批准が困難になっている米国に日本が画策~どこまでも差し出す国益
米国では批准が容易でない状況にある。米国議会がTPA(オバマ大統領への交渉権限付与)の承認にあたり、TPPで米国が獲得すべき条件が明記されたが、通商政策を統括する上院財政委員会のハッチ委員長(共和党)がTPP合意は「残念ながら嘆かわしいほど不十分だ」と表明し、このままでは議会承認が難しいことを示唆し、再交渉も匂わせている。ハッチ氏は巨大製薬会社などから巨額の献金を受け(注)、特に、薬の特許の保護期間、ISDSからタバコ規制が除外できることなどを問題視している。次期米国大統領の最有力候補のヒラリー・クリントンさんはじめ、労働者、市民、環境を守る立場から与党民主党はそもそも反対である。「巨大企業の経営陣の利益VS市民生活」の構造だが、双方から不満が出ている。主な大統領候補の全員がTPPに反対を表明している。
心配は、日本政府は再交渉には応じないとしつつ、米国議会批准のために水面下で日本がさらに何かを差し出すことだが、もうしている。駐米公使の「条文は変えずに改善できる」との発言や、豚肉政策の改善要求が発覚するなど、米国側からの追加要求に日本がすでに対応努力をしており、際限なき国益の差出しは留まるところを知らない。
そもそも、米国議会でTPAが1票差でぎりぎり可決されたのに貢献したのは日本政府だった。機密費を何十億もロビイストを通じて反対議員に配り、説得工作をしたと報道されている(Bloomberg 2015.5.24)。米国では日本の譲歩による米国の利益を強調し、日本国内では、何も影響がないと言うのはどういうことか。「TPPはバラ色」と見せかけ、自身の政治的地位を少しでも長く維持するために、国民を犠牲にしてでも米国政府(その背後のグローバル企業)の意向に沿おうとする行為が、かりにも行われているとしたら、これ以上容認できない。
政府は「規模拡大してコストダウンで輸出産業に」との空論をメディアも総動員して展開しているが、その意味は「既存の農林漁家はつぶれても、全国のごく一部の優良農地だけでいいから、大手企業が自由に参入して儲けられる農業をやればよい」ということのように見える。しかし、それでは、国民の食料は守れない。
食料を守ることは国民一人ひとりの命と環境と国境を守る国家安全保障の要である。米国では農家の「収入-コスト」に最低限必要な水準を設定し、それを下回ったときには政府による補填が発動される。農林漁家が所得の最低限の目安が持てるような予見可能なシステムを導入し、農家の投資と増産を促し輸出を振興している。我が国も、農家保護という認識でなく、安全保障費用として国民が応分の負担をする食料戦略を確立すべきである。
関係者が目先の条件闘争に安易に陥ると、日本の食と農林水産業の未来を失う。TPP農業対策の大半は過去の事業の焼き直しに過ぎないばかりか、法人化・規模拡大要件を厳しくして一般の農家は応募が困難に設計され、対象を「企業」に絞り込もうとしているのも露骨である。TPPの影響が次第に強まってきて、気が付いたときには「ゆでガエル」になってしまう。現場で頑張ってきた地域の人々はどうなってしまうのか。全国の地域の人々ともに、食と農と暮らしの未来を崩壊させないために主張し続ける人々がいなくてはならない。まず、食料のみならず、守るべき国益を規定した政権公約と国会決議と整合するとの根拠を国民に示せない限り、批准手続きはあり得ない。
(注)下院議員への献金は2012年10月から2年間で1億9800万ドル(245億円)、上院議員には2008年10月から6年間で2億1800万ドル(270億円)にのぼる。特に、2015年4月に「超党派TPA法案」を提出した三羽烏(ハッチ、ライアン、ワイデン各議員)とベイナー下院議長、マッコネル上院院内総務などへの献金額は突出している(表1)。
イギリスの新聞「ガーディアン」(5月27日)は、アメリカの大企業が今年1月15日から3月15日にTPA法案への賛否が揺れている上院議員を狙い撃ちにして献金したことを報道。献金したのは、ノバルティスやモンサント、アフラックなどアメリカの150企業・団体で作る圧力団体「TPPのためのアメリカ企業連合」に加わっている企業(表2)。上院の採決は、審議打ち切り動議の可決に必要な票をわずか1票上回っただけという綱渡り状況で、この裏工作がなければ、上院可決さえ危うかったのが実態。さらに、アメリカのNGO「KEI」は、9割以上が反対に回ると見込まれていた下院民主党議員に対し、医薬品企業が攻勢をかけた事実を告発。いったんは事実上否決されたTPA法案が6月18日の下院本会議でゾンビのように生き返った裏に、民主党議員28人が賛成に回った事情があり、このうち24人に医薬品企業が献金していたことを暴露。採決の結果は賛成218で、過半数をわずか1票上回っただけ。“ピンポイント献金”の効果は絶大だった。(新聞「農民」2015.7.13付)
米国では批准が容易でない状況にある。米国議会がTPA(オバマ大統領への交渉権限付与)の承認にあたり、TPPで米国が獲得すべき条件が明記されたが、通商政策を統括する上院財政委員会のハッチ委員長(共和党)がTPP合意は「残念ながら嘆かわしいほど不十分だ」と表明し、このままでは議会承認が難しいことを示唆し、再交渉も匂わせている。ハッチ氏は巨大製薬会社などから巨額の献金を受け(注)、特に、薬の特許の保護期間、ISDSからタバコ規制が除外できることなどを問題視している。次期米国大統領の最有力候補のヒラリー・クリントンさんはじめ、労働者、市民、環境を守る立場から与党民主党はそもそも反対である。「巨大企業の経営陣の利益VS市民生活」の構造だが、双方から不満が出ている。主な大統領候補の全員がTPPに反対を表明している。
心配は、日本政府は再交渉には応じないとしつつ、米国議会批准のために水面下で日本がさらに何かを差し出すことだが、もうしている。駐米公使の「条文は変えずに改善できる」との発言や、豚肉政策の改善要求が発覚するなど、米国側からの追加要求に日本がすでに対応努力をしており、際限なき国益の差出しは留まるところを知らない。
そもそも、米国議会でTPAが1票差でぎりぎり可決されたのに貢献したのは日本政府だった。機密費を何十億もロビイストを通じて反対議員に配り、説得工作をしたと報道されている(Bloomberg 2015.5.24)。米国では日本の譲歩による米国の利益を強調し、日本国内では、何も影響がないと言うのはどういうことか。「TPPはバラ色」と見せかけ、自身の政治的地位を少しでも長く維持するために、国民を犠牲にしてでも米国政府(その背後のグローバル企業)の意向に沿おうとする行為が、かりにも行われているとしたら、これ以上容認できない。
政府は「規模拡大してコストダウンで輸出産業に」との空論をメディアも総動員して展開しているが、その意味は「既存の農林漁家はつぶれても、全国のごく一部の優良農地だけでいいから、大手企業が自由に参入して儲けられる農業をやればよい」ということのように見える。しかし、それでは、国民の食料は守れない。
食料を守ることは国民一人ひとりの命と環境と国境を守る国家安全保障の要である。米国では農家の「収入-コスト」に最低限必要な水準を設定し、それを下回ったときには政府による補填が発動される。農林漁家が所得の最低限の目安が持てるような予見可能なシステムを導入し、農家の投資と増産を促し輸出を振興している。我が国も、農家保護という認識でなく、安全保障費用として国民が応分の負担をする食料戦略を確立すべきである。
関係者が目先の条件闘争に安易に陥ると、日本の食と農林水産業の未来を失う。TPP農業対策の大半は過去の事業の焼き直しに過ぎないばかりか、法人化・規模拡大要件を厳しくして一般の農家は応募が困難に設計され、対象を「企業」に絞り込もうとしているのも露骨である。TPPの影響が次第に強まってきて、気が付いたときには「ゆでガエル」になってしまう。現場で頑張ってきた地域の人々はどうなってしまうのか。全国の地域の人々ともに、食と農と暮らしの未来を崩壊させないために主張し続ける人々がいなくてはならない。まず、食料のみならず、守るべき国益を規定した政権公約と国会決議と整合するとの根拠を国民に示せない限り、批准手続きはあり得ない。
(注)下院議員への献金は2012年10月から2年間で1億9800万ドル(245億円)、上院議員には2008年10月から6年間で2億1800万ドル(270億円)にのぼる。特に、2015年4月に「超党派TPA法案」を提出した三羽烏(ハッチ、ライアン、ワイデン各議員)とベイナー下院議長、マッコネル上院院内総務などへの献金額は突出している(表1)。
イギリスの新聞「ガーディアン」(5月27日)は、アメリカの大企業が今年1月15日から3月15日にTPA法案への賛否が揺れている上院議員を狙い撃ちにして献金したことを報道。献金したのは、ノバルティスやモンサント、アフラックなどアメリカの150企業・団体で作る圧力団体「TPPのためのアメリカ企業連合」に加わっている企業(表2)。上院の採決は、審議打ち切り動議の可決に必要な票をわずか1票上回っただけという綱渡り状況で、この裏工作がなければ、上院可決さえ危うかったのが実態。さらに、アメリカのNGO「KEI」は、9割以上が反対に回ると見込まれていた下院民主党議員に対し、医薬品企業が攻勢をかけた事実を告発。いったんは事実上否決されたTPA法案が6月18日の下院本会議でゾンビのように生き返った裏に、民主党議員28人が賛成に回った事情があり、このうち24人に医薬品企業が献金していたことを暴露。採決の結果は賛成218で、過半数をわずか1票上回っただけ。“ピンポイント献金”の効果は絶大だった。(新聞「農民」2015.7.13付)