風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

トランプ劇場に幕

2021-01-24 12:39:05 | 時事放談
 トランプ氏の「最後っ屁」に怯えた首都ワシントンDCであったが、トランプ氏は、退任演説のビデオ動画で、これまでで最も大統領らしい!?(しかし第二幕を予期させる毒を仕込ませた)演説をし、新大統領の就任式には、1869年のアンドリュー・ジョンソン大統領以来152年ぶりに欠席して、バイデン新大統領によれば「寛大な置手紙」だけ残して、ホワイトハウスを去った。対面での引継ぎがなかったため、「核のボタン」が収められた「フットボール」と呼ばれる革の鞄の引継ぎもなく、トランプ用「核のボタン」(実際にはボタンじゃないらしいが)の暗号機能が無効化された模様だ。また執務室の机の上からは「ソーダ・ボタン」(ダイエット・コークを執事にオーダーするときに使っていたボタン付き木箱)も撤去された。
 思えば、この4年間は長い台風一過という騒々しさだった(アメリカだから、ハリケーン一過と言うべきか)。それまで「忘れられていた」特定層をターゲットに、計算された戦略で訴えかけることにより、アメリカという国をまんまと乗っ取ってしまった印象だ。実際のところ、誰が大統領に立候補しようと、東西の沿岸の都市部は青の民主党、内陸部の田舎は赤の共和党と決まっているから、ポイントは、ペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシン、オハイオなどのラスト・ベルトと呼ばれる中西部・東部と、ジョージア、フロリアなどの、所謂スウィング・ステート11州をどう攻めるかにあった。そこでターゲット顧客を取り込んだ、政治経験のない不動産セールスマンによるマーケティングが勝利したのだった(実際には、バーノンなどの戦略スタッフのお陰だろうが)。そして、4年前に運よく当選を果たして大統領に就任したその日から、トランプ氏は大統領の職務を全うするというよりも、再選に向けて動き出した。だた再選を果たすために、公約を忠実に実現しようとし(この点は、公約そのものへの賛否はあるにしても、評価されるべきところ)、当該ターゲット顧客層に訴えるために分断を煽り、利用し続けた。
 もとよりトランプ氏個人として見れば、ナルシシズムの塊みたいなもので、小学生の頃のクラスに一人はいたような、負けず嫌いで虚言癖があって目立ちたがりの問題児で、とても先進国・超大国アメリカの大統領には似つかわしくない品のなさだった。毛嫌いする人には全く受け付けられなくて、徹底的に批判され続けた。彼が成功し、かつ最終的に失敗したことの一つは、エスタブリッシュメントとしてのリベラル・メディアを敵に回したことだろう。
 しかし、トランプ政権が明らかにした中国リスクと、その結果としての米中対立を見ていると、そんなトランプ氏がいても、アメリカの政治制度はしっかり機能していると感じられる妙な安心感があった。半導体立国・台湾への支持を強化したのは、対中牽制とともに防衛産業を守る現実的な意味合いがある。伝統的な中東和平を放棄して、イスラエルを軸に中東秩序再編に転換したのは、政治的に福音派を取り込むだけでなく、イランという脅威を包囲する現実策でもある(アラブ諸国が現実策でまとまったのだから、時代は変わったものだ)。国境の壁は極端にしても、国のアイデンティティを守るために移民を制限すること自体は分からなくはない(移民国家を国是とするにしても)。むしろトランプ氏の意向や存在感は、せいぜい貿易赤字を気にするとか(勝ち負けに拘るトランプ氏らしいが、経済学的には正しくない)、主要国の独裁者にエールを送るといった、所謂トランプ劇場と呼ばれるパフォーマンスに限られているように見えた。そして、暇があると茶々をいれたり、引っ搔き回したり・・・結局、国益よりも再選を目的とするリーダーの狭量な姿に、さすがのアメリカ人も愛想をつかしたといったところだろう。
 この点に関して、アメリカでは、例えば孤立主義と国際協調主義の間で、振り子のように行きつ戻りつし、超、今回は、国全体がそのように胎動したというよりも、先に挙げた11州の、しかも上澄み部分で、僅差で、ベクトルが変わったのだった。それは、ひとえに「反トランプ」の掛け声になびいたからだ。なんと空虚なことだろう。バイデン氏の役割は既にそれで終わったとする識者の声もある。バイデン新大統領は、早速、就任したその日に、パリ協定への復帰や世界保健機関(WHO)からの脱退取りやめなど十幾つかの政策について、大統領令への署名を行い、ベクトルが変わったことを見せつけた。就任演説では、民主主義の勝利を高らかに謳った。リベラル・メディアは大いに積年の鬱憤を晴らしたことだろう。しかし私には、やんちゃなトランプ氏が大統領職に就いている間、三権分立を理解しているようには思えず、公私混同など大統領個人の言動は目に余るもので、そんな人物が大統領職にあるのだから実に危ういものであったが、民主主義の土台は辛うじて機能し、揺らぐことはなかったと思われたし、4年の後には、いくら選挙が盗まれたと叫ばれようが、民主的手続きによって退出を余儀なくされた。
 余りに私的とも言えるトランプ劇場の第二幕は待望しないが、だからといって、アメリカという国の分断された現状を思うと、バイデン政権にも余り期待が持てないでいる。私が一種の「トランプ・ロス」に囚われるのは(笑)、そんな希望のなさによるのかも知れない。
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