中日新聞の「くらしの作文」に「こども資金通帳」というタイトルで、53歳の女性が投稿されていました。
ようやく涼しい朝を迎えられるようになった10月。
娘が通う大学から、見慣れた封筒が届いた。
4年生後期の授業料、これが最後の払込書だ。
娘が生まれた時から少しずつ貯めてきた預金通帳を開くと、残金は今回の授業料とほぼ同額。
この授業料を指定銀行へ振り込めば、いよいよ「こども資金」はゼロになる。
やっと肩の荷が下り、春からの社会人生活が近づいてきたのを感じる。
でも振り込む前に、その授業料の金額の厚みを見てみたいと思い、現金で下ろして窓口で支払う事にした。
ATMで金額を入力して確認ボタンを押す。
取り出し口が開くと、1センチ近い厚さの1万円札。
小心者の私は、後ろに誰もいないことを確認して、素早くバッグへ大金を入れた。
バッグが頑丈な金庫のように思えた。
車の中で札束をペラペラとめくると、お札独特の匂いがして、ちょっとだけ富豪になった気分だ。
この瞬間を娘に伝えようとラインで画像を送信。
「この厚み、4年間で8回振り込みました。これでこども資金とおさらばです」。
文字で伝えると、本当にこれで最後なのだと実感が湧いてきた。
すぐに娘から「大変感謝しております」と嬉しい返信が来た。
空っぽになった通帳だけど、子育ての達成感がたくさん詰まっている。
以上です。
お嬢様が生まれた時から、お嬢様の為に預金されるなんてたいした方ですね。
大学の授業料を、その預金で全て賄われるなんて立派なもんですね。
1センチ近い厚さの1万円札って、いくらぐらいなのかな?
私の推測では、50万円くらいかなと思いました。
それが8回、計400万円。
よく貯められましたね、驚きました。
うちは息子と娘の大学費用は、何とかなりました。
が、娘が東京の専門学校、それも3年も行くと言ったのには驚きました。
娘もバイトでその資金を貯めていましたが、それでは完全に不足していました。
やむなくお金を銀行で借りました、これを返却するのに苦労しました。
私は当時リストラで子会社に行かされましたので、給与が半分になっていてどうにもならなかったからです。
まあ、かみさんのおかげで何とか返す事が出来ましたが。
貧乏人が、東京へ出すのは大変でした。😅
「めぐり逢い」のストーリーに、似ていますね。
当時の人気スター、メグ・ライアンとトム・ハンクスが共演しています。
【SLEEPLESS IN SEATTLE】 / TOM HANKS MEG RYAN (「めぐり逢えたら」/トム ハンクス・メグ ライアン)
ちゃんと計画的にしておけば良かったです。
「 1センチ近い厚さの1万円札って、いくらぐらいなのかな? 私の推測では、50万円くらいかなと思いました。 それが8回、計400万円。
よく貯められましたね、驚きました。」
サラリーマンで数百万貯めるのは大変ですね
私は子供が出来るのが遅かったのと共稼ぎでしたので3年で3000万貯めました
東京時代です
景気もよく電気関係の現場管理は給料、ボーナスが良かったです
そして2500万下ろして千葉に土地と建物を契約しました
そして不動産屋が指定した銀行に振り込みました
頭金としてです
下ろした銀行では会議室で目の前で現金の束をみました
そして携帯に写真を撮りました
初めて現金の山を見たのを覚えています
そして写真は寝室のベットの横にかざりました
二人の努力の結果なので・・・・・
今となって考えると子供が中々出来なかったのが運命のように感じます
残りをローンにしました
5年で返済しました
共稼ぎ中は妻の給料で生活し私の給料は全て貯金しました
年2回のボーナスは半分生活に回しました
妻は〇〇デパートに勤めていました
あの頃は貯蓄が増えるので仕事が楽しかったです
>masamiさん 同感です。生まれた時から計画的で立派です。masamiさんもお子様お二人にしっかりさせてあげました。
この方は立派ですね。
私は一人は名古屋の学校でしたので何とかなりましたが、まさか娘が大学を終えて東京の専門学校に行くとは思いませんでした。
娘に騙された思いです。苦笑
>うちは一人でも何とか退職金から充当してやり切りましたが家内からはいまだに思い出して文句を言われます。
ちゃんと計画的にしておけば良かったです。
奥様は退職金を老後の資金にと考えられていたのかな?
奥様は予定が狂って怒られるのでは。
うちも似たり寄ったりです。
子会社に行き給与が半分になり、その補填で退職金を使ってしまいました。
老後資金がなくなってしまい、かみさんが怒る事、怒る事、子会社に行っても半分に減らすのは行き過ぎでは。
せめて前の給与の5分の4は、欲しかったです。
>サラリーマンで数百万貯めるのは大変ですね
給与ではあまり貯金が出来ません、ボーナスで貯金をする以外ないと思います。
>私は子供が出来るのが遅かったのと共稼ぎでしたので3年で3000万貯めました
東京時代です
景気もよく電気関係の現場管理は給料、ボーナスが良かったです
3年で3000万ですか、いい会社に務められていましたね。羨ましい!
>残りをローンにしました
5年で返済しました
共稼ぎ中は妻の給料で生活し私の給料は全て貯金しました
年2回のボーナスは半分生活に回しました
妻は〇〇デパートに勤めていました
あの頃は貯蓄が増えるので仕事が楽しかったです
住宅ローンの残りを5年で返済されたのですか。
奥様もだいぶ給与・ボーナスを貰われたようで。😆
お二人とも立派です。
住宅ローンが払えなくて、銀行に持っていかれる方が結構いらっしゃるのに。
強くうなずきました
我が家も息子に東京に進学したい・・と言われて
計算に計算を重ねて なんとかなるだろうと
出したはいいけれど
直ぐに 主人のお給料が大幅ダウン・・・
また 東京に単身赴任だった主人と同居させるつもりが
主人の単身赴任がとりやめになり 大きな誤算が・・・
あの時のことを考えると 背筋が寒くなります
自分で 考えられる限りの やりくりをして
必死に 持ちこたえた・・って感じでしたので。
その時 息子に行った事・・・
”大学は すべりもダブりも不可能だから・・”って・・・
浪人も留年もダメ!ストレートで 卒業して!って・・・
いままた 思い出して ぞっとしています
その時に 学費やその他のシュミレーションをした
赤いレポート用紙が まだ 残してあります
あの頃のことを考えたら 怖いものなしです(苦笑)
通帳の残高が 5万円を切った時の絶望感・・・
是非 考えて見てください(笑)
でも ぜーーーんぶ 済んだことです!
>貧乏人が東京へ出すのは大変だ…の言葉に
強くうなずきました
itudemoyumewo1228さんのところもご子息が東京の大学へ行かれて苦労されたんだ。
授業料以外にアパート代とか生活費がかかりますから、費用が2倍になります。
東京近辺の生まれならいいでしょうが、東京近辺に住んでないと大変です。
ご主人の単身赴任が取りやめになるなんて、最悪でしたね。
>通帳の残高が 5万円を切った時の絶望感・・・
是非 考えて見てください(笑)
これは絶望感に陥りますね。
子どもを行きたいところに行かせたいと思っても先立つものがないと・・・。
>でも ぜーーーんぶ 済んだことです!
何とか出来たんですね。
良かったですね。😀