。
宝塚温泉での同期会帰りに伊丹駅まで車で送ってくれた、
予備自衛官訓練から帰ってきたばかりのシゲちゃんは、
現在、伊丹駐屯地の近くで居酒屋を経営していますが、
「ウチに来る客の中に、音楽隊の子がいるんだけどね、
『今ごろになって“音楽隊初の歌手”なんて言ってるけど、そうじゃないよ、
本当の“初”は私の同期だったんだよ』って話しているんだよ」
…と。(^^;;
彼女に限らず、当時を知る同期たちは皆、私の事を覚えてくれています。
“同期”って本当にありがたい…。
それは大学時代のサークル仲間や後輩たちと三十数年ぶりに再会した夫も同様でしょう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/e1/f59ece9b3e259d3b05840e4195c0bdea.jpg)
大阪を出発する直前、
卒業以来だという夫の大学を訪ねたのですが
日曜日の構内は閑散としていて学生の姿もまばらで、
当然のことながら、夫を知る人は誰もいません。
でも、彼は迷路のような構内を迷わず歩く…
どんどん、先に歩いて行く…
ふと前を見れば、瞬間、夫の後ろ姿が
肩までのロン毛の、ベルボトムにTシャツの若者とダブって見えてくる…
学食では
椅子に座って友人達とダベっている姿
野外ステージでは
学祭のLIVEでマイクを持って歌っている姿、
当時を知らない私にとって、それらが想像できる理由は、
学生時代の写真と、思い出話しを聞いただけの情報によるものに違いないのですが、
とても鮮明な画像となって浮かんでくるのです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5a/66/3a9f0b188cb67d2b4b5c96443ae990fd.jpg)
そして、もう一人…夫の話に度々出てくる
“先輩Iさん”の姿も…。
私が、Iさんと知り合ったのは、彼が大阪市内の番組制作会社でディレクターをしていた頃で
「寮歌を特集する」という番組企画でのこと。
番組レポーターのオーディションを受けに行った私とは、初対面にも関わらず意気投合、
その後しばらくして、突然、番組企画自体はスポンサーの都合でボツになりましたが、
それが、Iさんは、よほど残念だったらしく、
それから何ヶ月後かの西宮球場でのクイーンのコンサートで偶然会った時には、
「またいつか一緒に仕事しようね」
と、声をかけてくれた事がありました。
結局、会ったのは、それが最後で
それ以来、Iさんの噂は共通の友人を通じて聞くのみだったのですが、
突然亡くなった、と聞いたのは10年近く前だったか…。
Iさんのことは、
今でも度々、夫のサークル仲間や同窓生とのSNSなどで出てくることが多いらしく
その存在は、よほど大きかったのかな?
と感じることがあります。
…そんな思いを抱きながら、
彼らが学生時代を過ごした大学構内を歩き回りました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/bd/bf563b2b74d933367da30c94900767c8.jpg)
帰り際、
「有名人がけっこう出ているけれど、その有名人の名前を知らない学生が多いんですよ」
と苦笑しながら話してくれた守衛さんに、
「その有名人のSさんや、Tさんと同じ寮に居たんですよ」
と話す夫に、
「エッ⁈そうなんですか?」
と、ビックリした守衛さん、
守衛さんも、もしかして卒業生?
遠方からきた私たちに、とても親切に対応してくれました。
自分たちが若かりし頃を共有した場所が
変わらずにある…
自分が存在したことは、仲間たちが証明してくれる。
それは、とても嬉しい事です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/ed/b15967c55a3219ffd11e269b058ece60.jpg)