ジリジリと太陽が照りつける、そんな暑さではないが、校庭で子どもたちが朝から野球の練習をしている。私が小学校6年生になった頃、私の街でも野球が盛んで、全ての子ども会ではなかったがクラブチームがあった。学区外から通っていた私は一番近い子ども会に入会させられ、ここの野球チームに入れられた。夏休みは朝から学校のグランドで練習があり、私はそれが苦痛だった。
チームのコーチをしていた若い男の人に可愛がられて、アイスキャンディを奢ってもらったりしたが、それより早く帰りたい気持ちの方が強かった。チビだったけれど運動が出来て足が速かったので、コーチは選手として使いたかったようだ。真面目に参加して練習はするが、意欲がなかったからコーチとしては扱いにくい子どもだったろう。
昨日は夏祭りの第1弾で、早朝に食品の材料を受け取り、続いて午前8時からは会場のテント張りを行い、私はいったん帰って値札書きをした。午後3時には再び集まって会場へ出かけ、それぞれが持ち場の準備にかかる。3歳から77歳の女性が7人、小1からこちらも77歳の男性が12人の合計19人が、格別割り振ったわけではないのに自分の持ち場を決めて動き出す。私はただそこに居るだけで何もしなかった。
屋台を始めてもう10年になる。周りの人から「チームワークがいいねえ」と呆れられるくらい手際がいい。そしてまた、世代交代も着実に進んでいる。水遊びついでに「冷たい飲み物はいかがですか」とビールやコーラを売っていた子どもたちが、焼き鳥を焼いたり焼きそばの手伝いをしたりしている。私たちの世代が後方に回り、私たちの子どもの世代が料理手となった。ただ、そこに血のつながりはなく、それぞれが別の家族であることも珍しいだろう。
私が気になったのは、次の担い手である高校生たちが料理を手伝うが、後片付けに自ら動かないことだ。「おいおい、年寄りに洗い物をさせて君たちが休んでちゃーダメだぞ」と私は注意する。自分の孫ではないけれど、やっぱりここは誰かが気付かせないといけない。年寄りが子どもたちに伝えることで、小さな文化も伝承されていく。