小湊鉄道といすみ鉄道の接続駅である上総中野。12時11分に小湊鉄道の気動車が着くと、わずか2分で反対ホームの列車に乗り込む。まあ、1~2時間に一本という接続だし、特にいすみ鉄道は「この日のお目当て」というか「サイコロの旅の選択肢」というべき車両とあっては外すわけにはいかない。
それが国鉄型車両。キハ28とキハ52という、かつてあちこちのローカル線で見ることのできた車種である。ただ現在はJRの現役を退いており、見るなら博物館展示でも見るしかないといったところである。それをいすみ鉄道が引き取って、外部からの客の呼び込みに一役買っている(というか、関連グッズまで含めるとかなりの効果である)。
上総中野から大多喜までは普通列車扱いで、大多喜から大原は急行料金300円がかかる(通過駅もある)。また一部座席は指定席扱いで600円かかる。それでも懐かしい車両に乗れるのは喜ばしいことで、早くも「サイコロでこの目が出てよかった」という気になる。後は、28と52、どちらに乗るか、どちらなら座れるかというところで、できれば28がいいかなと。おそらく28のほうが指定席車ということになるのだろうが・・・(普通の人なら別にどっちでもいい話だが。写真は大多喜駅で)。
ただ、それについて迷う必要はなかった。この日のこの大原行きの「急行2号」は、キハ28の方が「レストラン列車」とかいう貸し切り扱いになっていたのだ。イタリア料理のコースを乗車時間一杯で楽しむもので、事前予約制である。まあ、「この線に乗る」というのを予め下調べしていたら、料理を申し込むということもできただろうし、あるいは逆コースをたどってもいいかなとも思った。そこは出たとこ勝負のサイコロの旅だから仕方ない。
ならば、と一瞬でキハ52のほうに乗り込む。10人あまりの乗り継ぎ客がいたが、ボックス席に陣取ることができた。
この車両、引退前は新潟の大糸線を走っていたもので、ワンマン対応の整理券発行機や料金表は大糸線のものがそのまま残されていた。また扇風機にはJR西日本のマークがあしらわれている。走っていた雰囲気を残そうという感じである。
さらに、中吊りポスターはかつての国鉄の列車やダイヤ改正のPRである。こういうのを持っている人、集めている人というのはいるものだ。そういえば途中の大多喜駅の近くに鉄道資料館があった。以前、所属していた旅行サークルの集会をこの房総で主催した時に訪ねたことがあるが、イベント列車の運行にはその辺の有志の協力も大きいのだろう。

それらを思えば、キハ28に乗れなかったのは残念だが生身を見ることができたし、52に乗れたことで大満足である。外は次々にのどかな車窓が展開するが、その風情を味わえるだけで十分である。
何だか夢中になる中で大多喜に到着。ここで列車行き違いも兼ねて8分間の停車。先ほど上総中野ではほとんど時間がなかったが、これだけあれば写真撮影もゆっくりとできるし、トイレに行くこともできる。大多喜から先が急行料金がかかる区間ということで、ここで下車する人もいる。大多喜城や城下町見学に出かけるのだろう。
ここ大多喜は徳川四天王の一人、本多忠勝が城を構えたところである。今の地理感覚なら、「江戸(東京)から離れた房総半島の田舎に城を構えるなんて、田舎じゃない」というところだが、当時の大量輸送、遠方輸送となるとメジャーなのは海運。例えば関西、東海地方から海流に乗って江戸に来るとなれば、出会うのは三浦半島に房総半島である。そのうちの一つである房総半島に有力大名を置くことで、それらににらみを利かせる、あるいは海路から江戸を攻める勢力があるとしたらまずそれを本多家が引き受ける・・・という思惑があってのことだろう。まあもっとも、房総といえば『南総里見八犬伝』にも表れるように、里見家というのが有名なのだが。
そんな中、本多忠勝を大河ドラマの主人公にしようという観光PRも行われているようだ。来年の大河ドラマは黒田官兵衛。果たしてその中でも本多忠勝が登場することはあるだろうか。
さて、小休止の後、「急行外房」として大原に向けて出発。がぜん、汽車旅ムードが広がってきた。
国吉駅の手前で車内放送がかかり、「第2五之町踏切」を通過するという。ここは警報装置も遮断機もなく、クルマも通れない歩道と黄色と黒の踏切の表示があるだけのところ。私も列車の最後尾に行くが、通過した瞬間は気づかず、後方に見えるわずかな踏切板を見て初めてわかったくらいである(写真手前の踏切)。
ここをあえて放送したのは、その形もそうだが、「ゆる鉄」で知られる鉄道写真家・中井精也氏のお気に入りの撮影スポットというからである。この「何もない踏切」というのが旅心、テツ心をくすぐられるようで、踏切だけの写真、あるいはこうした国鉄型気動車と組み合わせての写真も数多く発表されている。
さらに、今年のオリックス・バファローズのスタメン発表曲であるDAISHI DANCEの『A.T.W! feat. GILLE×SHINJI TAKEDA』が収録されているアルバム『WONDER Tourism』のジャケット写真の舞台もこの踏切で、中井精也氏の撮影である。以前にアルバムを通して聴いたのだが、独特のテンポとムードとテクノの心地よさがある音楽で、いすみ鉄道の詩的な風景(を撮る写真)とマッチしているようにも思う。
その踏切の最寄駅が国吉駅。こちらでも8分ほど停車。ここでは今は稼動していない腕木式信号機や、廃車となったキハ30などもある。

またここはムーミンのキャラクターが駅のあちこちにいることでも知られている。私はムーミンの世界はほとんど知らないのだが、その世界に通じるものを、このいすみ鉄道のまったりとした車窓や雰囲気の中に見るのだろう。
1時間ほどの気動車の旅を楽しみ、終点の大原に到着。再び急行列車で折り返すというのもいいだろうが、どうせなら今度は外房線に乗り、時計回りか反時計回りかは別にして久しぶりに房総半島を一周して「大暴走」というのにしたほうがよさそうだ。13時を回り、昼食の心配もしなければならないところだが、結局は大原からは時計回り、安房鴨川行きに乗車することに・・・・。