淡路島 高田屋嘉兵衛公園で見た友好のプレート
夏に淡路島の高田屋嘉兵衛公園を訪ねたのをきっかけに、漂流民となってロシアへ渡った男たちのことを調べています。大黒屋光太夫に続き、今シリーズでは、津太夫たち若宮丸漂流民のことを書いています。前回は、皇帝アレクサンドル1世の決定によってレザノフを遣日使節とし、クルーゼンシュテインを隊長として、1803年8月、津太夫、儀平、太十郎、左平の4名の乗せたナジェジダ号とネヴァ号の2隻がクロンシュタットを出帆するまでを書いています。こうして、津太夫たちは、自分たちの意思とは関係なく長い船旅に出ることになりました。
一行を乗せた船は、ペテルブルグからバルト海に進みコペンハーゲンに到着。ここで多くの荷物を積み込み、ついに船は外海に出ます。イギリス海域を通過しロンドンで一時停泊。津太夫たちは、イギリスに来た最初の日本人とされています。その後、船はリスボン沖を通過し、大西洋を南下。カナリア諸島のサンタクルスで、水や新鮮な食糧を補給のため7日間停泊。その後、船は大西洋のど真ん中に進みますが、海岸線を見ながらの航海術しか知らなかった津太夫たちはさぞかし驚いたことでしょう。
この長い航海の間に、善六は使節レザノフに日本語を教えていました。こうして二人は、日露辞典を作り上げます。
(ちょっと余談ですが)
しかし、これが最初の日露辞典ではありません。これよりも実に70年ほど前に、日露辞典を作った若者がいたのです。彼の名前は、ゴンザ(権左、権蔵とも)。1728年、徳川吉宗の時代に、薩摩藩主の命により、薩摩のある港から17人の乗組員を乗せた船が大阪の薩摩藩邸に向けて出帆しました。しかし、その船は嵐に遭い6ヶ月も洋上を漂流してロシア領カムチャッカ半島にたどり着きました。ここでコサック隊の襲撃を受け15人が殺されてしまいます。生き残ったのは、11歳のゴンザとその伯父のソウザだけでした。
2人は、シベリアからペテルブルグに連行され、女帝アンナに謁見されます。女帝は、上手にロシア語を話すゴンザに驚き、日本語学校を建て、その教師に任命します。ソウザが43歳で亡くなったあと、ゴンザは日露辞典(正しくは薩露辞典かも)の編集に挑み19歳で完成させます。その語彙は12,000語とも16,000語ともあったということですから驚きです。しかし、21歳のとき記録的厳寒の中、その生涯を閉じました。鹿児島にはゴンザファンクラブという彼を顕彰する会があり、ゴンザ通りと名付けられた通りもあるそうです。しかし、彼がどの港から出航したのかなど詳細は未だわかっていません。
(話は津太夫に戻ります)
遣日大使のレザノフと船長のクルーゼンシュテインは航海の間、とにかく仲が悪かったようです。船は大西洋を南下し、赤道を超えます。そしてアメリカ大陸に接近し、ブラジルのサンタエカテリーナに40日あまり停泊します。ここでも津太夫たちは、日本人として最初の南アメリカ大陸を見望した人となりました。
そして船は再び大西洋に出て南下し、マゼラン海峡に差し掛かると、今度は寒くなって震え上がることになります。一か月掛かって何とかマゼラン海峡を通過すると、今度は広い太平洋に出ます。そしてマルケサス島に停泊。彼らはまたしてもポリネシアを見た最初の日本人となります。
船は北上して赤道を越えてハワイに寄り、ここからカムチャッカのペトロパブロフスクに向かいます。ナジェジダ号と行動を共にしてきたネヴァ号は、北太平洋の植民地に向かいここで別れました。そして、カムチャッカに向かう洋上で、10年前に若宮丸が漂流した場所を通過し、4人は日本人として最初の世界一周を成し遂げたのでした。
ロシアやヨーロッパ各地の博物学者、天文学者、画家が乗り込み、二隻は航海の間、詳細な地図と記録、動植物の標本を作っていますが、後にクルーゼンシュテインは、航海日記を書き、1810年、サンクトペテルブルグで出版、特に太平洋の地図などを含む図録は1827年に出版され、これによりロシア科学アカデミーの会員に迎え入れられています。
長崎で見た日本人、風景、動植物の絵は実に緻密に描写されており、驚くばかりです。
(検索サイトで、「クルーゼンシュテイン 世界周航図」をご覧ください)
そして、7月15日に船はカムチャッカに到着します。クロンシュタットを出航してから、停泊期間も入れて実に11か月を超える歳月を要しました。この地で2ヵ月滞在したあと、ナジェジダ号は、長崎に向かって出航しましたが、善六は漂流民の送還、通商交渉に支障きたす恐れがあるとしてここで別れることになりました。カムチャッカを出航して約1か月後、ナジェジダ号はついに長崎に到着します。しかし漂流民が日本側に手渡されるには相当の日数を要したのでした。(つづく)
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11月25日 新見美術館から見た新見市街 本文とは関係ありません。
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