台湾を旅行するなら台北市内観光なぞというメジャーなことをするのではなく、外国人観光客がまず行かないであろう場所を見に行くことにした。
台湾の鉄道は台湾の海沿いを一周している。列車には必ずトイレがついていた。環状線だから、どこが終点ということがなく、かなり長距離を走る列車があるからだろう。列車のトイレだけではないが、拭いた紙は流してはならず、近くの屑入れに入れなければならないのが(5年前に行った)チュニジアと同じで抵抗があった。しかし、水流はチュニジアよりも勢いがあり、ホースで流す必要はなかった。
山手線に対する中央線のような台湾を横断する鉄道はない。わずかに台北近くから内陸へ延びる袋小路のような鉄道が数本ある。鉄道以外で内陸に行こうとするとバスしかないのかも知れないが、詳しくは分からない。
その内陸へ行く鉄道に乗った。単線だが車両は日本のローカル線のようには古くはなく、また一両だけの編成という列車はなく、必ず複数両が繋がっていた。
車両はいつごろ更新されたのだろうか?古色蒼然たる車両はなかった。逆に花柄で派手すぎる車両があった。駅も新しく改築されているところが多く、日本の無人駅のようなさびしい駅はなかった。
列車の本数は日本のローカル線と同じくらいだが、乗っている客の数が違う。満員電車並みなのだ。なぜ、そんなに満員なのかというと、私が乗った列車はどうも地元の人が行く観光地への列車だったからだ。その日が土曜日日曜日ということもあったかもしれない。
行先には古い寺や天然の滝があった。寺も滝も取り立てて見事というわけではなかった。ただ、その近辺では土産物屋がたくさん軒を連ね、おびただしい数の屋台が出ていた。どうも地元の人は寺や滝が目的なのではなく、屋台とそれに群がる雑踏自体を楽しみに行っているように思えた。(台北では毎晩、夜市が開かれていて、その雑踏は台北名物である。)
屋台ではお菓子のようなもの、ソーセージのようなもの、饅頭のようなもの、あるいは虫よけ薬のようなものを売っていた。辺り一帯に独特の香辛料(それはかえって私の食欲を失わせた)の匂いが漂っていて、とても買う気は起らなかった。
車はそこそこ普及しているようだった。道路も整備されていて、未舗装道路は見かけなかった。ただし、昔の日本と同じで駐車場がなく路上駐車が当たり前で、運転が荒っぽかった。車はほとんどが旧式のトヨタの車。ニッサンが少し。一台だけ見たBMW以外に日本製でない車はなかった。
バスにも乗ったが、これがびっくりするような豪華なバスで、カーテン付きで照明も凝っていた。上に述べたように列車の車両もバスもオンボロなのは見られず、遠くない過去に一斉に更新されたのではないか。
食事は屋台の後ろにある店で食べた。そこでは麺類やご飯ものや野菜炒めのようなものを商っていて、私は「牛肉麺」という麺類を食べたが、その話は「食べ物篇」に譲る。
車の運転や駐車は昔の日本のようだったが、公営交通の車内でのマナーは普通だった。車内で乳繰り合っているカップルがいた。立っている人がいるのに荷物を座席に置いている奴、車内で髪をとかしている若い女がいた。日本と同じだと思った。赤ちゃん連れの女性に席を譲っている人もいた。これもまた日本と同じである。
台湾には日本製の新幹線が走っている。在来線で桃園という駅まで出て新幹線に乗り換えようとしたら、在来線の桃園駅と新幹線の桃園駅は別であると分かってあわてた。日本の在来線と新幹線では「横浜」と「新横浜」というように一応別の名称がついている。桃園駅もそのようにするべきだろう。
台湾の鉄道は台湾の海沿いを一周している。列車には必ずトイレがついていた。環状線だから、どこが終点ということがなく、かなり長距離を走る列車があるからだろう。列車のトイレだけではないが、拭いた紙は流してはならず、近くの屑入れに入れなければならないのが(5年前に行った)チュニジアと同じで抵抗があった。しかし、水流はチュニジアよりも勢いがあり、ホースで流す必要はなかった。
山手線に対する中央線のような台湾を横断する鉄道はない。わずかに台北近くから内陸へ延びる袋小路のような鉄道が数本ある。鉄道以外で内陸に行こうとするとバスしかないのかも知れないが、詳しくは分からない。
その内陸へ行く鉄道に乗った。単線だが車両は日本のローカル線のようには古くはなく、また一両だけの編成という列車はなく、必ず複数両が繋がっていた。
車両はいつごろ更新されたのだろうか?古色蒼然たる車両はなかった。逆に花柄で派手すぎる車両があった。駅も新しく改築されているところが多く、日本の無人駅のようなさびしい駅はなかった。
列車の本数は日本のローカル線と同じくらいだが、乗っている客の数が違う。満員電車並みなのだ。なぜ、そんなに満員なのかというと、私が乗った列車はどうも地元の人が行く観光地への列車だったからだ。その日が土曜日日曜日ということもあったかもしれない。
行先には古い寺や天然の滝があった。寺も滝も取り立てて見事というわけではなかった。ただ、その近辺では土産物屋がたくさん軒を連ね、おびただしい数の屋台が出ていた。どうも地元の人は寺や滝が目的なのではなく、屋台とそれに群がる雑踏自体を楽しみに行っているように思えた。(台北では毎晩、夜市が開かれていて、その雑踏は台北名物である。)
屋台ではお菓子のようなもの、ソーセージのようなもの、饅頭のようなもの、あるいは虫よけ薬のようなものを売っていた。辺り一帯に独特の香辛料(それはかえって私の食欲を失わせた)の匂いが漂っていて、とても買う気は起らなかった。
車はそこそこ普及しているようだった。道路も整備されていて、未舗装道路は見かけなかった。ただし、昔の日本と同じで駐車場がなく路上駐車が当たり前で、運転が荒っぽかった。車はほとんどが旧式のトヨタの車。ニッサンが少し。一台だけ見たBMW以外に日本製でない車はなかった。
バスにも乗ったが、これがびっくりするような豪華なバスで、カーテン付きで照明も凝っていた。上に述べたように列車の車両もバスもオンボロなのは見られず、遠くない過去に一斉に更新されたのではないか。
食事は屋台の後ろにある店で食べた。そこでは麺類やご飯ものや野菜炒めのようなものを商っていて、私は「牛肉麺」という麺類を食べたが、その話は「食べ物篇」に譲る。
車の運転や駐車は昔の日本のようだったが、公営交通の車内でのマナーは普通だった。車内で乳繰り合っているカップルがいた。立っている人がいるのに荷物を座席に置いている奴、車内で髪をとかしている若い女がいた。日本と同じだと思った。赤ちゃん連れの女性に席を譲っている人もいた。これもまた日本と同じである。
台湾には日本製の新幹線が走っている。在来線で桃園という駅まで出て新幹線に乗り換えようとしたら、在来線の桃園駅と新幹線の桃園駅は別であると分かってあわてた。日本の在来線と新幹線では「横浜」と「新横浜」というように一応別の名称がついている。桃園駅もそのようにするべきだろう。