小泉武夫さんの講演を聴いたことがあります。ちょうど和食が世界無形文化遺産に登録された頃のことで、そのプロジェクトに携わった小泉さんは、準備に3年かかったと言われていました。
世界遺産は、国(日本)に与えられるものではなく世界のものだそうで、取り消されることもあるので守って行かなければならないですし、世界遺産になったことで金儲けすることは許されないそうです。一年くらい前、ジェトロ(日本貿易振興機構)が、最も好まれている外国料理について、モスクワ、バンコク、ジャカルタ、ホーチミン、サンパウロ、ドバイの6都市でアンケートを実施したところ、健康に良いこと等が評価された和食が全体の38.4%を占めて1位になりました(因みに2位はイタリア料理、3位は中国料理)。世界で愛される世界遺産に値しますが、他方で、日本人の朝食で和食は51%、パン食は49%と、もはや肝心の日本人だけで守って行ける状況にはないのかも知れません。その意味でも、失われつつある文化の保護を目的とした無形文化遺産に相応しいと(皮肉を込めて)言えると思います。
さて、和食には他の民族にはマネ出来ない特徴が5つある・・・というのがその日のテーマでした。
一つは、「水」あってこその和食なのだそうで、ただの水ではなく、鉄分が驚くほど少ない、世界で一番良い水である、ということです。鉄分が多く含まれると、どうしても錆で風味が落ちてしまうからです。日本酒は、0.2ppm以上の鉄分が含まれていると造ることが出来ないため、カリフォルニアに進出している清酒メーカーは除鉄装置を使っているらしい。ことほどさように日本酒は日本の水があってこそなわけです。ご飯の3割は水で、コメを炊いてご飯にするのは「水を米の内部に抱き込ませている」と言った人がいますが、小泉さんは「日本人は水食い民族である」とおっしゃっていました。
二つ目は、言わずと知れた「旨み」です。かつて「五味」(甘い、辛い、酸っぱい、苦い、塩っぽい)と言われ、これにダシから生まれた味覚である「旨み」が加わって「六味」になったとか。今、フランス料理はダシに興味をもっているようです。
三つ目は、「心」で味わう食だ、と。四季があり、旬をいただく。中国で「旬」と言えば、王が家来に贈る際、その季節で一番喜ばれるものを言うそうですが、その言葉が日本列島に渡って来ると、その季節で一番美味しくて安いものに変わったわけですから、大したものです。「いただきます」と、食べ物に対して挨拶するのは和食だけ・・・でしょうね。「命」をいただくという意味ではないかと解説されていましたが、なるほど、もとはそういうことだったのかも知れません。器にもその時々の美しさがあり、心で見る世界である、と。調理(解体)には流儀がありますし、香道や茶道だけでなく、江戸の元服式では、酒の飲み方、注ぎ方、注がれ方など「酒道」もあるそうです。そして、何故、心で味わうことになったのかと言うと、俳句のせいではないかとおっしゃっていました。季語は「旬」そのもの、だと。これも、なるほどと思います。
四つ目は、「発酵」食品の多さを挙げておられます。その数は、今のところ数え切れない、つまり、探せば探すだけ見つかるのだそうで、例えば漬物は約2000種類、漬け床も違うので、大根だけで60種類もあるらしい。新潟県のある浜には、鰯味の沢庵があり、それが実に手が込んでいて、鰯を塩で乳酸発酵させるのに3年、その鰯を80度で煮て完全に液状にした煮汁に沢庵を漬けてから2年、計5年もかけるのだとか。かたや石川県には河豚の毒抜き屋がいて、青酸カリの16倍の毒性があると言われる河豚の卵巣を3年かけて糠漬けにしているそうです。いやはや、日本人の食への欲望には驚かされます。
最後に、「ヘルシー」であること。これも周知の通りですが、和食の主材は、根茎、菜っ葉、青果(ウリ、トマト、果物など)、山菜・茸、豆(味噌汁、納豆)、海藻、穀物(米、麦)であって、肉や魚や卵などの動物タンパクは副材に過ぎず、小泉さんに言わせれば、日本人は100年前まで菜食主義者だとか。遊牧民族と違って、日本民族は、牛や馬と同じ家に住み、人類学的には家族の扱いだというのは有名な話ですが、日本人が肉を食さないのは、仏教のせいではなく、民族の心の問題だろうと言います。
海外では、日本人ではない料理人による“似非”和食が蔓延っています。そのオリジナルの人気の高さ故に高価でも客が入り、客単価が高くなって儲けが増えるからで、 “真性”和食と違って、私もカリフォルニアにいた頃、キムチや焼き肉も出しながら和食の看板を出すレストランの品質の低さには閉口したものですし、日本に出稼ぎに行って覚えた料理で一山当てようと頑張るアジアの人々の逞しさと健気さを見せつけられて、却って感心したものでした。しかしそれもこれも人気者の宿命と言うべきで、そんな便乗商法を野放しにすると品位を落とすと目くじらを立てるのではなく(農水省だか文科省だかが認定制度を導入しようとしたことがありました)、海外で和食に関心を持つきっかけにして貰って、やはり本物の和食は日本に行かなければ味わえないといった有り難さこそ、和食の和食たる所以・・・と鷹揚に構えるのが、ツーリズム・ジャパンのためにも良いのだろうと思います。
世界遺産は、国(日本)に与えられるものではなく世界のものだそうで、取り消されることもあるので守って行かなければならないですし、世界遺産になったことで金儲けすることは許されないそうです。一年くらい前、ジェトロ(日本貿易振興機構)が、最も好まれている外国料理について、モスクワ、バンコク、ジャカルタ、ホーチミン、サンパウロ、ドバイの6都市でアンケートを実施したところ、健康に良いこと等が評価された和食が全体の38.4%を占めて1位になりました(因みに2位はイタリア料理、3位は中国料理)。世界で愛される世界遺産に値しますが、他方で、日本人の朝食で和食は51%、パン食は49%と、もはや肝心の日本人だけで守って行ける状況にはないのかも知れません。その意味でも、失われつつある文化の保護を目的とした無形文化遺産に相応しいと(皮肉を込めて)言えると思います。
さて、和食には他の民族にはマネ出来ない特徴が5つある・・・というのがその日のテーマでした。
一つは、「水」あってこその和食なのだそうで、ただの水ではなく、鉄分が驚くほど少ない、世界で一番良い水である、ということです。鉄分が多く含まれると、どうしても錆で風味が落ちてしまうからです。日本酒は、0.2ppm以上の鉄分が含まれていると造ることが出来ないため、カリフォルニアに進出している清酒メーカーは除鉄装置を使っているらしい。ことほどさように日本酒は日本の水があってこそなわけです。ご飯の3割は水で、コメを炊いてご飯にするのは「水を米の内部に抱き込ませている」と言った人がいますが、小泉さんは「日本人は水食い民族である」とおっしゃっていました。
二つ目は、言わずと知れた「旨み」です。かつて「五味」(甘い、辛い、酸っぱい、苦い、塩っぽい)と言われ、これにダシから生まれた味覚である「旨み」が加わって「六味」になったとか。今、フランス料理はダシに興味をもっているようです。
三つ目は、「心」で味わう食だ、と。四季があり、旬をいただく。中国で「旬」と言えば、王が家来に贈る際、その季節で一番喜ばれるものを言うそうですが、その言葉が日本列島に渡って来ると、その季節で一番美味しくて安いものに変わったわけですから、大したものです。「いただきます」と、食べ物に対して挨拶するのは和食だけ・・・でしょうね。「命」をいただくという意味ではないかと解説されていましたが、なるほど、もとはそういうことだったのかも知れません。器にもその時々の美しさがあり、心で見る世界である、と。調理(解体)には流儀がありますし、香道や茶道だけでなく、江戸の元服式では、酒の飲み方、注ぎ方、注がれ方など「酒道」もあるそうです。そして、何故、心で味わうことになったのかと言うと、俳句のせいではないかとおっしゃっていました。季語は「旬」そのもの、だと。これも、なるほどと思います。
四つ目は、「発酵」食品の多さを挙げておられます。その数は、今のところ数え切れない、つまり、探せば探すだけ見つかるのだそうで、例えば漬物は約2000種類、漬け床も違うので、大根だけで60種類もあるらしい。新潟県のある浜には、鰯味の沢庵があり、それが実に手が込んでいて、鰯を塩で乳酸発酵させるのに3年、その鰯を80度で煮て完全に液状にした煮汁に沢庵を漬けてから2年、計5年もかけるのだとか。かたや石川県には河豚の毒抜き屋がいて、青酸カリの16倍の毒性があると言われる河豚の卵巣を3年かけて糠漬けにしているそうです。いやはや、日本人の食への欲望には驚かされます。
最後に、「ヘルシー」であること。これも周知の通りですが、和食の主材は、根茎、菜っ葉、青果(ウリ、トマト、果物など)、山菜・茸、豆(味噌汁、納豆)、海藻、穀物(米、麦)であって、肉や魚や卵などの動物タンパクは副材に過ぎず、小泉さんに言わせれば、日本人は100年前まで菜食主義者だとか。遊牧民族と違って、日本民族は、牛や馬と同じ家に住み、人類学的には家族の扱いだというのは有名な話ですが、日本人が肉を食さないのは、仏教のせいではなく、民族の心の問題だろうと言います。
海外では、日本人ではない料理人による“似非”和食が蔓延っています。そのオリジナルの人気の高さ故に高価でも客が入り、客単価が高くなって儲けが増えるからで、 “真性”和食と違って、私もカリフォルニアにいた頃、キムチや焼き肉も出しながら和食の看板を出すレストランの品質の低さには閉口したものですし、日本に出稼ぎに行って覚えた料理で一山当てようと頑張るアジアの人々の逞しさと健気さを見せつけられて、却って感心したものでした。しかしそれもこれも人気者の宿命と言うべきで、そんな便乗商法を野放しにすると品位を落とすと目くじらを立てるのではなく(農水省だか文科省だかが認定制度を導入しようとしたことがありました)、海外で和食に関心を持つきっかけにして貰って、やはり本物の和食は日本に行かなければ味わえないといった有り難さこそ、和食の和食たる所以・・・と鷹揚に構えるのが、ツーリズム・ジャパンのためにも良いのだろうと思います。