
百田の美点は、自説を固守しながらも、大局においては他人の立場も無視しないという点にあった。
二言目には、「君、関西では、そのものの味を殺さんように料理をするよ。関東の味は、かやくが多すぎて、ものの味は殺されてしまう。君とちがう僕の詩は、ものの味を殺さんための淡白さや」
【266ページ】
僕は帰朝後、一年間、デッサンの仕事に熱中した。デッサンの仕事とは、つまり、写生詩で、身辺の物象、風景その他、目にふれるものを、16行詩にまとめて、活写する練習である。
【271ページ】
『楽園』の連中では、国木田や、サトウ・ハチローが現れた。吉田一穂(いっすい)も来た。朝方まで話して、誰もまだ起きない未明の町をあるき、よその家に配ってきた牛乳をみんなで失敬したり、僕が音頭取りで、神楽坂の商店通りの芥箱(ごみばこ)を道の中央に出したり、薬局のイーナーという薬の看板の狸を、食料品店の前に移したり、必死になってかき廻しをやったものだった。
[Ken] 関西と関東の味の違いについて、詩作や文章にも当てはまるということですね。「わかるような、わからんような」感じです。自分も台所に立つことが多くなり、買い物から調理、配膳、洗物までやってみると、いろいろと感じることが多くあります。最近の悩みは煮物の汁加減です。
266ページのデッサンの大切さについては、絵画ばかりではなく詩作でも基本的な技術なのですね。
271ページの「未明の町あるき」と「牛乳」については、学生時代に私たちもやったことがありました。遅ればせながら、本当にごめんなさい。(つづく)