京都から日帰り旅で奈良の「柳生の里」を訪れているミモロ。「さぁ、もっと歩かないと~」

JR奈良駅から奈良交通バスで約1時間。「それほど遠いところじゃないけど…バスの便が少ないから、ちょっと行きにくい感じするね~」と言いつつも、帰りのバスの時間を頭に入れて、「柳生の里」を巡ります。
山に抱かれた里…そこを巡る道の矢印を頼りに、トコトコ…。

「また、立派な石垣のあるお屋敷がある~」

ここは、先ほど訪れた国家老の小山田家の分家の屋敷。

「残念~非公開だって~」文政9年(1826)から、柳生藩の国もとの家老となった小山田主鈴氏。その子孫は、明治になって藩がなくなってからも、昭和31年まで、この地に住み続けていたそう。
「ここは、分家だから、今も小山田家の方が住んでいらっしゃるのかな?」とミモロ。
う~そこまではわかりません…
そこからさらに山道を進みます。

「あ、神社がある~」

ここは、「柳生八坂神社」。

柳生宗矩の子、宗冬が、奈良の大久保地区というところにある「八坂神社」を勧請した神社です。
ご祭神は、素戔嗚尊の他に、以前から祀られていた「春日大社」の本殿第四殿のご祭神である比売神も…。

「きっとここで、里のお祭りをずっとやっているんだろうね~」
そう、毎年10月には、例大祭が行われます。
「さぁ、もっと歩くよ~」とミモロは、お友達をリードしながら進みます。

向かうのは、「陣屋跡」

でも張り切って歩くミモロの前に・・「う~」と思わず唸りたくなる石段が現れました。

「ミモロちゃん、行くの?」とお友達。「うん、ここまで来たんだから…頑張ろうよ~」と励ますミモロです。
石段を上り切ると、そこには、広場のような場所がありました。

そして、そこには、石組が…

この場所は、寛永19年(1642)に柳生宗矩が建てた柳生藩の陣屋の跡です。
その陣屋は、延享4年(1747)に火災で焼失。仮の建物を作り、そこに代々柳生氏が住んでいたのだとか。
近年の発掘調査で当時の間取りを石垣で復元。それが目の前に広がる景色です。

「すごく立派な建物だったのかもね~」と、今は想像するしかありません。
現在、この場所は、史跡公園として整備され、春は、桜、秋は、紅葉が楽しめる地元の憩いの場所になっています。

しばらくここで休憩したミモロ達は、そこから国道369号線へと戻りました。
「あ、茶店がある~なんか食べられるかな?」

この日は、残念ながらお休み…。「観光客、今日少ないもんね~」
さぁ、気を入れ直して進みましょう。
「次は~あ、鬼滅の刃だって~なんだろ?」

実は、この先には、「鬼滅の刃」のモデルになった大きな岩があるのです。
「行ってみようよ~」と、ミモロ達は、さらに山道へと進むことに…

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