元サッカー日本代表がトップ選手の「便」を集めるワケは 腸内細菌を研究する鈴木啓太社長に聞く
2020年11月4日 (水)配信京都新聞
アスリート特有の腸内細菌が存在するのではないか―。こんな仮説をもとにスポーツ界のトップ選手の便を集め、研究するスタートアップ企業がある。会社を率いるのは、J1浦和レッズ一筋でプレーした元サッカー日本代表の鈴木啓太社長。今年には京セラや京都パープルサンガ(京都市下京区)とも組み、共同研究を始めた。引退後にビジネス界に転身した経緯を聞いた。
―サッカー界を離れ、企業経営の道に進んだのはなぜですか。
「僕は幸運にJリーガーとなり、日本代表も経験した。サッカー畑にいながら常に意識してたのは引退後のこと。2006~08年に浦和は黄金期を迎えたが、当時のクラブの売上高は年80億円ほどだった。周囲から『すごいね』と驚かれたが、僕の友人が経営する中小企業も年商80億円。浦和レッズという名前を聞いたことがある人はおそらく国民の4分の1はいるのに、アンバランスだと思った。サッカーの社会的な価値を高めるためには監督やコーチとして中からスター選手を育てるのではなく、取り巻く環境を変えなければならない。だから外に出てビジネスをし、将来的にクラブの運営などを考えてみようと思った」
―なぜ「腸」に着目したのでしょう。
「母に『人は腸が一番大事』と教えられて育った。腸の状態や食事に気を配るのが習慣になり、Jリーグ時代に腸とコンディションは連動していると確信した。その中でアスリートの腸を調べ、データを健康に役立てることができれば面白いと思い始めた。プレーや観戦以外にヘルスケアの価値が加われば、スポーツ産業が広がるのではないかと」
―しかし起業はリスクも伴います。
「当初は反対の声だらけ。『大手企業がやってるし、うまくいかない』って。でも自分がやりたいことで、アスリートだけの腸内を調べている事例もなかったので決断した」
■1400検体以上の便を集めた
―どうやって便を集めたのですか。
「第1号はラグビー日本代表の松島幸太朗選手。一緒にご飯を食べた時に『うんち、ちょうだい』って言ったら驚かれた。その後はいろんなチームの顧問やトレーナー、企業にもお願いし、現在までに28競技のトップアスリートから1400検体以上を集めた。この量は世界一だ」
―スタートアップ企業の多くが苦しい時期を経験しています。
「経営は想像以上に大変だった。研究開発型のため売る製品もなく、ほとんどは支出。つなぎ資金が足りず、昨春に倒産寸前まで陥った。精神的に追い込まれ、知人の経営者に『不安です』と相談すると、返ってきたのは『不安に思う時間があるからだ。動き続ければ不安を感じる暇なんてない』という言葉。最後は気合と根性しかないと思った」
―会社設立から5年たち、見えてきた風景は何でしょう。
「浦和で主将を務め、マネジメント経験はあるつもりだったが、ビジネスは全く違う。ただ、他の選手がどうすれば生きるのか常に考えてプレーしていた点は今も同じ。能力があり、ぐいぐい引っ張るリーダーに憧れるが、自分のスタイルではない。働きやすく活躍しやすい場を作ることが僕の仕事だ」