「軽い風邪」の経験が免疫に?…注目される「交差免疫説」
2020年6月13日 (土)配信読売新聞
新型コロナウイルス感染症が昨年末、中国湖北省武漢市で確認されてから5か月が過ぎた。この間にウイルスは全世界に広がったが、日本を含むアジア地域で人口あたりの死者が少ない理由に着目し、解明する研究が盛んになっている。(新型コロナ取材班 木村達矢、鬼頭朋子)
「家に靴を脱いで上がる」から少ない?
新型コロナウイルスは、感染しても無症状や軽症の人が多い。国によって感染者数の把握に大きな差があるため、死者数を国際比較する場合、人口あたりの数でみるのが一般的だ。
日本は、新型コロナウイルスによる死者が2日現在、903人(横浜のクルーズ船含まず)に上る。人口100万人あたり7人で、欧米に比べ数十~100分の1のレベルだ。日本はロックダウン(都市封鎖)や外出禁止令などの厳しい規制を敷かずに感染拡大を抑えたとして、安倍首相は5月、緊急事態宣言の解除にあたり「日本モデルの力を示した」と強調した。
一定の成果を上げた理由には、「キスや握手の回数が少ない」「手洗いやマスクの習慣がある」などの文化的要因、医療の質の高さ、軽症のうちに医療機関にかかりやすい国民皆保険制度、都市の清潔度まで、様々な指摘がある。
だが人口比の死者が少ないのは中国や韓国、インドも同じだ。イランを除くアジアはほぼ同水準で、国民性や医療環境だけでは説明できない。
BCG接種との関連は?
今年3月、結核予防のBCGワクチンを定期接種している国では「患者や死者が少ない傾向がある」という論文が発表された。欧米は結核患者が少なく、感染率が高いアジアやアフリカは接種が奨励されている。
BCGには免疫力を高める物質を増やす効果もあるとされ、接種した子供は結核以外の呼吸器感染症や敗血症の発症率が4~5割少ないとする研究もある。
ただBCGの定期接種を行うブラジルやイランは人口比の死者が多く、1980年代半ば以降行っていない豪州は低いなど矛盾もある。イスラエルの研究では、BCG接種と新型コロナウイルス感染症の発症率に関連はみられなかった。
糖尿病など生活習慣病の地域差との関連も指摘されている。英国で入院した約2万人の研究では、肥満の人は死亡リスクが約1・3倍に高まった。世界保健機関(WHO)によるとBMI(体格指数)30以上の肥満の人は日本では4・3%で、米国36・2%、英国27・8%、イタリア19・9%など欧米で比率が高い。だが人口比の死者で2桁差が出る主要な要因とは言い難い。
「人種の違い」が理由?
人種などの違いも注目されている。慶応大など8大学・研究機関は5月、遺伝情報の小さな差から、重症と軽症を分ける原因の解明をめざす研究班「コロナ制圧タスクフォース」を発足させた。9月にも中間成果をまとめる計画だ。
研究候補の一つが白血球の血液型とも言われる「HLA(ヒト白血球抗原)」の違いだ。HLAは多数の型があり、ある型の人はエイズウイルスに感染すると短期間で発症するなど、感染症に対する体の反応に差が出る。研究班の徳永勝士・国立国際医療研究センタープロジェクト長は「国際的に連携し、アジアや欧米を含めた集団間で遺伝情報の比較をしたい」と話す。
一方で、人種の差で説明できない現象も報告されている。米疾病対策センター(CDC)によると、米国で死者に占める黒人の比率は18%(人口比約13%)、アジア系は11%(同6%)で、アジア・アフリカ系は人口比に対して死者が多い。人種より所得格差の影響が大きいという指摘もある。
初のウイルスと認識せず?
新しい説明として急浮上しているのが、過去に新型に似た弱毒のコロナウイルスが流行した結果、新型に対する免疫もある程度ついたとする「交差免疫説」だ。
米ラホイヤ免疫研究所などが新型ウイルスの流行前から米国で採取・保存されていた血液を調べた研究では、約半数から新型を認識する免疫細胞が検出できたという。似たウイルスで交差免疫が起きた可能性を示す成果だ。
冬を中心に流行する季節性のコロナウイルスは軽い風邪を起こすだけで、研究が進んでいない。
アジアで過去に新型に近いウイルスの大きな流行があり、欧米人よりも強い交差免疫がついていたとすれば、人口比の死者の差に説明がつく。
アジアで交差免疫の本格的な研究はこれからだが、示唆する研究はある。
東京大の児玉龍彦名誉教授らが新型コロナウイルスの軽症患者の血液を調べると、まったく新しい病原体に感染した時に初期にできる抗体が、増えにくいことがわかった。この抗体は、国立感染症研究所が発症から9~12日たった患者21人を対象にした調査でも、1人しか陽性にならなかった。過去に別の似たウイルスに感染して免疫がつき、新型を初めてのウイルスと認識しなかった可能性がある。
宮沢正顕・近畿大教授(ウイルス感染免疫学)は交差免疫の可能性について「仮説としてはありうる。死亡率の違う地域間で抗体の量や交差反応に関するデータを集め、比較する研究が必要だ」と指摘している。