朝から雲が広がり冷たい雨が降る憂鬱な空模様ですが急用が出来てしまい、急遽三軒茶屋へ行くことになってしまいました。今回は世田谷線を何度も乗り降りするため、自宅から喜多見駅まで徒歩で向かい“小田急・世田谷線散策きっぷ”を初めて購入し、山下駅から玉電カラーの300系301Fに乗車したのですが車内放送の音声が更新されていました。
1999年の登場以来、世田谷線の自動放送は池上・多摩川線の7700・7600系のワンマン放送と同様に関東バスなどで御馴染みの岡本洋子さんが担当して来ましたが、遂に新放送に更新されることになるようです。尚、今度の放送は他線との区別の為か鉄道線全線を担当している西村文江さんではなく、別の方を起用していました。聞きなれない声だったのでかなりの違和感がありましたが、今度の放送は誰が担当されているんでしょうか・・・。
帰りに乗った309Fは岡本さんの放送のままでした。今日稼動していた編成は今の所旧放送で存置されているようですが、今年中には他編成にも直ぐに波及することと思います。このブログでも記事にしましたが神奈川中央交通の森田夕里さんの降板や、JR東日本のATOS放送より津田英治さんがまさかの引退など、耳に馴染みのある方の声が次々聞かれなくなり残念に思っていたところだったので私としては「あぁ世田谷線よお前もか・・・」といった心境です(涙)更新完了までに走行音と共に録音してみたいですね。
世田谷線といえば、必ず沿線のガイドマップなどでも取り上げられる宮の坂駅前の元・東急デハ80形改め江ノ電600形の保存車両ですが、久々に降りて観察して来ました。いつも通り過ぎるばかりで、こうしてじっくり見るのは数年ぶり。車体がステップレス化され乗務員室も拡大されるなど、東急の保存車といっていいのか甚だ疑問ですが、本家デハ80形が全車両廃車解体処分された今玉電の貴重な生き残りなんですよね。80形も引退時には世田谷区内での保存が計画されたようですが、用地や資金の問題から結局流れてしまい実現出来ず終わってしまいました。もしここにいるのが本当のデハ80だったら・・・。
車内は座席のへたりも無く、相変わらず良好な状態を保っていましたが残念なことに吊革の盗難が発生したとのことでその旨張り紙が掲出されていました。保存車両からの部品持ち去りは歴とした窃盗であることを自覚してもらいたいものです。
本家の江ノ電からは消えて久しい円形ドアステッカーも入り口のドアに健在です。現在より二世代程前のデザインで1990年代前半くらいまで見られたものです。指を戸袋方向でなく上向きにして左右どちらにも使用できるようになっているのが特徴でした。このステッカーの時代は、下半分の広告が全て藤沢市民会館になっていました。
本日使用した小田急・世田谷線散策きっぷです。世田谷線だけではなく、有名撮影地を含む小田急線の世田谷区内の区間(喜多見~東北沢間)も一日乗り降り自由なので撮り鉄活動にも重宝しそうですね。