風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

香港と台湾(上)

2014-12-08 23:39:57 | 日々の生活
 香港や台湾で、中国に対する世界の立ち位置を見る上で、とても興味深い動きがありました。今日は、先ずは香港の動きを追ってみたいと思います。
 香港で、選挙制度の民主化を求める学生や民主派議員が中心街を占拠した抗議行動は、世界のメディアから「雨傘革命」と呼ばれ、彼ら自身は「占領中環」(オキュパイ・セントラル、占中)をスローガンに今も頑張っています。それは3年近く前の2011年9月、アメリカで金融機関救済や富裕層優遇を批判して始まった抗議行動「ウォール街を占拠せよ」(オキュパイ・ウォールストリート)を文字っているのは間違いありません。そして、まさにそのウォール街占拠の大規模な運動そのものが開始後二ヶ月ほどで沈静化してしまった(Wikipedia)ように、香港の抗議行動も既に二ヶ月を過ぎ、地元民(とりわけ事業者や投資家)の反発が予想以上に広がり、当局が強制排除に動き出したことにより、下火に向かいつつあります。
 やはり街頭を長期にわたり占拠するのは難しいということでしょう。かつてゲバラはゲリラ活動の要諦として世論の支持を挙げていましたが、まさに民衆の後ろ盾を失った民主化要求など、香港政府さらには北京政府にとっては、痛くも痒くもないことでしょう。
 日経ビジネス香港支局特派員の池田信太朗さんは、今回のデモを、終わったものとして振り返るには時機尚早だと断りつつ、「政治」闘争であると同時にすぐれて「経済」闘争でもあったと思うと述べておられます。デモ期間中、デモ隊に「なぜこの場にいるのか」「何を勝ち取ろうとして闘争するのか」尋ねると、彼らはもちろん「民主主義」や「普通選挙」を答えに挙げるのですが、重ねて「なぜ民主主義が必要なのか」「なぜ普通選挙を実現したいのか」を尋ねると、その答えは経済問題に帰着するのだそうです。曰く、家賃が高騰して生活が困窮している、就職先がない、そして一部企業や資産家だけが経済成長を謳歌し、貧富の差が拡大している。
 このあたりを池田信太朗さんは、「香港人の対中意識の変化」に至るまで、次のように解説されます。1997年7月、中国に返還された後、香港経済は、同年のアジア通貨危機や2003年のSARS流行により、深刻な打撃を受けるのですが、その苦境を救ったのは他ならぬ中国でした。香港と中国との間で、事実上のFTA(自由貿易協定)である「経済緊密化協定(CEPA)」が2004年に施行されると、折からの中国経済の高成長と相俟って、香港経済は息を吹き返します。CEPAはその後何度も更新され、その度に香港と中国本土との経済的な結びつきは強化され、中国本土の旺盛な消費は、香港製品を関税なしに受け入れるとともに、中国からは大量の観光客や投資が香港市場に流れ込み、ついには、副作用とも言えるほどに、香港経済の中国経済への依存をもたらし、却って香港の地価は香港人が購入できないほどの高値を付け、中国本土からの観光客のために物価は高騰し、香港全体が巨大な商業施設と化して、接客業では求人が伸び失業率が押し下げられたものの、香港に立地する外資企業に、中国本土で生まれ欧米の大学で留学経験を積んだ若者までは押し寄せるようになり、結果としてサービス産業以外の選択肢が狭められているのが現実で、所得格差の大きさを示すジニ係数は、返還直前の0.483から、2011年には0.537まで悪化し、格差は拡大する一方なのだそうです。つまり、マクロでの香港経済成長の恩恵を、香港人の大多数は享受出来ておらず、むしろ安定した経済生活は破壊され、香港中文大学のコミュニケーション・民意調査センターが11月10日に発表した世論調査によると、自らを「中国人」と考える香港人の比率は、香港返還時点の32.1%から8.9%に急落し、中国本土との経済の一体化は進んだにも関わらず、香港人は「中国人としてのアイデンティティ」をむしろ喪失しつつある、もっと率直に言えば「自分を中国人だと言いたくない」という対中嫌悪の感情が強まっているというのです。
 興味深いのは、その間、香港経済は相対的に対中での優位性を失い、GDPでは、2009年には上海に、2011年には北京に抜かれ、2015年には天津にも抜かれると見る専門家もいるそうです。こうした香港の相対的な地位の低下が、中国政府の香港に対する姿勢をやや乱暴なものにしているような印象を受けると言います。そして、「反中意識」の高まりが、香港人をして、マナーの悪い本土客を「イナゴ」と呼んで蔑視するような風潮に繋がるとともに、中国本土側にも、中国人を差別するとは許せない、香港だけ特別扱いする必要はない、と反発する感情が芽生えているというのです。
 なるほど、このように説明されると、民主化要求のデモに繋がった行政長官選挙問題はただのきっかけに過ぎなかったのかも知れません。池田信太朗さんはこう結論づけられます。「民主主義の進展こそが香港のアイデンティティーを取り戻す道だ」という論理にすべてを賭けられる理想主義者はデモに走り、「民主主義によって生活が好転するとは思えない」と考える現実主義者はデモに反対した、と。
 結局、香港は、巨大なブラックホールのような中国経済に呑みこまれてしまうのでしょうか。
 柯隆さんは、中国社会について、農民は奴隷のような存在だが、奴隷社会ではない、王様のような特権階級がいるが、封建社会ではない、社会主義と自称しているが、平等ではないため社会主義ではない、資本家がいるが、資本主義ではない、まるで「四不像」(シフゾウ)のようだと譬えました。四不像とは、中国に生息するシカの一種で、しかし、シカのような角をもちながらシカでない、ウシのような蹄をもちながらウシでない、ウマのような顔をもちながらウマでない、ロバのような尾をもちながらロバでない、このように四つの動物に似た特徴をもちながら、そのいずれとも異なるために「四不像(中国音:スープシャン)」と呼ばれる(Wikipedia)のだそうです。
 今の中国共産党政権は、もはやイデオロギーに関心などありません。いや、そもそも統治の用具でしかなかったのでしょう。彼らが関心を示すとすれば、共産党の王朝支配を続けること、そのことに尽きるのであって、そのためにはイデオロギーを振りかざしもし、はたまたイデオロギーで食っていけないとなれば、いくら主義主張に反しようが改革開放に舵を切り、経済的な余裕や自由が政治的な圧力を強めることが懸念されれば、すかさず、愛国教育によって外に敵をつくるとともに、軍事費だけでなく公安・警察にも全力を注ぎ、かつて西欧諸国に踏みにじられた屈辱を払拭して誇るべき「歴史」を取り戻し、中国の(地域)覇権を確立して、中華帝国の「夢」という名のもとにナショナリズムを煽るなど、硬軟織り交ぜて国家としての統一を目指して汲々としていることは明らかです。問題は、高度に成長を続ける中国経済が直面する所謂「中所得国の罠」を乗り越え、安定した社会を築くことが出来るかどうか、そういう意味で、問題は政治ではなく経済化しています。そして、この経済(超)大国化する中国への立ち位置を巡る問題は、ひとり香港だけではなく、また次回触れる台湾だけでもなく、東南アジア諸国や、遠くドイツなどのヨーロッパ諸国にも、さらにはアメリカにも言えることで、私たちは、明らかに近代文明社会とは異質の政治・社会構造をもつ中国という国にどう対処していけばいいのでしょうか。中国共産党の支配など、明日にでも崩壊しかねないと言い捨てるのは簡単ですが、清朝末期の歴史を振り返れば、なかなかしぶとく、まだ10年や20年は先のことかも知れないのです。
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