医療現場で用いられている人工網膜
人工視覚の研究者はドーベル先生らだけではありません。2006年にはロンドン大学のリンドン・クルーズ先生らがArgus II(アーガス・ツー)という人工網膜システムを用いた臨床試験を開始しました。ドーベル先生らの研究が視覚野を直接電気で刺激したのに対し、Argus IIでは人工的な網膜デバイスを開発し眼球に埋め込みました。
そして、外界の映像をビデオカメラで記録して人工網膜に送信することで、患者は視力を取り戻すことができるというわけです。
5年間の臨床試験の結果、Argus IIによる視力上昇と安全性が確認され、2011年にEUで、ついで2013年にアメリカで視力低下患者に対するArgus IIの埋め込みが許可されました。2020年時点でArgus IIを利用している人は世界中に350人存在し、今後もその数は増えていくことが予想されています。
人工視覚により視力を取り戻すことが研究段階の夢物語ではなく、実際に医療の現場で用いられている事実に驚いた人も多いのではないでしょうか?
このようにArgus IIは素晴らしいテクノロジーですが、あくまでも人工網膜であるため、網膜から視覚野へと情報を伝達する視神経に障害がある場合には、視力を取り戻すことはできません。
その点、ドーベル先生らの研究は脳の視覚野を直接的に電気刺激するため、網膜や視神経に異常があっても外界を「見る」ことができるというメリットがあります。
とは言え、前述の通りドーベル先生らのデバイスはあくまでも68ドットの解像度しかなかったように、脳への直接的な刺激によって、複雑な文字やイラストを認識させることは非常に困難であると長い間考えられていました。