名演の3月例会は栗原小巻主演の『桜の園』。栗原・吉永といえば、私たちの世代では有名人で、フアンの若者はコマキスト・サユリストを自称していた。ふたりとも1945年の3月生まれだから私とは同学年だ。そういうこともあってか、私はふたりに関心がなかった。特に吉永小百合さんは15歳で映画にデビューしたので、存在さえ知らなかった。日活に移ってもくだらない「拳銃無宿」の相手役ばかりで、若い頃の吉永さんの映画を見ることはなかった。
栗原さんのお父さんは劇作家で、大学4年の時に働いていた教科書出版社で出会った。周りの者は「栗原小巻のお父さんだ」と騒いでいたが、田舎者の私は誰のことなのかも分からなかった。栗原さんは高校を卒業して俳優座に入り、23歳の時に演じた『三人姉妹』で脚光を浴びた。私が知ったのは1978年のNHK大河ドラマ『黄金の日々』で、市川染五郎の相手役だった。緒方拳や津川雅彦、竹下景子や夏目雅子も出ていた。
吉永さんは映画に、栗原さんは舞台で活躍してきた。栗原さんが1972年に出演した映画『忍ぶ川』は、熊井監督は吉永さんを使いたかったが、大胆なベッドシーンがあることからクレームがきて、栗原さんに代わったというエピソードがある。栗原さんにしても吉永さんにしても、濡れ場の演技の出来ない女優だと思う。吉永さんが演技の幅を広げたいと、大胆な役に挑んだ映画を見たけれど妖艶とは程遠いものだった。
栗原さんが注目されるきっかけはチェーホフの『三人姉妹』だったが、『桜の園』も原作はチェーホフだから、栗原さんにとっては大事な作品なのだろう。けれど私には栗原さんがなぜ熱を入れるのか分からない。栗原さんは主人公の領主夫人を演じているが、この領主夫人の人柄の魅力が見つからない。農奴解放令が出され、貴族が没落していく時代にあって、子どもの頃から恵まれた生活を送ってきた恋多き女性というだけの、自分を悲劇のヒロインにしている身勝手な女性でしかない。
チェーホフは何を伝えたかったのだろう。同じロシア崩壊の時代を描いた『アンナ・カレーニナ』の方が苦悩の深さがある。演劇を観るとどこかで涙を流してしまうけれど、『桜の園』にはそういう場面がなかった。どんなに有名な俳優が演じても、感動のない演劇はつまらない。時代遅れの作品と思ってしまった。