ぼくは くまのままで いたかったのに・・・/イエルク・シュタイナー・文 イエルク・ミュラー・絵 大島 かおり・訳/ほるぷ社/2024年新装版
日本での初版は1976年、ほぼ50年ぶりの復刊です。
はる、くまが ながいながい冬眠からめをさますと、森は あとかたもなくきえ 工場が たっていました。
くまが ぽかんと 工場を見ていると、工場の職長がやってきて、「おい おまえ とっとと しごとにつけ」と いわれます。
「ぼくは くまだ!」と さけんでも だれも わかってくれません。副工場長、人事課長も くまとわかってくれません。社長は、くまを動物園、サーカスに連れていきますが、そこのくまたちは、じぶんたちと ちがうといいます。
くまが ぽかんと 工場を見ていると、工場の職長がやってきて、「おい おまえ とっとと しごとにつけ」と いわれます。
「ぼくは くまだ!」と さけんでも だれも わかってくれません。副工場長、人事課長も くまとわかってくれません。社長は、くまを動物園、サーカスに連れていきますが、そこのくまたちは、じぶんたちと ちがうといいます。
それから くまは 作業服わたされても、さからわず、ひげをそれといわれると おとなしく ひげをそり タイムカードを おして ほかの労働者といっしょに はたらきます。
秋風が ふくにしたがって くまは ねむくてたまらず、しごとをしても ねむりこけてしまうしまつ。首と言われ、工場をあとにしたくまは 何日も歩き続け モーテルに とまろうとしますが、くまは、とめてやれないといわれ、洞くつを みつけ、大事なことを 思い出そうとします・・・。
最近、クマの出没がニュースになりますが、生態系をこわされ、やむを得ず 人里に あらわれざるをえないクマ。原因を作ったのは やはり人間です。
動物園やサーカスのクマたちも悲劇的。動物園のクマは、囲いの中で暮らしているのが本物で、サーカスのクマも、芸ができるのが本当のクマと思っているのです。
自分は くまと主張していたのに、いつのまにか 自分を見失ったいく くま。
ブラックな企業のなかで いつのまにか ながされていく ロウドウシャのすがたにも重なりました。