オスカー・ワイルド童話集/幸福の王子/井村君江・訳/偕成社文庫/1989年
友だちのところで七年暮らし、自分の城にもどってきた巨人でしたが、庭では子どもたちがとびまわっていました。
自分の庭だ、わしにほかはだれもこの庭で遊ばせないと高い塀をめぐらし、「はいったものは罰せらるべし」という立て札もたてました。
まもなく春がやってきて、どこもかしこも花や小鳥たちであふれていましたが、巨人の庭だけは、いぜんとして冬のままでした。雪と霜、北風が庭をおおいました。夏がやってきても庭は冬でした。
ところがあるとき、なんともいえないよいかおりが流れ込んできました。見ると塀の小さな穴からはいりこんできた子どもたちが、木々の枝に腰をかけていたのです。
子どもたちがかえってきたのを喜んで、木々は花を咲かせ、小鳥たちはあたりを飛びまわり楽し気にさえずっていました。
けれども、かたすみに、ほんのわずかまだ冬がのこっていました。そこには小さな子がぽつんとたっていました。小枝によじ登ることができず、木のまわりをぐるぐるまわっては、おいおい泣いていました。木は「さあ、坊や、おのぼり!」というようにできるだけ身を低くかがめてやりましたが、その子はちいさすぎて、とどきません。
これをみた巨人は、庭に春がやってこなかったにきがつきます。
巨人が庭にでてみると、巨人を見た子どもたちは恐ろしがって逃げて行ってしまいます。 ただ小さな子だけは逃げませんでした。目に涙をいっぱいたまっていたので、巨人がやってくるのが見えなかったのです。
巨人が、その子をそっと木の上にのせてやると、木はすぐに花を咲かせ、鳥は飛んできて木の枝で歌いました。小さな子は両腕を伸ばし、巨人の首にだきついて口づけをしました。
巨人がもういじわるでなくなったのを見て、逃げた子どもも、またもどってきました。
巨人は塀を壊したので、巨人の庭では、いつも子どもの遊ぶ姿がみえました。
ただ巨人が最初に木の枝にのせてやった小さな子の姿はみえませんでした。
やがて、巨人もとても年をとり、子どもたちと一緒に遊ぶこともできなくなって、庭を眺めて楽しむだけになりました。
ところがある冬の朝、小さな子が、金色の枝に銀色の果実がたわわになっている木の下に たっていました。
小さな子の両方の手のひらには二本のくぎのあと、小さな足にも二本のくぎのあとがありました。
巨人は「だれが、おまえにこんな傷をつけたんだ?」「いってごらん。わしがそいつを、大きな刀で殺してやるから」と、怒りますが・・・。
小さな子はキリストですが、説教臭くありません。