本日は石黒宗麿の4作品目の紹介です。
線刻草花文花入 石黒宗麿作
共箱
口径55*最大胴径140*高さ255*底
たっぷりと掛けられた粉引の白には手早く掻き落としで描かれた線刻は他の作例から「ねぎ坊主の花」と思われます。春の息吹を感じられる作行で、ちょっと傾いだ口作りも面白いです。
風に揺れるように描かれた線刻は、白釉と相まって柔らかく、温かく、清楚で品格があり、微笑ませてくれる美しい作行となっています。
高台内に印があったかもしれません。あるなら「栩」の印であった可能性が高いかもしれませんが、釉薬で消えた可能性もあります。なお石黒宗麿の作品には刻印や刻銘のない作品もあります。
作品に銘がないと、作者を証明するものはないのですが、この作品は幸いなことに共箱となっています。
箱書:「白瓷刻花小壷 栩庵(翁?)製 朱文「栩」白菱形印」」
この印章は昭和25年に同時に作った銅製の4種の印章のひとつ。この印章は「八瀬窯宗麿」印に次いで使用された作品が多く、緑釉壺などの箱書に押印されていることから、本作品は1950年から1952年頃の作と推測されます。
同時期に活躍した同じ人間国宝となった陶芸家の中では意外に著名でないのが石黒宗麿ですが、その陶歴はいささか奇異なものがあります。
国宝の天目茶碗に魅せられ、木葉天目の焼成に初めて成功し、古陶磁器の再現に取り組むなど正統派の陶芸家とも言えましょう。
その苦労の陶歴が紛れもない品格さの高さのベースになっているように思います。奇抜さやアイデアだけではこの品の良さは生まれませんね。厳しい鍛錬の賜物でしかない美です。すべての仕事は厳しい鍛錬に通じているものです。一時的な華やかな仕事や楽な仕事に大きな恵はないと思います。働き方改革はそのことを忘れていませんか?
*この陶歴は保戸野窯の平野庫太郎氏と通じるものがあります。
さて箱の保存はきちんとしておきます。風呂敷もそれなりのものを用意しておきましょう。
古い共箱は箱書きが擦れたり、真田紐が切れそうになったりと扱いに注意が必要です。お金のかかる外箱を用意するのもひとつの手ですが、風呂敷で包んでおくのも安価な対策のひとつです。ただ野暮ったい風呂敷は趣がないですね。
収納の仕方ひとつが蒐集への姿勢を問うことになります。作品を鑑定者の手前に持ってくるまでに、鑑定者は真贋が解るそうです。所蔵者の扱い方、保管方法で真贋が作品を観る前に解るそうです。ある意味で真贋云々よりも保管、メンテは大切なことで、それがしっかりしている人には贋作は寄り付かない、寄り付かせないということなのでしょうか?
骨董蒐集のおいて扱い方にも鍛錬が必要で、厳しい鍛錬のもとに美が寄り付くものでしょう。鍛錬なしには美は寄り付いてこないものです。風呂敷にも扱い方がありますが、昔は両親から教わったものですが、今では教える方も少ないのでしょうね。
掛け軸を立ったまま巻き上げる御仁、腕時計をしたまま陶磁器を扱る御仁、真田紐の扱いを知らない御仁、収納の基本的な扱いを知らない人は骨董蒐集の入り口で失格なのでしょう。
線刻草花文花入 石黒宗麿作
共箱
口径55*最大胴径140*高さ255*底
たっぷりと掛けられた粉引の白には手早く掻き落としで描かれた線刻は他の作例から「ねぎ坊主の花」と思われます。春の息吹を感じられる作行で、ちょっと傾いだ口作りも面白いです。
風に揺れるように描かれた線刻は、白釉と相まって柔らかく、温かく、清楚で品格があり、微笑ませてくれる美しい作行となっています。
高台内に印があったかもしれません。あるなら「栩」の印であった可能性が高いかもしれませんが、釉薬で消えた可能性もあります。なお石黒宗麿の作品には刻印や刻銘のない作品もあります。
作品に銘がないと、作者を証明するものはないのですが、この作品は幸いなことに共箱となっています。
箱書:「白瓷刻花小壷 栩庵(翁?)製 朱文「栩」白菱形印」」
この印章は昭和25年に同時に作った銅製の4種の印章のひとつ。この印章は「八瀬窯宗麿」印に次いで使用された作品が多く、緑釉壺などの箱書に押印されていることから、本作品は1950年から1952年頃の作と推測されます。
同時期に活躍した同じ人間国宝となった陶芸家の中では意外に著名でないのが石黒宗麿ですが、その陶歴はいささか奇異なものがあります。
国宝の天目茶碗に魅せられ、木葉天目の焼成に初めて成功し、古陶磁器の再現に取り組むなど正統派の陶芸家とも言えましょう。
その苦労の陶歴が紛れもない品格さの高さのベースになっているように思います。奇抜さやアイデアだけではこの品の良さは生まれませんね。厳しい鍛錬の賜物でしかない美です。すべての仕事は厳しい鍛錬に通じているものです。一時的な華やかな仕事や楽な仕事に大きな恵はないと思います。働き方改革はそのことを忘れていませんか?
*この陶歴は保戸野窯の平野庫太郎氏と通じるものがあります。
さて箱の保存はきちんとしておきます。風呂敷もそれなりのものを用意しておきましょう。
古い共箱は箱書きが擦れたり、真田紐が切れそうになったりと扱いに注意が必要です。お金のかかる外箱を用意するのもひとつの手ですが、風呂敷で包んでおくのも安価な対策のひとつです。ただ野暮ったい風呂敷は趣がないですね。
収納の仕方ひとつが蒐集への姿勢を問うことになります。作品を鑑定者の手前に持ってくるまでに、鑑定者は真贋が解るそうです。所蔵者の扱い方、保管方法で真贋が作品を観る前に解るそうです。ある意味で真贋云々よりも保管、メンテは大切なことで、それがしっかりしている人には贋作は寄り付かない、寄り付かせないということなのでしょうか?
骨董蒐集のおいて扱い方にも鍛錬が必要で、厳しい鍛錬のもとに美が寄り付くものでしょう。鍛錬なしには美は寄り付いてこないものです。風呂敷にも扱い方がありますが、昔は両親から教わったものですが、今では教える方も少ないのでしょうね。
掛け軸を立ったまま巻き上げる御仁、腕時計をしたまま陶磁器を扱る御仁、真田紐の扱いを知らない御仁、収納の基本的な扱いを知らない人は骨董蒐集の入り口で失格なのでしょう。