次女に娘が授かって、2週間が経った。2,550gで生まれたけれど、順調に育っているようでホッとしている。3月22日から我が家で暮らすようになり、5月6日に産気付き、7日の午前0時7分に出産し、12日には退院して再び我が家で暮らしている。私たちもそうだったけれど、核家族というのは、子育てについては不安なことが多く、両親がいて祖父母がいてという大家族であれば、経験から教えてもらえるのにと思うばかりだ。
私たち時代の出産と子育ては新世代で、これまで受け継がれてきた経験が、新しい西洋式に変わってしまう。カミさんのお母さんは学歴の高い娘に遠慮していたので、子育てはカミさんが主導権を握っていたが、何しろ初めてのことなので全て教科書に頼るしかなかった。子育てに関する本に書いていない現象が現れるとパニックになってしまう。そういう時は経験がものをいうようで、カミさんのお母さんの出番だった。
赤ん坊を見ていると実に飽きることがない。人はこんな風にして大きくなっていくのだろう。親から独立するようになる頃、誰かを愛するようになる。男の子なら母親に似た女性に、女の子なら父親に似た男性に、異性を感じるようになるという。自分の経験からもそうだろうと思う。人間は同じことを繰り返しながら成長していく。だから、我が子も孫たちもまた親や祖父母を見ながら、ひとつの教訓にして学んでいくのだろう。
集団的自衛権を行使できるように、憲法を解釈すると安倍首相は意気込んでいる。各地の自治体の議会で、集団的自衛権の行使に反対する決議が行われている。自国を守るのは当然だと安倍首相は言い、さらに日本を守ってくれる米国が攻撃されたら守るのが当然だとも説明する。要するに、武力で守る、武力で解決する、それが現実だと安倍首相は言うのだ。けれども私は、憲法第9条の示す道こそが日本が進む方向だと思う。
経験から学び、これを土台にさらに理想を求めることは、人の存在の所以だと思う。父や母に似た人に異性を感じることから飛躍することで、新しい時代を築くことになるのではなる。本当に自分が愛せる人に巡り合うことなど、実は一生かかってもないのかも知れない。にもかかわらず、求めて彷徨うのが人の常なのだ。