“あいつ”は、ある日突然やって来る。
何年ぶり、いや、何ヶ月ぶりだろうか?一昨日の朝、激痛と共に目が覚めた。
「痛風」である。痛風の発作は、何時頃から自覚したか覚えていないが、
結構な年数である。「痛風」に関してはベテランの域に入るだろうか。
奴は幸せな日常を壊すようにやってくる。
その激痛は想像を絶する痛さだ。
歩行が困難になることは言う間でもないが、酷い時には靴下を履くことさえ
許されない痛みだ。
「突然」と言っても前兆がないわけでもない。就寝前に親指の付け根あたりに「違和感」を感じる。
「もしかして……」
ベテランともなれば、これは“あいつ”がやってくるに違い無いと警戒する。
しかし、いくら警戒してみたところで、それは無駄な努力に終わる。
“あいつ”の作戦遂行時間は、深夜。俺が眠ったのを確認したのち行われる。
痛風の発作=患部の腫を簡単に説明すると、余分な尿酸が尿酸ナトリウムと言う名の結晶になり
白血球がこの結晶を異物として攻撃する。その時の発生する活性酸素が毛細血管を拡張させ
腫となって表れるのだ。
免疫機能とは、自分を守ってくれる軍隊のようなものだ。
あらゆる「敵」と闘い、俺を守ってくれている。不眠不休でだ。
それも指示なしで、彼等は行動してくれる。
しかし、これも「痛風の激痛」の前では、「余計なお世話」に感じてしまう。
「もっと静かに闘ってくれよ」
見事に腫れ上がった足を見ながら、涙目で懇願するのである。
しかしこの激戦は1週間ほど続くのだ。ピークは2~3日であるが、
「停戦」を迎えるまでには、少々の時間を要する。
そしてこの戦いもまた「不眠不休」で行われる。就寝中でも続くこの戦いは、
僕の「安眠」さえ奪っていくのだ。
ただ自分も手を拱いて見ている訳ではない。援軍を早急に準備し出動させる。
「冷却」部隊だ。凍り水や冷湿布を貼って患部を冷す。しかしこの外部からの援軍は
戦況を劇的には変えてくれない。力不足だ。
痛みに耐える辛い時間は続くのだが、この「激戦」の痛みを人にわかってもらえない
辛さも同時にやってくる。
実際に経験したことのある人ならわかるが、痛風になった事の無い人には想像も
つかないだろう。
経験したことが無くても「骨折」した人を見た時は「痛そう」と感じ、
「大丈夫?」と言葉でケアもしてくれる。
しかし「痛風」の場合は、見事に腫れ上がった患部を見せても
「わぁー」
というだけで、その「痛み」までは伝わらない。
腫れ上がった戦地は、その激戦を僕に確認させる事もする。
痛みがひいた数日後、風呂に入っていると、白くなっている部分が目に入ってくる。
激戦で熱を帯びた戦地の薄皮が剥がれ空気が入っている。
そっと手をそえるだけで、見たことのない範囲で、見事に薄皮が離脱する。
普段からのケアも大切な「痛風」
ビールなどは、発作中なら厳禁である。
しかし、今日、「新年会」がある。大のビール党の僕としては、
飲まずにいる自信がない。
しかし、明日の朝の「戦況」を思う時、部外者はやっぱり立ち入り禁止にするべきだ。
何年ぶり、いや、何ヶ月ぶりだろうか?一昨日の朝、激痛と共に目が覚めた。
「痛風」である。痛風の発作は、何時頃から自覚したか覚えていないが、
結構な年数である。「痛風」に関してはベテランの域に入るだろうか。
奴は幸せな日常を壊すようにやってくる。
その激痛は想像を絶する痛さだ。
歩行が困難になることは言う間でもないが、酷い時には靴下を履くことさえ
許されない痛みだ。
「突然」と言っても前兆がないわけでもない。就寝前に親指の付け根あたりに「違和感」を感じる。
「もしかして……」
ベテランともなれば、これは“あいつ”がやってくるに違い無いと警戒する。
しかし、いくら警戒してみたところで、それは無駄な努力に終わる。
“あいつ”の作戦遂行時間は、深夜。俺が眠ったのを確認したのち行われる。
痛風の発作=患部の腫を簡単に説明すると、余分な尿酸が尿酸ナトリウムと言う名の結晶になり
白血球がこの結晶を異物として攻撃する。その時の発生する活性酸素が毛細血管を拡張させ
腫となって表れるのだ。
免疫機能とは、自分を守ってくれる軍隊のようなものだ。
あらゆる「敵」と闘い、俺を守ってくれている。不眠不休でだ。
それも指示なしで、彼等は行動してくれる。
しかし、これも「痛風の激痛」の前では、「余計なお世話」に感じてしまう。
「もっと静かに闘ってくれよ」
見事に腫れ上がった足を見ながら、涙目で懇願するのである。
しかしこの激戦は1週間ほど続くのだ。ピークは2~3日であるが、
「停戦」を迎えるまでには、少々の時間を要する。
そしてこの戦いもまた「不眠不休」で行われる。就寝中でも続くこの戦いは、
僕の「安眠」さえ奪っていくのだ。
ただ自分も手を拱いて見ている訳ではない。援軍を早急に準備し出動させる。
「冷却」部隊だ。凍り水や冷湿布を貼って患部を冷す。しかしこの外部からの援軍は
戦況を劇的には変えてくれない。力不足だ。
痛みに耐える辛い時間は続くのだが、この「激戦」の痛みを人にわかってもらえない
辛さも同時にやってくる。
実際に経験したことのある人ならわかるが、痛風になった事の無い人には想像も
つかないだろう。
経験したことが無くても「骨折」した人を見た時は「痛そう」と感じ、
「大丈夫?」と言葉でケアもしてくれる。
しかし「痛風」の場合は、見事に腫れ上がった患部を見せても
「わぁー」
というだけで、その「痛み」までは伝わらない。
腫れ上がった戦地は、その激戦を僕に確認させる事もする。
痛みがひいた数日後、風呂に入っていると、白くなっている部分が目に入ってくる。
激戦で熱を帯びた戦地の薄皮が剥がれ空気が入っている。
そっと手をそえるだけで、見たことのない範囲で、見事に薄皮が離脱する。
普段からのケアも大切な「痛風」
ビールなどは、発作中なら厳禁である。
しかし、今日、「新年会」がある。大のビール党の僕としては、
飲まずにいる自信がない。
しかし、明日の朝の「戦況」を思う時、部外者はやっぱり立ち入り禁止にするべきだ。