風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

19世紀的・ロシア

2022-05-07 14:51:41 | 時事放談
 前回ブログで無造作に書き連ねたロシアの行動特性は、小泉悠氏の著書『「帝国」ロシアの地政学』(東京堂出版)に依っている。それをこれまで無造作に「19世紀的」と形容して来たのは、その行動特性と言うよりプーチン氏のメンタリティが、19世紀・帝国主義の時代にこそフィットしそうな、遠い歴史的な(不躾に表現するなら、時代錯誤の)感覚としか思えないからだ。20世紀は、第一次大戦後に四つの帝国が崩壊し、第二次大戦後に多くの植民地が解放されて、世界がそれまでのヨーロッパ規模から地球規模にまで広がって、量的なだけではなく質的に大きく変わった革命的な時代で、国際政治学なる学問が生まれ、外交のあり方や戦争観がすっかり変わった。ところが、ロシアでは、共産主義革命が起こってから冷戦崩壊するまでのほぼ20世紀丸々、西側世界から隔絶されたがために、その間に西側世界で進行したポスト・モダンのリベラルな時代精神を、体感として共有出来ていないせいではないかと疑ってきた。プーチン氏本人だけでなく、彼を受け入れるロシア人をも含めて、19世紀的なもの(あるいはそれ以前のもの)がそのまま生き残っている気がするのだ。それがまんざら間違いではないと思えるようなフレーズを見かけた。連休中に読んだ本の中で引用されていた、19世紀後半を代表する鉄血宰相・ビスマルクの言葉である。

(引用はじめ)
「われわれは、ヨーロッパのチェス盤の上で3国のうちの1つになることの重要性を見失ってはならない。それこそは、歴代のあらゆる内閣の不変の目標であったし、とりわけ私の内閣の目標である。誰しも少数者になることは欲しない。政治の要諦はここにある。すなわち、世界が5大国の不安定な均衡によって統御されている以上、3国のうちの1つになることである」
(引用おわり)

 プーチン氏の政治感覚そのものではないかと目を疑った。かねがね、世界で突出した超大国の出現を望まず、多極世界で一極を占めることを願うプーチン氏が仮に今、言ったとしても、違和感がない(細かい数字の異同はあるにしても)。プーチン氏が尊敬するとされるピョートル大帝(初代ロシア皇帝としての在位1721~25年)以来、200年余りにわたってヨーロッパ五大国(=英仏普墺露)の一角として台頭し、革命を経て、アメリカと二大国として番を張った冷戦時代の40年余りを含めて、都合300年にわたる大国・ロシア(旧ソ連を含む)の矜持であり、多分にメランコリックな19世紀的メンタリティーなのだろう。コロナ禍で孤立し歴史書に耽溺することで増幅されたプーチン氏の妄想と言ってもよいのだろうが、「帝国」ロシアの成れの果てをまがりなりにも20年余りにわたって率いて来たプーチン氏にとっては、切実な問題なのかもしれない(でなければ、こんな蛮行には及ばないだろう)。
 名越健郎氏によれば、プーチン氏が大統領に就任した翌2001年に国民テレビ対話で、今どんな本を読んでいるかと聞かれて、「エカテリーナ女帝の統治に関する歴史書」だと答えたことがあったと、前々回のブログに書いた。プーチン氏のウクライナ侵攻は、エカテリーナ女帝(在位1762~96年)の行動・・・かつてオスマン帝国との二度にわたる露土戦争(1768~74年、1787~91年)に勝利してクリミア半島を含むウクライナの大部分を併合し、三次にわたるポーランド分割(1772、93、95年)を主導してポーランド・リトアニアを地図上から消滅させた・・・をなぞっているとの見方がある。
 また、袴田茂樹氏は、プーチン氏が以前からアレクサンドル三世(在位1881~94年)を讃えており、5年前にクリミア半島に同皇帝の記念像を建立したことを指摘されている。同皇帝が皇太子時代に従軍した露土戦争で獲得した領土がビスマルクによって放棄させられ、「消耗したロシア軍の再編、海軍の強化を図ることが将来の不測の事態を防ぐために必要であると感じ、軍制改革の必要性を認識した」(Wikipediaより)ところに、プーチン氏が置かれた境遇を重ねているのかも知れない。因みにアレクサンドル三世は「我々は敵国や我々を憎んでいる国に包囲されている。我々ロシア人には友人はいないし、友人も同盟国も必要ない。最良の同盟国でも裏切るからだ。ロシアが信頼できる同盟者はロシアの陸軍と海軍のみである。」と言ったことでも知られ、袴田氏によれば、ラブロフ外相も6年前に似たような発言をしたそうだ。「イワン雷帝の時代以来、世界の誰も強いロシアを望んでいない。歴史上、ほんの例外を除いて、わが国のパートナーが我々に対して正直だったことはない。次のことを理解しておく必要がある。すなわち、我々にとって主たる同盟者は、陸軍、海軍さらに現代では航空・宇宙軍である」と。
 「歴史は同じようには繰り返さないが、韻を踏む(The past does not repeat itself, but it rhymes.)」とはマーク・トウェインの箴言だが、英雄熱に浮かれた指導者が意図して韻を踏むように仕掛けることも多いのではないだろうか。
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