「陰性」訴える患者 隔離遅れた病院 難しいコロナ対応
2020年6月10日 (水)配信熊本日日新聞
急患で受け入れた患者の新型コロナウイルス感染が判明し、後に看護師など計4人が院内感染した熊本地域医療センター(熊本市中央区)。全国で院内感染が相次ぐ中、当時の病院の対応や経緯を振り返ると、コロナ対策の難しさが浮き彫りになった。
「気管支ぜんそくの発作で息苦しい」。土曜日の4月11日午後4時56分、救急患者に対応する「休日夜間急患センター」に事前連絡なしで70代男性が駆け込んできた。医師の聴診ではぜんそく特有の音は聞こえず、インフルエンザ検査の結果も陰性だった。
コンピューター断層撮影(CT)検査をすると、両肺にはウイルス性肺炎に多いすりガラス状の影。男性は「(新型コロナの)PCR検査を2回受けて陰性だった」と話していたが、医師は「逆に疑わしい」とすぐに隔離室へ移して保健所に連絡。PCR検査の結果、午後9時に陽性と判明した。
40代女性看護師の感染が判明したのは1週間後の同18日。女性は隔離室などで男性の看護に当たったが、マスクにフェースシールド、ガウン、手袋と完全防備。マスクと手袋のみで男性からインフルエンザの検体を採取し「中リスク」と判断された看護師もいる中、感染した看護師は「低リスク」だった。
感染制御部長の藤井慎嗣医師(呼吸器内科)は「ガウンの着脱時や室内の消毒前にウイルスが付着した可能性もあるが、分からない」と言う。「専用病室への隔離や防護対策の切り替えが遅かった。最初からコロナを疑わないと、完全に防ぐのは難しい」
同センターは18日から一般外来や急患センターの受け入れを休止。5月7日に再開したが、翌8日に4人目となる20代男性臨床検査技師の感染が判明し、再び休止を余儀なくされた。しかし、これが院内感染のさらなる拡大を防ぐことになる。
男性検査技師は3人目の感染者と濃厚接触したとして、2週間自宅待機。大型連休中に発熱したが、7日に出勤した。発熱が自宅待機期間の終了後だったため、PCR検査の必要はないとされるケースだったが、杉田裕樹院長が「念のために」と民間会社で検査を受けさせたところ、陽性だった。
同僚らに感染はなく、拡大は食い止められた。杉田院長は「念には念を入れたのが良かった。これまでのエビデンス(科学的根拠)から外れる事例で、コロナ対応の難しさを痛感した」と振り返る。
同センターは6月1日から、通常の診療体制に戻った。再開に当たっては、院内での常時マスク着用を徹底させるなど感染対策をさらに強化。昼食休憩時に感染が広がった疑いもあることから、特に食堂や休憩室が「密」の状態にならないよう指示した。
また、風邪の症状がある職員は自宅待機して72時間後にPCR検査し、陰性であってもさらに8日間休むよう勤務ルールを厳格化。藤井医師が「厳しすぎて勤務態勢が逼迫[ひっぱく]している」とこぼすほどの念の入れようだ。
杉田院長は「院内感染の拡大を防ぐには、マニュアルを徹底するしかない。普段から濃厚接触を避けるなど、今回の経験を今後の対策に生かしたい」と強調する。(福井一基)
■「感染対策 全職員で徹底」杉田裕樹院長に聞く
熊本地域医療センターの杉田裕樹院長(57)に、新型コロナウイルス院内感染への対応から得た教訓を聞いた。
―小児救急の拠点病院として、休止中はどのような思いでしたか。
「小児科の休日夜間急患センターは年間1万7千人の救急患者を受け入れている。一刻も早く再開したかったが、感染者が出る度に白紙に戻ってしまった。休止中は熊本赤十字病院(東区)に引き受けてもらったが、利用者には負担を掛けた」
「小児科は再開を急いだ方がいいと考え、段階的に再開した。感染拡大防止を図りつつ再開時期を決める必要があり、判断が非常に難しかった」
―風評被害はありましたか。
「今、職員アンケートを取っているが、多くの職員が風評被害を受けた。配偶者が職場から『来てほしくない』と言われたり、職員が別の病院の受診を断られたりした。同居していない親まで、デイケアの利用を断られたという話も聞く。人間の防御反応としては理解できるが、つらかった」
「4~5月の患者受け入れ停止に加え、再開後も風評などにより患者が半数ほどに減っている。収益がかなり落ち込み、経営は厳しい」
―感染者への対応から学んだことは。
「思わぬ形で院内に入ってくるということ、ウイルスの感染力が非常に強いということを実感した。感染力に対して、当時の対策では不十分だったと反省している。万が一に備え、用心し過ぎて悪いことはない」
「基本的な手洗いや『3密』を防ぐといった感染対策を、職員全員が徹底することが大事だ。院内で感染者が出た時には既に複数の人が感染している。しかし、対策が徹底されていれば、それ以上の広がりは抑え込める」