風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

香港と台湾(下)

2014-12-14 15:51:40 | 日々の生活
 前回に続き、今回は台湾の動きを振り返ります。
 先月29日、台湾の22県市の首長と地方議員を選ぶ所謂「統一地方選挙」が実施され、2016年の総統選挙の前哨戦としても位置付けられて注目されました。結果は、ご存知の通り、野党の民進党が6から13にポストを増やしたのに対し、与党・国民党の馬政権は15から6に減らし、歴史的敗北を喫したと言われました。とりわけ肝心の6つの直轄市の市長選挙で、国民党は、台北・桃園・台中のそれぞれの市長ポストを失っただけでなく、台北市長選挙では、国民党名誉主席・連戦の息子・連勝文氏が、台北大学付属病院の元外科医で無所属新人の柯文哲氏に敗れるという失態をもたらしました。連家は祖父の代から国民党を支えてきた政治の名門で、相当の隠し資産も噂され、ドラ息子・連勝文氏は国民党内の人望が高くないとも言われますし、馬英九総統とは犬猿の中で、党内から十分な支援が得られなかったとも言われますが、台北はいわば「首都」であり、国民党の牙城だっただけに、衝撃は小さくありませんでした。今回の敗北が馬英九政権への不信任が原因であったことは間違いなく、馬氏は責任をとって国民党主席を辞任しました。
 振り返りますと、今年3月、馬英九政権が強引に進めようとした中国との経済関係強化を警戒した学生たちによって「ひまわり運動」が湧き起こり、民衆の支持を得て、両岸サービス貿易協定の立法院通過が阻止されました。8月には、行政院大陸委員会の元副主任が、機密漏洩の咎で刑事告発されました。元副主任は、中国にスパイとしてリクルートされたとの噂があり、中・台の両岸関係が行き詰まったところに、追い討ちをかけるように、9月末に香港で民主化運動が湧き起こりました。連日のように報道される、学生を中心とした抗議行動は、台湾民衆に親近感を催したでしょうし、中国政府の意を受けた香港政庁によって強制排除されるに及んで、台湾民衆の心はますます中国から離れたことでしょう。
 しかし、台湾の人々の対中スタンスは、香港と同様(そして前回触れたように、香港だけでなく東南アジアやヨーロッパ諸国、果てはアメリカまで似たようなものと思うのですが)、単純なものではないようです。ジャーナリストの野嶋剛氏は、選挙の夜、ある台湾政府高官の女性から寄せられたメッセージを引用し、単なる反中のために国民党を負けさせたわけではないことを再認識されました。「外国の人たちは、これで台湾は反中になったなんて単純に思わないで欲しい。私たちの投票の主な動機は反中じゃないの。反馬(反馬英九)なのよ。でも、台湾に選挙があって本当に良かったとも思う。台湾の将来を決めるのに、人民が主役になれるということが証明されたわけだから。これこそが老共(中国共産党)がいちばん恐れていることなのよ」。
 野嶋氏によれば、「人気の著しい低迷が続いていた馬英九政権にとって『対中関係の改善』はほぼ唯一、世論調査でも7~8割の人々が『評価する』と回答する項目である。台湾経済の対中依存度は日本の比ではない。中国は台湾企業の生産現場であり、市場であり、『飯の種』だ。そんな中国とケンカばかりしている民進党を嫌ったからこそ、2008年の総統選で台湾の有権者は馬総統を選んだ」のだというわけです。他方で「台湾の人々が無条件に中国を歓迎していると考えたら、それは間違いだ。中国の一党独裁政治体制への恐怖感、言論や人権弾圧への嫌悪感、中国経済に飲み込まれてしまう不安感。これらは台湾社会に根強く広がっている。何より、中国と台湾は60年以上に及んだ分断の末、中国は台湾の人々にとって『他者』になり、一方で『中国は台湾の一部』として将来の『統一』を求める中国とは、あくまで未来へのビジョンを共有していない」というわけです。福島香織さんはこう言います。「台湾の若者の政治意識の背景には中国に対する危機感が切実にある。それは中国が台湾に向けてミサイルを配置しているという危機感であり、中国資本に牛耳られた大企業スポンサーのせいで、メディア上に中国批判言論がなくなったという危機感であり、GDPは増えても若者の雇用が増えない中国依存経済への危機感である」と。
 実際に、台湾の人々は、同じ時期に民主化し同じように製造業を中心に経済成長を遂げてきた韓国をライバル視していて、中韓FTA(自由貿易協定)が決まったことで焦りを感じたビジネス関係者が多いと伝えられます。その韓国は、JETROの統計によると、輸出入に占める中国の比率はそれぞれ26.1%と16.1%に達し(2013年)、片や台湾はそれぞれ26.8%と15.1%(2012年)と、年度は違うものの、中国の存在感は似たような規模で両者の前に増しつつあることが分かります。韓国は、こうして経済的には中国に依存し、一方で安全保障面はアメリカに依存する、一種のねじれた関係にあって(台湾もそれに近いものがありますが)、微妙な舵取りを続ける中、最近とみに中国の磁場に引き寄せられ、アメリカから恫喝ともとれるような忠告を受けたことは、このブログでも触れました。
 それぞれに置かれた戦略環境によって状況は異なるわけですが、台湾では、民意を反映する選挙制度が機能し、中国に引き寄せられ過ぎることなく、つかず離れずの微妙な関係に再び戻しました。ちょっと古いですが、Wikipediaによると、2009年12月の「天下雑誌」による民族帰属意識調査では、「台湾人であり中国人ではない」と答えたのは62%(台湾人であり中国人でもある=22%、中国人であり台湾人ではない=8%)で、年齢を18~29歳に限ると、「台湾人であり中国人ではない」と答えたのは75%(同15%、10%)に達したそうで、「国民党独裁時代に教育を受けた世代において中国人意識が相対的に高く、20代、それから10代と年齢が下がるにつれて台湾人意識が圧倒的に高くなっている」と結んでいます。他の調査でも同様の傾向があり、「台湾指標」の去年8月発表の調査でも、「台湾人」と呼ばれることを好むのが82.3%、「中国人」と呼ばれることを好むのは6.5%に過ぎなかったといいます。このあたりが背景として今回の「ひまわり運動」から「統一地方選挙」までの結果に如実に表れたと言えます。この点で、既に中国の一部になった香港は微妙ですが、香港中文大学のコミュニケーション・民意調査センターが11月10日に発表した世論調査結果によると、自らを「中国人」と考えている香港人の比率は、香港返還時点の1997年調査では32.1%ありましたが、「雨傘革命」後のこの時点では僅か8.9%だったそうです。CEPAなどによって中国経済との一体化が進んでいるにも関わらず、香港人は「中国人としてのアイデンティティ」よりも「香港人としてのアイデンティティ」をむしろ強めていると言えます。香港の世代間でどのような差が出るのか、興味深いところではあります。
 こうした状況を、中国共産党政府は苦々しい思いで見ていることでしょう。台湾では、習近平国家主席が進めようとする「一国二制度」の枠組みを使った台湾の「平和統一」は明らかに遠のいたように見えます。香港は既に「一国二制度」の枠組みに組み込まれ、事実上、中国に呑み込まれるかどうかの瀬戸際でどうにか踏ん張っている。ポイントは民意を映す選挙制度のありようと言えそうです。中国共産党政府は、改めて欧米式の選挙制度を憎み、検閲・言論統制と警察・公安の実力行使による一党独裁維持に自信を深めたことでしょう。経済的な相互依存関係が深まるという、冷戦時代とは全く異なる文脈の中で、中国という異形の大国が台頭するとき、香港と台湾という立場の異なる国・地域はどのような対応を迫られるのか、implicationsは少なくなかったと思います。今回は登場しなかった新疆ウィグルやチベットは一連の出来事をどのように見たのか。激変が予想され、中国ウォッチャーならずとも目が離せません。
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