「TPPはバラ色で影響は軽微」?
内閣府の再試算では、前回、TPPによる全面的関税撤廃の下で3.2兆円の増加と試算された日本のGDP(国内総生産)は13.6兆円の増加と4倍以上に跳ね上がり、農林水産業の損失は3兆円から1,300~2,100億円程度と20分の1に圧縮された。これほど意図が明瞭な試算の修正は過去に例がないだろう。「TPPはバラ色で、農林水産業への影響は軽微だから、多少の国内対策で十分に国会決議は守られたと説明し易くするために数字を操作した」と自ら認めているようなものである。これほどわかりやすい数字操作をせざるを得なかった試算の当事者にはむしろ同情する。
前回の3.2兆円も、すでに、価格が1割下がれば生産性は1割向上するとする「生産性向上効果」やGDPの増加率と同率で貯蓄・投資が増えるとする「資本蓄積効果」を組み込むことで、水増ししていたのだが、今回は、それらがさらに加速度的に増幅されると仮定したと考えられる。象徴的に言えば、「価格が1割下がれば生産性は1割向上する」どころか、「価格が1割下がればコストは9割下がる」と仮定したようなものである。どの程度コストが下がるかは恣意的に仮定できるので、こういう要素を加えれば加えるほど効果額をいくらでも操作可能であると自ら認めているようなものであり、国民からの信頼を自らなくさせていることに気付くべきである。
実は、政府自身も関税撤廃の直接的な効果のみでは、GDPの増加は0.34%、1.8兆円の増加にとどまるという数字を計算している。本来は、このような直接的効果のみの試算結果をまず示すべきで、恣意的に操作できる生産性向上効果などの間接的効果を駆使した結果を前面に押し出すべきではない。
農林水産業については、コメ、乳製品、牛肉、豚肉など重要5分野に含まれる586の細目のうち174品目の関税を撤廃し、残りは関税削減や無税枠の設定をし、重要品目以外は、ほぼ全面的関税撤廃したにもかかわらず、生産減少額が20分の1に減るとは、意図的に数字を小さくしたとしか解釈のしようがなく、全国農家の反発の火に油を注ぐことになろう。
国内対策の強化といっても前回の試算時点よりも牛・豚の政府補填率が1割増える程度であり、様々な品目の価格下落分が政府の補填で相殺されるわけはない。すると、価格下落分と同額のコスト下落が自動的に生じると仮定していることになり、どこにその根拠があるのか、示すべきである。
前回も今回も関税撤廃の条件で試算された品目について、対策の拡充もないのに、例えば、鶏肉は前回の990億円から19~36億円、鶏卵1,100億円から26~53億円、落花生120億円からゼロ、合板・水産物で3,000億円から393~566億円という説明不能な影響緩和になっている。実現するかどうかも不透明な体質強化策を前提に生産量と所得が全く変わらないと仮定するのは、あまりにも恣意的である。官邸に人事権も握られ、総理が「TPPはバラ色」と言う以上「被害が大きい」とは言えぬという無抵抗に陥ったのは悲しい。
しかも、コメについては備蓄での調整のみ(しかも備蓄期間を5→3年と短縮)、牛豚肉の差額補填の法制化と豚肉の政府拠出の牛肉並みへの増加(50%→75%)、生クリームを補給金対象にする、などの国内対策は、牛豚肉の赤字補填率を8割→9割に引き上げる点を除いて、TPP大筋合意のはるか半年以上前に決まっていた。
そもそも、重要品目は「除外」とした国会決議に「再生産が可能になるように」との文言を入れ込んであった。まず、「除外」の意味は全面的関税撤廃からの除外であって1%でも関税が残っていればいいとの屁理屈を用意していたが、それをさらに補強するため、どんな譲歩をしてしまっても、国内対策をセットで出して、再生産が可能になるようにしたから国会決議は守られたのだと説明すればよいというシナリオが当初から考えられていた。それに基づいて、「再生産可能」と言い張るための国内対策は「大筋合意」のはるか以前にTPPの農産物の日米合意ができたのちに準備されていて、あとは「演技」だったのである。