風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

フィリピン大統領(前編)

2016-10-22 22:20:40 | 時事放談
 「ダーティ・ハリー」になぞらえて「ドゥテルテ・ハリー」と呼ばれるらしい。日本風に言えば「必殺仕置き人」だ。かつての超大国アメリカでも、暴言を吐いてなお大統領候補の座に収まり続ける人がいて、その人物とも並び称されるが、どうも世の中は戯画化(あるいは劇場化)しているようだ。
 因みに、オバマ氏に対して俗語で「son of a bitch」(文字通りに訳すと「売春婦の息子」だが、言わば「お前の母ちゃんデベソ」)に近いタガログ語の「Putang Ina mo」(もっとも公式発言録にmoがついていないので、「クソッタレ」程度らしい)と吐き捨て、米国大使には「このオカマ野郎」、EUには「地獄に落ちろ」、人権を問題視する国連には「脱退してやる」、訪比したローマ法王には「もう来るな」などと嘯いた。どうやら聴衆を前にするとつい高揚して口が滑り、発言が過激になるようだが、少人数や一対一で対面した人によると、至って物静かでむしろ寡黙だと言う。それにしても品がない。アメリカには謝罪し、ローマ法王には懺悔し、国連脱退も取り消した。だったら、言わなきゃいいのに、なかなか人騒がせな人物だ。
 そのフィリピン大統領が、中国を訪問し、南シナ海問題を「2国間の対話と協議」に委ねるとする習近平国家主席の提案に応じたらしい。「すぐに合意するのが難しい問題は、棚上げが可能だ」と習近平国家主席は述べたらしいが、実に分かり易いデジャヴだ。1978年に日中平和友好条約批准のため来日した中国の鄧小平副首相(当時)は、尖閣諸島に関して似たようなことを言って、次の世代の知恵に任せようと提案した。その後、中国がやったことは、1992年領海法で尖閣諸島を自国領と明記し、2012年には尖閣諸島を「核心的利益」に格上げするなど、自らに都合が良い既成事実の積み重ねだったことは周知の通りだ。
 さらに、北京の人民大会堂で開催された経済フォーラムでは、同盟国アメリカとの関係について、大胆にも「軍事的にも経済的にも米国と決別する」と粋がったらしい。まあ、過去100年の間にアメリカからどんな仕打ちを受けたか(その間、一時的に支配した日本も無傷ではないかも)、植民地になったことがない日本人には想像できないが(まあ日本だって戦後に占領統治され、今なお精神的な占領統治が続いている)、相変わらず口が軽い。
 フィリピンにとって、南シナ海問題は、当事者の領有権という法律論争にとどまらず、中国の人工島造成や軍事拠点化に見られるように安全保障上の現実的な脅威であり、双方の国力を見るまでもなく、単独で解決できる問題ではない。また、周辺国である日本や韓国にとっても、南シナ海はシーレーンにあたり、航行の自由は独立国家として死活の利益であって、おいそれと見過ごせる問題ではない。そんなことは、フィリピン大統領として百も承知だろう。それこそシンガポールやベトナムや他のアジア諸国のように、中国とアメリカとを手玉に取りながら、双方から譲歩と利益を引きだす、小国による際どい大国間外交の一環だろう。お膝元では、公約通り麻薬撲滅に心血を注ぎ、2000人を超える司法手続きを経ない超法規的殺人だとして国際機関や人権団体から非難されようがお構いなし、社会の安定を取り戻す戦いを続けるような人物である。ダバオ市長時代のつつましい暮らしぶりは有名で、「質素な家に住み、華美な生活とは無縁。地元住民は、大統領に当選したドゥテルテ氏がダバオから出て行く際、『寂しくなる』と悲しんだ」(産経Web)という。
 そのフィリピン大統領が、25日には日本を訪問する。単に民主主義や人権の尊重や法の支配といった価値観を叫ぶだけの理想主義者ではなく、フィリピンの国益を踏まえた冷徹な現実主義者であるかどうかは、そこで明らかになるだろう。どんな劇場を見せてくれるのか、ちょっと楽しみである。
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