ほっぷ すてっぷ

精神保健福祉士、元新聞記者。福祉仕事と育児で「兼業」中。名古屋在住の転勤族。

牧紀男(2011)『災害の住宅誌―人々の移動とすまい』

2011-08-19 15:57:16 | Book
大震災が起きてすぐ、「仮設住宅を要しなければならない」
という話になった。冬の終わりきらない、寒い3月のことだったから
なおさらだ。灯油もあまり流通していない体育館などの避難所で、
プライバシーもなく過ごす段階は、なるべく短い方がいい。

 だからといって、プレハブの仮設住宅が「次の段階」として
唯一無二のものではない。実際にホテルに避難したり、親戚の元へ、
ゆかりのある場所へと移り住む選択肢もある。今回、数週間にわたり
物資輸送や灯油の輸送、医療施設の機能麻痺が起こっており、
「食べもの、暖かい場所のあるところへ移った方が早い、と
テレビ越しに感じた。
 それでも、雲仙普賢岳の噴火や阪神淡路大震災などの災害後の
イメージも伴い、「仮設住宅も相当数用意されなければならない」
という社会的前提が、今回の震災でもあったように思う。

 仮設住宅はそれほどに必要だろうか。災害後の住まいはどういう形が
考えられるのだろうか。この問題意識から手に取ったのが、『災害の住宅誌』である。

 本書からこの問題を考えると、仮設住宅は、「被災した人が
早く元の地域に戻ることこそが目標だ」という価値観を元にしている。
プレハブの仮設住宅には、解体費用を含め一戸当たり500万円ほど
費用がかかる。それでも、他の地域、例えば近隣県の公営住宅などに
に移るのはかわいそうなことであり、ご近所づきあいが
途切れてしまうのはよくない。だから、転居せず済むように、
被災地のなるべく近くに固まった場所を探す。

 「元の場所で住まいを再建する」という価値観は、日本において実は
非常に新しいものだ、と著者(京大防災研究所巨大災害研究センター准教授)は言う。
災害の多い日本で、住まいは「常ならざるもの」であった。関東大震災では、
被害の大きかった下町の人口は、関東大震災10年後で、17万3000人も
減り、目黒や練馬、渋谷などで大幅に増加している。
職住分離をし、郊外へ家を移すことが一般的だった。伊勢湾台風の際も
そうだ、というのである。また、海外のインドネシアやカトリーナ・ハリケーンで
被害を受けたアメリカなども、こういう意識が強いという。

 なぜ、現代日本では移動に否定的なのか。これについて、高い「土地付き持ち家」率が
原因ではないか、と仮説を示している。元々地方の農村では持ち家率は高かった
だろうが、都市部ではそうではなかった。1970年代に都市部の持ち家率が上がり、離れられない事情が出来てしまった、と。

 本書では、他の章で、世界各地の「災害後住宅」が紹介されている。
終わりには、今後災害に強い住宅にしていくためにも、個人の年収に縛られ、
それがゆえに単価の高くない寿命が20~30年ほどしかない住宅が
建てられていくことは得策ではない、という趣旨の話をしている。

 基本的に、非常に共感できる本だった。特に、エネルギー問題が大きな
課題となっている中で、太陽光発電や蓄電など、住宅への設備投資が
進む流れになっている。ここでも、「個人が35年ローンを組んで、
確実に、なるべく早く返せる程度の水準の家」という住宅モデルは
壁になるだろう。
 本書の随所にあるが、阪神大震災、中越地震後の人口の動きでは、
かなり地域を出て行っている、という統計もある。地方分権が進む中で、
自治体の長としては辛いところもあるかもしれないが、戻ることの価値ばかりを
強調して政策を推進するのは、デメリットも大きい。

追記
内容は面白いのだが、この本、見た事もない読みにくい楷書体の字体を
使っていて、非常に読みにくいことに注意。