町田営業所業務日報

地元周辺の鉄道・バス車両について気紛れに綴ります。

祝・南武線、“みんなの夢ミュージアムトレイン号”運転開始と205系のインドネシア譲渡!!

2015年01月17日 | JR東日本

インフルエンザが猛威を振るう季節真っ只中ですが、私も見事に感染してこの1週間ダウンしておりました(鬱・・・)。当然のことながらパソコンに向かう気力も無く、すっかり更新が滞ってしまいましたが、大ネタが転がり込んできたので本日より再開いたします。

昨年8月から募集していた、南武線で「叶えたい夢」の中から抽選の結果「夢のピクニックトレイン」として本日より“みんなの「夢」ミュージアムトレイン号”が運転を開始しました。本日は招待客を乗せて一往復のみの臨時列車としての運行でしたが、出発式の開催と特製ヘッドマークを着けての運転になるので出勤途中に武蔵中原駅に立ち寄って来ました。といっても、駅撮りなので大した写真はありませんが・・・。

今回ミュージアムトレインに抜擢されたのは、現時点で最新のN12編成(左奥)です。まだまだ完成から日が浅いため床下機器やパンタグラフが模型の電車のように輝いていました。最初は立川寄りで撮ろうと思ったのですが、見事に逆光になってしまいやむなく川崎寄りから撮影しています。コーンが写っていますが、今日は撮影者が来ることを予想してか電車が止まらないエリアにロープが張られていました。

武蔵中原駅のコンコースでも、ピクニックトレインの運転を大々的にアピールしています。今回のピクニックトレインの企画はE233系導入を記念して募集した結果実現したものですが、社員お手製と思われる横断幕やポスターなどJRの南武線改良に向けての気合の入れ様が伝わって来ますね。ちなみに、2014年の川崎市10大ニュースでは南武線への新車導入が2位に選ばれている辺り、古い電車のイメージが定着していた南武線への最新車両は沿線住民の注目度もそれだけ高かったようですね。

さて、新車投入で続々運用離脱し各地へ疎開されている205系ですが兼ねてから囁かれていたインドネシアへの譲渡が正式に決定し、当初の予定通り120両が現地へ渡るとのことです。インドネシア譲渡分以外は廃車と自社線転用(既に大宮で武蔵野線カラーの帯に変更した車両の目撃情報が出ていますね)になりますが、それ以外の路線への転出があるかどうか、こちらも目が離せなくなりそうです。

ちょっと前なら、ありふれた日常だった205系同士の並び。当たり前のように見られたいつもの光景も、あと少しで過去のものになってしまいますね。(稲城長沼駅で撮影)

今後205系のインドネシア譲渡が滞りなく進めば、先に渡った埼京線・横浜線の356両と合わせJABODETABEKでの勢力を更に拡大することになり痛快さを覚える反面、ただでさえ数年後の車両不足が目に見えているにも関わらず在来の東急車・東京メトロ車の相次ぐ廃車が行われている現地の状況では南武線組の搬入が始まった時点で再び不調の編成が潰されるのは確実でしょうし、また廃車体のピラミッドが増えるのかと思うと非常に複雑な物があります。取り敢えず、JR東日本との関係が破綻しなければ良いのですが、果たして全く旨みも見返りも無い205系外交と技術指導がいつまで続くのやら・・・。

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新年の大師線

2015年01月05日 | 京浜急行電鉄

2015年二発目の記事ですが、本日は知人らを川崎大師へ案内して参りました。本当なら折角の代休なので早速新年明けての京急線撮り鉄と行きたいところですが、まさか鉄道に興味の無い人間を連れまわして寒い中撮影という訳にも行かないので今回は思いっきり手抜き記事であることを初めにお断りしておきます(汗)

もう毎年恒例行事となった、京浜急行大師線の干支ヘッドマークです。まだまだ正月気分の抜けない今日、大勢の参拝客で賑わいを見せていました。一般的に正月三が日に行いますが、初詣は1月中なら特に問題ないので今しばらくは盛況ぶりが続きそうです。かくいう私は毎年の初詣は出生地でもある千代田区の神田明神に参拝していますが、やはりこちらにも来ないと正月の実感が湧いてこないですね。

目下大師線は小島新田駅を除く区間の地下化工事が2019年の完成を目指して進行しており、仮設の囲いが沿線や駅構内で目立つようになってしまいましたが、この京急川崎駅の頭端式地上ホームに発着する姿もあと何年目にすることが出来るのでしょうか。今後地下化が完成すれば京急川崎駅の大師線乗り場は現在の川崎DICE付近に新設されるとのことで、既にトンネルの基礎は完成しているようです。地上の渋滞の原因になっている踏切の解消を考えると仕方ないことなのですが、個人的には住宅街や工場が車窓に広がる生活感に溢れた大師線の雰囲気が大好きだったので、少々寂しくなってしまいます。

今日は澄み切った青い空が広がって、電車とバスが来るたび人でごったがえしておりマトモな駅舎のカットを撮るのが大変でした・・・。駅入り口にも門松が置かれて参拝客を迎えています。川崎大師駅と云えば駅名が示す通り真言宗智山派の大本山、平間寺への玄関口として1899年に「大師駅」として開業し、以来多くの初詣客に利用されていますが京浜急行電鉄の中で、また関東地方でも最古の電車駅として大変歴史ある駅でもあります。地下化工事が完成したら、どんな姿になっていることか。個人的な願望を言わせて貰えば、この特徴的な駅舎だけでも残して欲しいところです。

大師線は川崎大師への参詣を目的に大師電気鉄道により建設され、1899年1月21日に開通した現在の京浜急行電鉄の直接的な起源となった路線であり駅舎を出て右手に京浜急行発祥の地を示す石碑が建てられています。我が国に於ける電車運転は京都が最初ですが、電車による営業運転を関東地方では初めて開始し、また日本の鉄道では初めて標準軌を採用するなど、当時としてはかなり革新的な技術を導入している他、大師電気鉄道の開業により川崎大師への参拝客が全国から急増し今日では当たり前になった電車に乗って有名な神社へ参拝に行く文化を浸透させたという意味で、実は鉄道史からも文化面からも大変重要な路線なんですね。

ちなみに、大師電気鉄道が開通した翌年1900年に発表された「鉄道唱歌」の第一集・東海道編(品川駅の東海道線ホームで発車メロディーになっているアノ曲です)の四番の歌詞で「梅に名を得し大森を すぐれば早も川崎の 大師河原は程近し 急げや電気の道すぐに」と歌われていますが、この電気の道とは現在の大師線のことを指しています。子供の頃に初めてこの歌詞を聴いた時、意味がわからず「電気の道ってなんだろう?」と考えてしまったことがありました。

なんだか書いていて予想より固い内容になってしまいましたが、もしもこの記事を読んだ方で、これから川崎大師へ参拝される方は是非当時の賑わいと歴史に思いを馳せて見ては如何でしょうか? 

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新年明けましておめでとうございます。

2015年01月01日 | 鉄道・バス雑記

新年明けましておめでとう御座います、拙い内容のブログですが今年もよろしくお付き合いの程お願い申し上げます。

元日は初詣臨時列車が運転され賑わいを見せましたが、筆者は毎年恒例の快速伊東初日の出号で初日の出を拝みに行って参りました。実は当初指定券が取れなかったのですが、三日前にキャンセルが出ており間際になって確保出来たのです。こうした臨時列車の指定券は満席だったとしても意外と直前になるとキャンセルされることが割りと珍しくなく、諦めずにみどりの窓口や指定席券売機へ通い続けていると取れることがあるんですよね。

新宿駅で出発前に撮影、昨年とは異なり今年は485系「宴」での運転でした。今年も車内が掘り炬燵式になっている「華」の充当を期待していたのですが、ちょっと残念です。種車の485系から改造を受けて既に20年が経過し、車体には少々疲労の跡が見え始めていました。

筆者らが友人と共に座った席です。肝心の初日の出は根府川駅に着いてからも厚い雲に覆われ、残念ながら車内から望むことは出来ませんでした。幸いなことに、隣の席はキャンセル忘れか何かか乗客が来なかったので初詣の疲れが出ていた筆者はゴロ寝していました(笑)

今年は伊東に着いたら伊豆東海バスにでも乗り回そうかな・・・と思っていたのですが、いざ現地に着いてバス乗り場を見るとものの見事に新車のエルガとエルガミオばかりで「これは・・・」と絶句してしまいました。流石に地元で散々乗っている色違いのエルガに乗る気にはなれず、約20分後の熱海行きで直ぐに引き返し青春18きっぷの消化も兼ねて東海道線を神戸まで往復することに。

伊東から熱海へ戻る際に乗車した伊豆急行8000系。本来グレーのスカートが黒になっているのは2012年7月のリバイバルイベントで東急8000系時代の姿を再現したため、東急時代にはなかったスカートを極力目立たないようにする為の措置で、通常カラーに戻った今もそのままになっています。

この後は友人と別れ、ひたすら東海道本線を神戸まで下り、その足で上りの快速ムーンライトながら号で東京まで引き返して来ましたが岐阜県・滋賀県・京都府が予想以上の雪で列車にも大幅なダイヤ乱れが発生するなどなかなか大変な乗り鉄活動になってしまいました。因みに乗車したムーンライトながら号も途中豊橋駅で最終電車との接続待ちで1時間の遅れで運転を行い、1月2日の朝から仕事の筆者はどうなるものやらとヒヤヒヤさせられましたが、そこは余裕を持たせたダイヤ構成なのか東京へはほぼ定時に到着し、ほっと胸を撫で下ろしました。

夜の大垣駅で、東京行きムーンライトながらを待つ間暇なので、1本前に出る快速豊橋行きを撮ってみました。元日は東海地方でもかなりの降雪が見られ、313系もご覧の通りの雪化粧です。いつも見慣れたステンレスカーですが、この時期ならではの雪が付着した表情は精悍さが増して一層魅力的に見えるのが不思議ですね。

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