今年で開業100周年を迎える近鉄吉野線。そのこともありこの秋から冬にかけて、飛鳥や吉野での観光キャンペーンや各種イベントが行われている。
列車のほうも「ラビットカー」の塗装復刻であるとか、歌声列車、ヒーロー列車、果ては婚活列車といったものが運転された。そしてその最後を飾るのが12月9日の「利き酒列車」である。「利き酒列車」そのものは名古屋から三重県内の地酒を飲むツアーということで何回か行われているが、南大阪~吉野線で運転されるのは初めてである。吉野に蔵元がある美吉野醸造、北村酒造、北岡本店の3つがそれぞれのエース、新酒などさまざまなものを出す。それを列車の中で試飲するというものである。
こういう企画となれば、もちろん年齢53歳にして酒歴54年?の鈍な支障さんにお声掛けをしなければならない。快諾をいただき、早速に申し込みを行う。今回使うのはさくらライナーの車両で、200円割り増しでデラックスシートを選択することもできる。さくらライナーそのものに乗る機会もほとんどないこともあり、こちらを選択。
当日、阿部野橋駅で受付を行った後にホームに上がる。「その筋」の人や、ご年配や若い女性グループなど結構客層は広い。これだけ「飲み鉄」がいるとはね。この日はこの冬一番の寒波が到来しており、大阪でも初雪を観測したくらい。終点の吉野ともなると積もっているかもしれないな。雪見酒、ええやないですか・・・。
車内での酒盛りといえば思い出すのが、支障さんと、生前の大和人さんとで訪れた「飯田線秘境駅号」の旅のこと。コンパートメントに陣取ったおっちゃんたちのグループが車内で怪気炎を上げ、車販のビールやら酒やらを途中の駅までで飲みあげたというのがあった。今回もそういう賑やかな人たちがいるだろうか。
定期の特急が発車した後でやってきたさくらライナー。3号車のデラックスシート、そして2号車、1号車の普通車の各車両の前に蔵元の幟が見え、中から手を振ってくる。それぞれの蔵元の担当者たちである。指定された座席に支障さんと並んで腰掛け、係の人から「おつまみ兼昼食」のパックをいただく。
11時30分、特にホームで案内が流れるわけでもなくあっという間に発車。阿部野橋駅長が放送で「利き酒列車」参加のお礼を述べたあとで、各車両に陣取った蔵元から酒の紹介である。
3号車にいるのは美吉野醸造。若い杜氏が乗り込んでおり「イケメンやね」という声も聞こえる。こちらは「花巴」「蔵王桜」という2種類を主に造っており、今回は試飲用ということで、花巴の「しぼりたて生原酒」、蔵王桜の「純米吟醸酒」、そして花巴の「百年杉 木桶仕込み純米酒」の3種が、利き酒用のプラスチックのおちょこで回ってくる。それぞれ「食中酒として味わって」ということもあり、配られた弁当とともに味わう。
この頃には大阪府から奈良県に入る。外は粉雪が舞っている。朝に仕込みを済ませてから出てきたという杜氏の話では、朝の吉野は道路にも雪が積もっていたという。急な冷え込み、酒にとってはいいのかもしれないが、それを造る側にしてみれば苦労の多いことだろう。そんなことを思いながら、ふるまい酒として大きめのコップに注がれた花巴の「山廃特別純米酒」をいただく。
列車のほうはイベント用ということで、途中の駅で客扱いはしないものの時間調整で長く停車する。そんな中でバトンタッチ。乗客はそのままで、蔵元が入れ替わりとなる。次にやってきたのは創業200年以上という北村酒造。こちらは「猩々(しょうじょう)」という銘柄。「猩々」というのは酒の妖精とでもいおうか、親孝行の酒屋に「酌めども尽きず、呑めども変わらぬ」という不思議な壺を送ったという伝説がある。その逸話からいただいた酒。そして「猩々」といえば猩々寺のタヌキさんですね」ということで、「そろそろいい感じで回ってきたころでしょうから」と蔵元のリードで童謡を歌う。「さっき隣の車両でも歌いましたが、こちらのほうが人数が多いから声も大きいですね」と。ということはやはりデラックスシートに乗った客のほうが多かったということか。
橿原神宮前から吉野線に入る。車窓も少しずつ山深くなり、里山の景色が広がる。こちらで出されたのが「純米ちくよう」「生酛特別純米山田錦」「特別純米酒」。それぞれ兵庫県の山田錦や福井県の五百万石といった米を使用している。支障さんとも味の感想を確認しながらいただく。量は少しずつであるが、立て続けに飲むとこの辺りに来ると結構回ってくる。隣の支障さんの顔もそろそろ赤くなってきたところ。車両の後のほうも賑やかになってきたし、酒に関する専門的な質問をする人も出てきて、いよいよ「利き酒列車」らしくなってきた。
ここで特別に出てきたのが、銘柄は忘れたが(おそらく純米大吟醸だったか)非常にすっきりして飲みやすい酒。ただ蔵元の話では「千葉限定です」という。何でも「リカープラザ」とかいう千葉を中心とした酒販店でしか出していないとか。大阪や奈良では手に入らず、極端な話蔵元に直接買いに来ても売ってくれないという。今回は特別に、「利き酒列車」参加者限定で出したとのこと。参加者の評判は上々だが、同時に「なぜ千葉限定なのか」という疑問が浮かぶ。
支障さんとの話では「千葉と言えば野田総理のお膝元ですね」「猩々寺のある木更津といえば、亡くなったハマコーさんの地元だったような」「これは何か政治の圧力がかかっているんですかねえ」などと好きなことを言っていたが、本当のところはどうなのだろうか。千葉の酒販店でいつも買っている人がたまたま吉野にやってきて、「せっかくだから蔵元で買おう」とのぞいたところ売ってくれなかった・・・ということもあり得る。この辺り、もう少し何とかならないかと思うのだが。
最後は北岡本店。ここは「やたがらす」という銘柄。最近では日本サッカー協会のシンボルとして知られているやたがらす。日本代表の壮行会などでこの酒を提供したこともあるという。こちらは「純米大吟醸」「純米酒たる樽」「しぼりたて新酒」が出てくる。特に「たる樽」は吉野杉の香りを飲む前、そして舌触りで楽しむことができる。
そして最後の締めは「やたがらす特別純米酒」。これで3つの酒造会社の合計12種類の酒をいただいたことになる。量だけを全部足しても1合あるかないかというところだが、2時間近くちびちびとやっていればだいぶ回ってくる。「たぶん今日は吉野山は寒いですよ。散策されるのもいいですし、着いたらすぐに引き返してもいいですし」という蔵元の言葉に笑いが起こる。
それぞれの酒の個性もあり、好みのことはあるのでどれがいい悪いというのではないが、私として気に入ったのが「やたがらす」の「たる樽」、そして「猩々」の千葉限定という純米大吟醸。花巴はもうひと頑張りかな、と思った。ただ、それぞれが地元の自然風土になじみ、米についても地元産も取り入れるようになって、奈良から良い酒を発信しようという意気込みが感じられた。吉野の一つの顔というのを知る体験ともなり、よかったと思う。今回の結果をもとに近鉄では来年以降行うかどうか考えるのだろうが、今度はこれら蔵元を実際に見学するとか、あるいは吉野周辺にまで範囲を広げてみるとかいうのも面白いと思う。
阿部野橋から2時間かかって吉野到着。駅の屋根や周りには少し雪が積もっている。こういう吉野の冬景色を見るのはいつ以来だろうか。今回の「利き酒列車」はここで解散となり、帰りの乗車券はセットになっているので、吉野山を自由散策して適当な時間に戻ることになる。ということで、せっかく来たのだからとケーブルに乗車し、吉野山に上がってみることにする・・・・。