まだ2日目の歩き始めのところである(相変わらず長々と)。

気合い、決意の丸刈りを薦める看板の理髪店を過ぎて、板野の商店街を抜ける。高徳線の踏切がある。旧撫養街道はそのまま西に直進するが、線路は北に折れている。大坂峠というのを越えて讃岐に出る道と分かれており、その石碑も立っている。

朝7時という時間では、外にいる人はまばらで、たまに散歩の人と挨拶を交わす程度の静かな歩きである。他の季節なら同じ列車で歩き始める人も見かけるのだろうが、そんな人もいない。雲が出て蒸し暑く感じる中、杖を突きながら歩く。

岡上(おかのうえ)神社の横を過ぎる。神社は源義経も屋島の戦いの前に武運長久を祈願したと言われており、立派なクスノキが境内を覆っている。案内によると樹齢700年という。江戸時代に、船の材料にするからと供出を命じられたが、村の人たちが「御神木だ」として皆でこれを拒んだという歴史もあるそうで、それを記念した石碑もある。

しばらく進むと道沿いにお堂がある。宝国寺といい、ここも本尊弘法大師とあるので拝んでおく(お経やら作法は省略だが)。後で知ったところでは、前日お参りした第3番の金泉寺の奥の院だという。奥の院というと、本堂からさらに山の上へ登ったところにあるイメージだが、えらい平坦なところ、街道沿いにあるものである。



犬伏という集落を抜け、徳島自動車道の高架をくぐったところに、昔の遍路道の案内がある。草むした、土の道である。全部歩いて回るいわゆる原理主義の遍路(逆にいえば、全部歩きでなければ「遍路」を名乗る資格はなく、単なる札所めぐり、ひいては「エセ遍路」と蔑まされている)の場合でも、今では道の9割はアスファルト舗装と言われる中、貴重なものだと言われている。せめてこの区間は体験しようというのが、朝一に板野駅から大日寺まで歩くことにした理由である。


杖で草を払いながら進む。それこそ田んぼの畦道だったり、家の路地のようなところもある。ところどころに立札があるから遍路道とわかるようなもので、日常なら歩くことはまずないところだ。人の家の庭先を通るところもあり、ちょうど家の人が庭の手入れをしていたが、歩いて来る人など慣れたものか、不審がるどころか笑顔で挨拶をかけてくる。

山道だが、ちょうど三角形の一辺をたどるようで近道なのだろう。そんな中でまたお堂が出てきた。愛染院といい、ここも金泉寺の奥の院である。弘法大師が不動明王を彫って祀ったのが由来とされている。まず手前にあった大師堂で、ここではお勤めをする。


山門には大きなわらじが下がっている。本堂の他に、赤沢信濃守の廟というのがある。戦国時代、板西城を拠点にこの辺りを支配していたが、長宗我部元親に攻められて討ち死に。それも、履いていたわらじの紐が切れた時にやられたという。
愛染院では、腰から下の病には霊験があるとして、病が治るとわらじを奉納するという。この辺りの殿様がわらじが切れて討ち死にしたのと、腰から下の病に霊験というのが結びつかないのだが、殿様の無念が病の回復につながるということなのだろうか。


愛染院からもまだまだ山道、遍路道は続くが、西国三十三所めぐりの参道でもこうしたところはあった。それを思い浮かべながら歩く。途中でパラッと雨が落ちてきたが、まだ雨具を出すほどではない。


板野駅から1時間20分、8時すぎに大日寺に到着。寺には何人かの参詣者がいて、本堂や大師堂でお参りの最中である。皆クルマで来ているのかな。大日寺は何年かの計画であちこちの修復を行っているそうで、全体的に明るく新しい雰囲気がある。



さて本堂でお参り・・・と、このタイミングで雨足が強くなった。うーん、早くも雨モードか。この行程で雨はつらいなと思いながらお勤めを終え、本堂から大師堂へ渡り廊下のように並べられた西国三十三所の本尊たちと対面。ガラス越しではあるが、西国三十三所もリスペクトされているようでうれしい。その中でもやはり目が行くのは、地元藤井寺の葛井寺の十一面千手千眼観音。


大師堂でもう一度一連の作法をしたところで、先ほど結構降っていた雨がぴたりと止んだ。別に私は何もしていないが、この偶然にびっくり。こういうのも、弘法大師の霊験で・・・・。
・・・というのが大小さまざま長年にわたり積もり積もったのが、弘法大師信仰の一端なのかな。
そんな偶然をいきなり弘法大師につなげるのも乱暴だなと思いつつ、納経所に向かう。納経帳を出す私を見た係の人は、納経帳を受け取る前に「タオル持ってはります?」と訊ねる。まあ、タオルは大小リュックに仕込んでいるのでそう答えようとしたが、それより前に「ちょっと待って」と一度奥に引っ込む。そして、「さらと違うけど、洗濯してるんで良かったら」と、地場の業者の名前入りのタオルを差し出してくれる。

よほど汗かきで大変な状態に見えたのか。汗をぬぐいタオルを返そうとしたが、「ええからお持ちください」と。まあ、返されてもまた洗濯は面倒なだけなのだとしても、ここはお心遣いに素直に頭を下げる。
雨の止んだ外を見て「さっき大雨になったんで慌てて傘立て出しましたけど、もう大丈夫でしょう。梅雨も明けますね」言う係の人に送られて、大日寺を後にする。次の札所、5番地蔵寺までは2キロほどだが、下りの道なので歩きでもさほどしんどくなく・・・。