筆者がずっとトラッキングしているケース・シラー住宅価格指数が6月度で、全米20地区のうち、何と18地区で前月比で価格を上昇させました。まだ下落が続いているのはバブルに浮かれすぎたラスベガスと、自動車産業の凋落が著しいデトロイトの2地区だけです。
これに加えて、中古住宅販売も年率で7月は524万件にまで増え、もう住宅市場は底打ちしたとして、株価もこれに大きく反応しております。
今日のテーマは、これで果たしてアメリカの住宅問題が解決に向かっていると言えるのかどうかです。そのためには、最初にいくつかの事実を数字で確認しておきたいと思います。
■良い兆候を見せている数字:
1.アメリカ人の平均年収64000ドルで、第2四半期に売り出された住宅の72.3%は購入が可能。2008年第2四半期では、これが55%でした。(NAHBとウェルズ・ファーゴのレポート。)より厳しい年収42000ドルの場合で、頭金20%、30年固定金利、年収の30%以内の返済で算出した数字は63.7%ですが、1年前からは12.1%改善-7月現在。)
2.住宅ローンも30年ローンで、9月17日現在5.04%(フレディマック)という歴史的な低金利が続いています。(2001年のリセッションの時でも7%前後)
3.2007年比で約3倍の87000戸(2009年7月)の抵当物件を、公式には金融機関は保有しておりますが、これらが入手価格とほぼ同じ値段で売れ始めています。
4.政府のタックス・クレジット・プログラムには、すでに140万人のアメリカ人が応募。11月末までは、この応募で3年間家を購入したことのない、年収7万5千ドル以上15万ドル以下の人は、仮に税金を支払っていなくても住宅購入価格の10%、最高8000ドルまでのクレジット(現金還元)が受けられます。(減税政策ではありません。)
これにより住宅を初めて買う層の比率が50%を超えております。通常は20%程度。(このプログラムの絶大な効果を目の当たりにして、アメリカ政府はこれを延長するかどうか検討中。)
■悪い兆候の数字:
1.住宅ローンが支払えなくて住宅を手放した人は、すでに180万人に達っしておりますが、同じ程度の数字がこの背後に潜んでおります。それは、サブプライム・ローン利用者に代わって、今後、ALT-Aローン(信用スコアが低い人や書類不備な人用、最初は利払いだけも選べる)や、オプションARMローン=Adjustable-rate mortgage with the option to make a minumum payment(最初は低額のローン払いで、後から大きく増えるローン)での支払い不能者が急増する見込みだからです。エコノミストのこの記事の最後の図表(The reset economy)を参照。
注:Interest Only(利払い)だけの期間が過ぎれば、支払額は2-3倍にも跳ね上がることがある。オプションARMの場合は、利払いできなかった分はローン残に加えられるため、最初の借りたローン総額よりも高くなってしまう。
FRBの警告文書 何故、ここまでFRBは分かっていながらバブルを見逃したのか?
2.この第2四半期には、住宅の売り手が、買った時の値段より安く手放した比率が30%にもなっており、そのうち過去5年以内の高値圏で買った人は、ほぼ損を覚悟で売り払っております。
上記のエコノミストによると、全住宅ローンの23%が債務超過(家のローン額が家の現在価値よりも多い)です。ラスベガスではこれが60%にも達しています。これらは住宅差し押さえ予備軍ですが、この比率がドイツ銀行の試算では2011年には48%にまで増える見込みです。
3.アメリカ政府の住宅支援プログラムでは、400万人のターゲット層に対して、様々な条件が付くため、未だ23万5千人しか救えておりません。
4.金融機関が抱え込む住宅在庫には、値段が下がるのを避けるため、公にしていない、いわゆるシャドーインベントリー(隠れ在庫)が1年分ほどあると言われております。(アメリカ全体での住宅在庫は7月度で409万1千戸で、やはり同じく1年分程度)
■果たして、住宅問題の二番底は来るのか?
1.ケース・シラー住宅価格指数への評価:
これはこれで全米20地区を定点観測して、客観的に出しているデータであり評価できます。しかし実は、筆者もこのブログで以前に書いたのですが、2007年7月にも全米10地区で前月より価格が上昇しました。この時はこれで住宅価格が底打ちするのではないかと思った人が沢山いたようです。筆者もそのように思いました。ところが、それ以降、以前よりも激しい下落が始まったのです。
今回は10地区から18地区へと上昇地区は増えておりますが、それは上記の政府のプログラムや低金利と、これから上がるのではないかとのインフレ心理から来る買い急ぎの要因が絡んでのことと考えることが出来ます。
2.モーメンタムと失業率:
今のケース・シラー住宅価格指数の持ち直しや中古住宅販売の好調からして、特に新規購入層の急増にも支えられて、住宅販売のモーメンタムとしては上がっていると思います。しかしながら、ここからの認識が重要なのですが、これまでの住宅差し押さえのパターンと今回は決定的に異なります。
通常は、①景気の悪化 ②失業率の上昇 ③ローン支払いの滞り ④住宅の差し押さえの増加、といった順番で始まります。しかしながら、今回は全く異なるパターンです。
①歴史的な低失業率 & ②歴史的な住宅ローン金利低水準 & ③年率4%にもなる経済成長 & ④歴史的な高住宅価格水準 & ⑤詐欺的とも言えるローン貸付商法
その結果としての、⑥ローン支払いの滞り(最初はサブプライム)⑦住宅差し押さえの増加(最初はサブプライム)です。しかし、この最初の段階ではまだ世界経済は順調でした。
そして、リーマンショックを契機にして、⑧景気の極端な悪化 ⑨失業率の急上昇 ⑩ローン支払いの滞り(プライムやALT-A)⑪住宅差し押さえの増加 ⑫ローン支払いの更なる滞り(オプションARM)⑬金融機関の不良債権の増加 ⑭景気の二番底への降下 ⑮更なる失業率の上昇
もう後は書くのを止めます。こんなパターンは歴史上初めてでしょう。
■どういう解決策があるのか?
最後に、経済情勢と住宅問題の負のスパイラルからどうすれば抜け出すことが出来るのでしょうか?分かり切った人にとっては全くの平凡な蛇足ですが、
1.住宅ローン破綻者をこれ以上増やさないこと。
しかし、新規住宅購入者向けにはインセンティブプログラムを延長することができても、既存のローン返済に苦しんでいる人々、それも安易なオプションARMなどで購入した人々は、本来住宅バブルが継続することを前提にローンを組んでおります。従って、住宅バブルを再燃させることが、皮肉にも第1の解決策となります。しかし、これは今の情勢では、麻薬患者の更生のために麻薬を打つようなものです。
2.政府マネーを住宅ローン破綻予備軍にも強制注入すること。
何だか、亀井大臣を応援するような内容ですが、ここまでやると政府財政の破綻も現実味を帯びることはもとより、いわゆるモラルハザードの極致となり、果たして今の資本主義の枠内で成り立つことなのかどうか疑問です。
3.無理なくローン返済できるようなインフレ政策を導入すること。
これはうまくやれば可能なような気がします。しかし、実質の住宅ローン総額を10%や20%減らすインフレでは、ローン金利上昇分からすると焼け石に水でしょうね。かといって、それ以上のインフレ政策をもしやれば、これは長期金利が急上昇することは必定でしょう。そうなると今の不況下では、民間経済と政府財政が共に破綻する最悪のシナリオも考えられます。
現実的には、これら3つを上手に組み合わせることとなりそうですが、それを首尾良くやり遂げる方策については、筆者の能力を完全に超えておりますので、今日のところは、ここまでの問題提起にとどめさせて頂きます。
追伸:本来、引用文献をきちんとリンクさせなければなりませんが、あれやこれや見ながらメモをとって書いた文章ですので、どの事実がどこから来たのかを改めて探し出すことは更なる時間を要します。最重要のエコノミストだけはきちんとリンクしましたので、これでご勘弁下さい。
これに加えて、中古住宅販売も年率で7月は524万件にまで増え、もう住宅市場は底打ちしたとして、株価もこれに大きく反応しております。
今日のテーマは、これで果たしてアメリカの住宅問題が解決に向かっていると言えるのかどうかです。そのためには、最初にいくつかの事実を数字で確認しておきたいと思います。
■良い兆候を見せている数字:
1.アメリカ人の平均年収64000ドルで、第2四半期に売り出された住宅の72.3%は購入が可能。2008年第2四半期では、これが55%でした。(NAHBとウェルズ・ファーゴのレポート。)より厳しい年収42000ドルの場合で、頭金20%、30年固定金利、年収の30%以内の返済で算出した数字は63.7%ですが、1年前からは12.1%改善-7月現在。)
2.住宅ローンも30年ローンで、9月17日現在5.04%(フレディマック)という歴史的な低金利が続いています。(2001年のリセッションの時でも7%前後)
3.2007年比で約3倍の87000戸(2009年7月)の抵当物件を、公式には金融機関は保有しておりますが、これらが入手価格とほぼ同じ値段で売れ始めています。
4.政府のタックス・クレジット・プログラムには、すでに140万人のアメリカ人が応募。11月末までは、この応募で3年間家を購入したことのない、年収7万5千ドル以上15万ドル以下の人は、仮に税金を支払っていなくても住宅購入価格の10%、最高8000ドルまでのクレジット(現金還元)が受けられます。(減税政策ではありません。)
これにより住宅を初めて買う層の比率が50%を超えております。通常は20%程度。(このプログラムの絶大な効果を目の当たりにして、アメリカ政府はこれを延長するかどうか検討中。)
■悪い兆候の数字:
1.住宅ローンが支払えなくて住宅を手放した人は、すでに180万人に達っしておりますが、同じ程度の数字がこの背後に潜んでおります。それは、サブプライム・ローン利用者に代わって、今後、ALT-Aローン(信用スコアが低い人や書類不備な人用、最初は利払いだけも選べる)や、オプションARMローン=Adjustable-rate mortgage with the option to make a minumum payment(最初は低額のローン払いで、後から大きく増えるローン)での支払い不能者が急増する見込みだからです。エコノミストのこの記事の最後の図表(The reset economy)を参照。
注:Interest Only(利払い)だけの期間が過ぎれば、支払額は2-3倍にも跳ね上がることがある。オプションARMの場合は、利払いできなかった分はローン残に加えられるため、最初の借りたローン総額よりも高くなってしまう。
FRBの警告文書 何故、ここまでFRBは分かっていながらバブルを見逃したのか?
2.この第2四半期には、住宅の売り手が、買った時の値段より安く手放した比率が30%にもなっており、そのうち過去5年以内の高値圏で買った人は、ほぼ損を覚悟で売り払っております。
上記のエコノミストによると、全住宅ローンの23%が債務超過(家のローン額が家の現在価値よりも多い)です。ラスベガスではこれが60%にも達しています。これらは住宅差し押さえ予備軍ですが、この比率がドイツ銀行の試算では2011年には48%にまで増える見込みです。
3.アメリカ政府の住宅支援プログラムでは、400万人のターゲット層に対して、様々な条件が付くため、未だ23万5千人しか救えておりません。
4.金融機関が抱え込む住宅在庫には、値段が下がるのを避けるため、公にしていない、いわゆるシャドーインベントリー(隠れ在庫)が1年分ほどあると言われております。(アメリカ全体での住宅在庫は7月度で409万1千戸で、やはり同じく1年分程度)
■果たして、住宅問題の二番底は来るのか?
1.ケース・シラー住宅価格指数への評価:
これはこれで全米20地区を定点観測して、客観的に出しているデータであり評価できます。しかし実は、筆者もこのブログで以前に書いたのですが、2007年7月にも全米10地区で前月より価格が上昇しました。この時はこれで住宅価格が底打ちするのではないかと思った人が沢山いたようです。筆者もそのように思いました。ところが、それ以降、以前よりも激しい下落が始まったのです。
今回は10地区から18地区へと上昇地区は増えておりますが、それは上記の政府のプログラムや低金利と、これから上がるのではないかとのインフレ心理から来る買い急ぎの要因が絡んでのことと考えることが出来ます。
2.モーメンタムと失業率:
今のケース・シラー住宅価格指数の持ち直しや中古住宅販売の好調からして、特に新規購入層の急増にも支えられて、住宅販売のモーメンタムとしては上がっていると思います。しかしながら、ここからの認識が重要なのですが、これまでの住宅差し押さえのパターンと今回は決定的に異なります。
通常は、①景気の悪化 ②失業率の上昇 ③ローン支払いの滞り ④住宅の差し押さえの増加、といった順番で始まります。しかしながら、今回は全く異なるパターンです。
①歴史的な低失業率 & ②歴史的な住宅ローン金利低水準 & ③年率4%にもなる経済成長 & ④歴史的な高住宅価格水準 & ⑤詐欺的とも言えるローン貸付商法
その結果としての、⑥ローン支払いの滞り(最初はサブプライム)⑦住宅差し押さえの増加(最初はサブプライム)です。しかし、この最初の段階ではまだ世界経済は順調でした。
そして、リーマンショックを契機にして、⑧景気の極端な悪化 ⑨失業率の急上昇 ⑩ローン支払いの滞り(プライムやALT-A)⑪住宅差し押さえの増加 ⑫ローン支払いの更なる滞り(オプションARM)⑬金融機関の不良債権の増加 ⑭景気の二番底への降下 ⑮更なる失業率の上昇
もう後は書くのを止めます。こんなパターンは歴史上初めてでしょう。
■どういう解決策があるのか?
最後に、経済情勢と住宅問題の負のスパイラルからどうすれば抜け出すことが出来るのでしょうか?分かり切った人にとっては全くの平凡な蛇足ですが、
1.住宅ローン破綻者をこれ以上増やさないこと。
しかし、新規住宅購入者向けにはインセンティブプログラムを延長することができても、既存のローン返済に苦しんでいる人々、それも安易なオプションARMなどで購入した人々は、本来住宅バブルが継続することを前提にローンを組んでおります。従って、住宅バブルを再燃させることが、皮肉にも第1の解決策となります。しかし、これは今の情勢では、麻薬患者の更生のために麻薬を打つようなものです。
2.政府マネーを住宅ローン破綻予備軍にも強制注入すること。
何だか、亀井大臣を応援するような内容ですが、ここまでやると政府財政の破綻も現実味を帯びることはもとより、いわゆるモラルハザードの極致となり、果たして今の資本主義の枠内で成り立つことなのかどうか疑問です。
3.無理なくローン返済できるようなインフレ政策を導入すること。
これはうまくやれば可能なような気がします。しかし、実質の住宅ローン総額を10%や20%減らすインフレでは、ローン金利上昇分からすると焼け石に水でしょうね。かといって、それ以上のインフレ政策をもしやれば、これは長期金利が急上昇することは必定でしょう。そうなると今の不況下では、民間経済と政府財政が共に破綻する最悪のシナリオも考えられます。
現実的には、これら3つを上手に組み合わせることとなりそうですが、それを首尾良くやり遂げる方策については、筆者の能力を完全に超えておりますので、今日のところは、ここまでの問題提起にとどめさせて頂きます。
追伸:本来、引用文献をきちんとリンクさせなければなりませんが、あれやこれや見ながらメモをとって書いた文章ですので、どの事実がどこから来たのかを改めて探し出すことは更なる時間を要します。最重要のエコノミストだけはきちんとリンクしましたので、これでご勘弁下さい。