(承前)7月31日の新制作「トリスタン」楽日の生中継ストリーミングヴィデオを入手した。とてもありがたい。ざっと音楽以外の部分に目を通した。最初のゴッチャルクの司会からあって、幕間にカウフマンとバッハラーのそしてブランゲーネを歌ったフォンデアダメラウの楽屋にも押しかけている。背後の窓外からの風景でどのあたりの楽屋かが分かる。実際にマクシミリアンシュトラーゼでは歌手の発声練習が聞こえる。その楽屋の並ぶ廊下は一昨年の見学の際に覗いたことがある。
最初の指揮者登場から楽員の表情がとても見もので、とても変化に富んだ表情をしている。普段以上に指揮者の一挙一動を凝視しているのは客席からでも窺えたのだが、皆が覚醒しているというのがむしろ言い得ている。
しかし何といっても知りたかったのは幕尻からパブリックヴューイングへの流れとそこでの挨拶などである。先ずはお別れの曲「ムシダン」が演奏されて、流石にカメラからはキリル・ペトレンコの表情が克明に映し出されている。客席からは想像でしかなかったものが記録されている。正確にはその部分はオンデマンドから綺麗に切り取られた。時間的に殆ど編集無しながらそこが切り取られているという意味は。
そして支配人席にスポットが当てられて、バッハラーの表情がアップされる。ヴィーン時代の最初から引き立てた人物であり、これでそうした直接擁護するような立場から離れる。いつものスタイルを保ちながらも感無量の表情であった。
そして「ばらの騎士」のヴァルツァーが演奏されて、ペトレンコが躍ることを嫌がるまでの表情もある。そして幕が閉まる。カメラはパブリックヴューイング会場に切り替えられて、出演者を待つのだが、思ったよりも早く出て来た。新館との連絡通路を使って皆が出て来た。舞台からは矢張りそれが一番近回りだったのだ。
その間の時間を計ると5分ほどで出て来て舞台上でカウフマンが挨拶している。舞台裏でのインタヴューでもあったのだが、この期間を越えてその日に至ったことの感激を語っていて、初日からまだ何回かトスカなどを歌ったことでより自由に歌えるようになったと、初日の批評よりもいいだろうということだ。実際に初日には無理していた点はカウフマンだけでなく他の歌手にも言い得て、楽団も大分こなれて来ていたことも間違いない。
今後のミュンヘンとの関係にもおいてもこれまで程ではなくても出るような様子である。又バイロイトとの比較にも質されて、より楽なバイロイトと比較でもペトレンコ指揮では蓋無しでより明快でも抑えられているなどとのそちらを強調していた。
一幕後のインタヴューで三幕まで通してからでないととしていたが、明らかに楽に歌っていて、それだけの歌唱が13日の収録日に出来ているのかどうか。またトリスタンを歌うことで他の役が歌えなくなるという様な副作用は今のところないとしていた。バイロイト音楽祭のトリスタンも無いことはないだろう。
結局我々が劇場内で待っていたのは12分ぐらいだろう。外での挨拶は必要十分に終えていて、トーキーでの連絡は表に出る前に取られていたぐらいになる感じで、出演者が劇場へと戻って来て、バッハラーがそこに居残っていた。ゴッチャルクがパブリックヴューイングの椅子は今回の経験から今後も続けるべきだと話し掛けていた。
それにしてもカメラアングルも素晴らしく、劇場の全体の作り方や臨機応変の人の整理もとても見事だった。ペトレンコに髭が生えているように感じたのは、その髭剃りから伸びたもので、確かだったと分かった。(続く)
参照:
持続的ライフスタイル 2021-08-10 | 料理
初めてのガラコンサート 2021-08-05 | 音
最初の指揮者登場から楽員の表情がとても見もので、とても変化に富んだ表情をしている。普段以上に指揮者の一挙一動を凝視しているのは客席からでも窺えたのだが、皆が覚醒しているというのがむしろ言い得ている。
しかし何といっても知りたかったのは幕尻からパブリックヴューイングへの流れとそこでの挨拶などである。先ずはお別れの曲「ムシダン」が演奏されて、流石にカメラからはキリル・ペトレンコの表情が克明に映し出されている。客席からは想像でしかなかったものが記録されている。正確にはその部分はオンデマンドから綺麗に切り取られた。時間的に殆ど編集無しながらそこが切り取られているという意味は。
そして支配人席にスポットが当てられて、バッハラーの表情がアップされる。ヴィーン時代の最初から引き立てた人物であり、これでそうした直接擁護するような立場から離れる。いつものスタイルを保ちながらも感無量の表情であった。
そして「ばらの騎士」のヴァルツァーが演奏されて、ペトレンコが躍ることを嫌がるまでの表情もある。そして幕が閉まる。カメラはパブリックヴューイング会場に切り替えられて、出演者を待つのだが、思ったよりも早く出て来た。新館との連絡通路を使って皆が出て来た。舞台からは矢張りそれが一番近回りだったのだ。
その間の時間を計ると5分ほどで出て来て舞台上でカウフマンが挨拶している。舞台裏でのインタヴューでもあったのだが、この期間を越えてその日に至ったことの感激を語っていて、初日からまだ何回かトスカなどを歌ったことでより自由に歌えるようになったと、初日の批評よりもいいだろうということだ。実際に初日には無理していた点はカウフマンだけでなく他の歌手にも言い得て、楽団も大分こなれて来ていたことも間違いない。
今後のミュンヘンとの関係にもおいてもこれまで程ではなくても出るような様子である。又バイロイトとの比較にも質されて、より楽なバイロイトと比較でもペトレンコ指揮では蓋無しでより明快でも抑えられているなどとのそちらを強調していた。
一幕後のインタヴューで三幕まで通してからでないととしていたが、明らかに楽に歌っていて、それだけの歌唱が13日の収録日に出来ているのかどうか。またトリスタンを歌うことで他の役が歌えなくなるという様な副作用は今のところないとしていた。バイロイト音楽祭のトリスタンも無いことはないだろう。
結局我々が劇場内で待っていたのは12分ぐらいだろう。外での挨拶は必要十分に終えていて、トーキーでの連絡は表に出る前に取られていたぐらいになる感じで、出演者が劇場へと戻って来て、バッハラーがそこに居残っていた。ゴッチャルクがパブリックヴューイングの椅子は今回の経験から今後も続けるべきだと話し掛けていた。
それにしてもカメラアングルも素晴らしく、劇場の全体の作り方や臨機応変の人の整理もとても見事だった。ペトレンコに髭が生えているように感じたのは、その髭剃りから伸びたもので、確かだったと分かった。(続く)
参照:
持続的ライフスタイル 2021-08-10 | 料理
初めてのガラコンサート 2021-08-05 | 音