友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

刺身でパン

2014年05月12日 17時50分02秒 | Weblog

 お寿司の後、次女がダンナに「コーヒーにする、お茶にする?」と聞いた。「コーヒー」という返事が帰って来て、「食後のデザート」と出された饅頭を食べながらみんなでコーヒーを飲んだ。飲みながら、コレって新潟県のどこかの教育委員会に言わせれば、「全くのミスマッチ」だろうと思った。寿司の後なら緑茶だろう、饅頭にも日本茶だろう、コーヒーは洋食の後で飲むものだろう。

 その教育委員会では、「ご飯に牛乳は合わない」と指摘していた。私くらいの世代は、牛乳は栄養価の高い飲み物で、育ち盛りの子どもには必要な食品だった。給食が始まった頃は脱脂粉乳で、それはとても臭く鼻をつまんで飲むようなものだった。それがいつしか180CCの牛乳となり、牛乳大好きとなった。高校生の時、放課後に食堂へ行くとたまたま牛乳が残っている時があり、これは格別冷たくて美味しかった。

 孫娘の小学校時代、給食体験という機会があって何度か食べたけれど、私の小学校時代とは大違いでとても美味しかった。その時も米飯であったけれど、牛乳はついていた。私は牛乳もパンも大好きだが、物知りに言わせると、「アメリカの小麦や粉乳を買わせるために、子どもの時から食べさせて味に馴染ませたのだ」という。日本人なら緑茶でいいはずだが、今では多くの人がコーヒーを飲む。

 私は刺身を食べながらパンが食べられる変人で、田舎で合宿をした時、毎朝ご飯と味噌汁だったので、6日目には抜け出して街まで下りて、パンとコーヒーを頼んだ。外国へ行くと、日本ほどいろんな国の食事が食べられるところはないと思う。しかもどれもみな美味しい。日本の伝統食が無くなると心配する人もいるけれど、無くなることで何か困ることがあるのだろうか。好きなものを好きなように食べてはいけないのだろうか。

 「かたちの美」というものはある。それは知識として伝えられるだろう。価値観も趣向もいろんなものが他からの刺激を受けて変化していく。古くからあるものをそのまま温存していくことには無理がある。伝統はいつか変化していく。それでいいじゃーないかと私は思う。吸収し合併し新しいものを形成していく。これが地球の運命だと思う。

コメント
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