仙台市の国分純子さん(65)は2017年3月、職場の休憩室で倒れた。昼休み前後の記憶が曖昧だ。
職場の同僚がすぐ救急車を呼んでくれ、同市の脳神経専門病院「広南病院」に搬送された。脳の血管にできたこぶのような膨らみの脳動脈瘤が破れ、くも膜下出血を起こしていた。
くも膜下出血は、突然の激しい頭痛や意識障害、嘔吐などの症状がある。発症すると、3分の1が亡くなり、3分の1に後遺症が残り、社会復帰できるのは3分の1とされる。
ただ、あくまで平均の話だ。意識レベルなどで重症度が5段階に分類され、最も深刻な「グレード5」では、治療すらできないケースもある。
国分さんは、脳神経以外にまひがない状態の「グレード2」だった。国分さんの主治医で、同病院脳神経外科部長の遠藤英徳さんは「この状態なら元気に帰ってもらわないといけないという気持ちで、我々も懸命だった」と話す。
くも膜下出血が起こった後は、再び出血しやすい状態になる。初めの出血で助かっても、再出血が命取りになることも少なくない。予防のため、開頭手術か、血管内治療が検討される。
国分さんの場合も、運ばれてすぐに検査し、数時間後には手術が行われた。脳動脈瘤の付け根を金属製のクリップで留める方法だ。手術はうまくいった。
しかし、もう一つハードルがあった。発症後2週間ほどは、脳の血管が異常に収縮し、血流が悪くなる「血管攣縮」が起きる恐れがある。頻度は5人に1人程度で、脳梗塞のリスクが高まる。
血管攣縮には当時、発症した時に使う薬しかなかったが、予防薬の開発が行われていると知り、国分さんも治験に参加した。血管を収縮させる物質の働きを阻害する作用がある。
この薬は「クラゾセンタン」という点滴薬で、治験で脳梗塞を大幅に減らす効果などが確認され、今年4月に公的保険で使えるようになった。
治験に深くかかわった東北大病院長の冨永悌二さんは、「くも膜下出血を発症した後の2週間は、患者さんの人生を決める大事な時期となる。この予防薬が、患者さんの福音になれば」と期待する。
国分さんは、幸い、血管攣縮は起こらず、スムーズに退院して、職場復帰を果たした。手術を受けた当時の写真をスマートフォンに残し、今も時折見返している。「還暦のお祝いをしてもらった数日後に倒れて本当に驚いた。今は元気に仕事ができてありがたい」