神奈川のむかし話/相模民俗学会編/日本標準/1977年
鎌倉の源十郎という魚売りが、いつもように由比ヶ浜を歩いていると、犬に追われたキツネが一ぴき、一目散にかけてきて源十郎が担いでいる荷の中へとびこんでしまいました。追いかけてきた犬がもの凄い剣幕で吠え立て源十郎のまわりをぐるぐるまわりました。源十郎が天秤棒で犬を追い払うと、キツネは一目散に山へ帰っていきました。
その晩、源十郎は、夢枕で 昼間助けたキツネから、魚売りをやめて佐介ケ谷でダイコンをつくるよう話かけられました。お金持ちになるといわれ、源十郎はさっそくダイコンづくりをはじめました。あけてもくれてもダイコンづくりにはげみ、いつか寒い冬になりました。
その冬、村じゅうに悪い病が流行っていました。その病気にかかると、たいていの人は助かりません。そんなとき、村のひとりが夢の中で、源十郎が作っているダイコンを食べれば、たちどころに、病はなおるという神さまのお告げを聞きました。お告げを聞いた村人は、村じゅうに、お告げのことを知らせました。ためしにダイコンを食べてみると、不思議なことに、たちまち病がなおりました。評判が評判を呼び、源十郎のところへダイコンを買いにくる人がおしかけました。残り少なくなると値段はどんどん高くなるばかりでしたが、それでも人びとが高いダイコンを買ったので、源十郎は、たちまち大金持ちになってしまいました。
源十郎は大金を手に入れ、御殿のような家を作り、たくさんの召使を雇ったり、かってなことをするようになりました。こんな振る舞いは、身分をわきまえないと、殿さまが財産を取り上げ、鎌倉から追い出してしまいました。
仕方なく旅に出た源十郎夫婦が旅をつづけ、いつのまにか筑紫(福岡)のある村につき船にのりこんだときのことです。急に海があれだし、船が沈没しそうになりました。船頭は「海が荒れるのは、竜王さまがおこっているからだ。みんながもっている宝物を、海に投げ込めば、海は穏やかになる。」といいます。源十郎は、命惜しさに、残り少なくなったお金を海に投げ込みました。すると、海はもとどおり静かな海になり、無事に博多につくことができました。
年の暮れに、魚を買ってお祝いしようと妻が言いだしますが、源十郎は、お金がすっからかんになるので難色をしめします。それでも妻からしつっこくいわれ、大きな魚を買いました。ところが魚を調理しよう腹をさくと、さきほど海に投げ込んだお金があるではありませんか。
このお金で再び商いをはじめた源十郎は、その商売があたって、いつのまにか、また大金持ちになりました。このとき名前を弥十郎とあらため、こんどは大金持ちになっても、おごらず、貧しい人には、ほどこしをするなどのよいことをしました。
このうわさが鎌倉にもきこえ、源十郎を追い出した殿さまの、次の殿さまから「鎌倉にかえってきてもよい」とのお許しをもらい、鎌倉に帰って、しあわせにくらしたという。
スケールがちがいますが、どんな贅沢をしても使いきれないほどの大金持ちもいます。天国(地獄?)までもっていっても仕方がありませんが・・・?