大正14年から豆一筋、大久保の名店です。
それに劣らぬ歴史を相模屋さんは持っている。
豆などのお菓子はスーパーやデパートで買うようになったから、私にはこんな専門店が新鮮です。
右から書いてある。第二次世界大戦のころ英語表記に反発して右から書くようになった。戦後馬鹿馬鹿しいことなんで元に戻したと、、、。
右から文字を書くのは世界的にも珍しいく、アラビヤ語がそうです。
相模屋
創業大正14年
東京都新宿区百人町1-4-15
大正14年から豆一筋、大久保の名店です。
それに劣らぬ歴史を相模屋さんは持っている。
豆などのお菓子はスーパーやデパートで買うようになったから、私にはこんな専門店が新鮮です。
右から書いてある。第二次世界大戦のころ英語表記に反発して右から書くようになった。戦後馬鹿馬鹿しいことなんで元に戻したと、、、。
右から文字を書くのは世界的にも珍しいく、アラビヤ語がそうです。
相模屋
創業大正14年
東京都新宿区百人町1-4-15
ゴルフの女子プロで宮里藍がランキングトップに躍り出た。
戦績を見るとムラガが目立つのが気になります。良いときと悪いときの差が大きい。
しかし、世界のトップに立ったのは、なんと言っても日本人として、嬉しいし誇らしい。
男子プロゴルフに比べて女子は層が薄いからなのだろうが、、、どのスポーツジャンルだって同じこと。
ただ、ただリッパです。
サッカーはあまり興味がないが、ワールドカップのオランダ戦で負けが決まったとき、終了したあとホンダが挨拶もせずにロッカーに引き上げたのは、、、やはりスポーツ選手というのはこの程度かと、、、ちょっとがっかりしました。
プロなんだからスポーツで結果を出すのが仕事だけど、人として使い物にならないのは、、、問題あり。
そんなスポーツ選手たちを、参議院選に担ぎ出した政治家達は、、、何を血迷ったかと思います。自分達の政治姿勢をバカにしているのでは、、、自分みずから!
スポーツ選手たちと、私は同じ程度の問題意識ですよ、と宣言しているようなもの。失礼な言い方かもしれないが、、、。
朝起きてすぐに東京スポセンへレッツゴー。
どんよりしていたが、けっこう気温が高い。
ここの自転車はTV付きなんでお気に入りです。
時間を忘れてやってしまいます。
あとバレーボールの世界選手権があると、美女、美男アスリートが隣で筋トレをやっていたりします。大会で日本に来るような方々は、素晴らしい体格です。
ほんもののアスリート達は体全体が輝いていたりします!
きょうは、そんな方はおらずに、おっちゃんおばちゃんばかり。
個人トレーナー付きでリッチな方がふえました。
一通りやって600カロリー。
ビール(350ml)のカロリーは
キリンラガー144カロリー
キリン一番搾り154カロリー
アサヒスーパードライ147カロリー
アサヒ黒生161カロリー
サッポロエビス147カロリー
朝方は雨が残っていたが、富士吉田に着いたころは日が差してきた。
今日はシリル、あきら、Shimoの3人。
天気予報が大雨だったので、2人キャンセルです。
入梅したので、いつ晴れ間が出るかわかりません。晴れたのは偶然です。
コース途中の中の茶屋に8:30頃について、用意して9時前に出発。
ランナーは土曜日ということもアルだろうし、天気予報のこともあって少ない。当然登山者も超少ない。
5号目についた時は風があった。6合目、7合目へ登るにしたがい風はやんだが、私とシリルは東洋館(標高3000m)まででストップ、さらに上まで行ったあきらを待つ。
あきらは、すぐ上の太子館の上まで行ったそうです。その先はまだ雪でクローズド。ピッケル&アイゼンの世界ですね。話を聞いたら、、、ちょっとムチャだったかも。
写真は3000mから見た山中湖方向。1700mの山々にはまだ雲がかかっている。
8合目より上は風が強く、あきらも吹き飛ばされそうだったといいます。
昨年も7月中に2人、強風で飛ばされて亡くなりましたから、、、富士山は何も無くても危険な山なんです。天気が良くても、風ひとつで人を木の葉のように吹き飛ばしてしまいますからー。
6合目星観荘は営業開始。売店、食堂も利用できます。
下りの馬返しから、中の茶屋へ戻るルートを遊歩道に。
なかなか良いトレイル・コースです、お勧めします。舗装路を往復は気分的につらいでしょう。馬返しから中の茶屋を経由して、下の浅間神社まで舗装路の脇をダートで下れます。登山者もこのルートを知らないので静か。
ランナーは皆無で、登りより往復の下りに使いたいルートです。鈴でも付けていないと熊が出そうなのが、、、ちょっと。
戻ってきて、デフォの溶岩温泉の泉水へ。
朝食に食べた「かいじゅうや」さんのパンです。
スライスして薄くバターを塗り、バターが溶けてきたらチーズをのせて、また焼いて焦がすのが、フェーばりっと。
今日はコーンスープと合わせたが、いつもはみそ汁にバターパン。
ラーメンにバターパンの組合わせもいい。
キュウリや茄子の漬け物が、これまたバターパンは良く合う。
手作りパンの値段が上がりました。
スーパーで見かける山崎パンの安さにはビックリします。
小麦の何処がちがうのでしょうか?
あるいは、中国でのユニクロのように、国内で外国人労働者を低賃金で働かせている??
カンパーニュ
チョコッチップいり。
フランスパンは大好きですが、こういう重たいパンもいいです。
でも、、、自分的には山崎パンも好きですよー。
朝食にこれらを食べて、午後に新宿スポセンへ筋トレ。
最近、新宿スポでも個人トレーナーが増えてきました。世の中、昔だったら運動しない人が身体を動かすようになったんだと思う。
あるいは、若い時から運動ををやったことのない人が、良い歳になってから、ジムに行ってどうしていいかわからないので、先生を求めているんじゃないかしら。
私たちにしてみれば、、、エェと言うことだって知らないかもしれないから。
同じように、、、私など、トレイルの走りかた教室は、、、えぇと言うことですから。
巷ではけっこう人気で、わが南蛮連合の若手が、しかもバリバリの若手がスクールに通うのを聞いて、、、呆れてしまった!
山に入ったことのない人が、トレイルは見知らぬ土地だし、無知は危険ですから、それはそれでいいと思います。
私などは、地図を見て、地形を想像して、知らないところを走るのが大好きです、、、が。
今日は、自転車を210カロリー、踏み踏みを330カロリー、ダンベル体操を息が切れるまで100カロリーぐらいか、、、あとマシンで筋トレ。
汗が噴き出したが、ちょうど雨が降ってきたので、シャワーのつもりで濡れて帰る。
お店は
「かいじゅうや」
目白の学習院近く
食べログを参照のこと
400m×12本だったが、6本目途中で右足の違和感が出てきたので中止。
それまでは、87秒ぐらいで回っていた。
織田フィールドは最高の混みぐあいで、我々南蛮連合の練習も4組のグループに分けて走った。
私はB組で、先頭は80秒あたりで400mを走っていたが、今の私にはついてイクだけで、ちょっと負荷が重いようだ。
足を壊しちゃいかんので、さっさと帰宅。
吉祥寺の井の頭通り沿いにできた南インド料理屋さん。
以前は東陽町にあったらしい。
マサラドーサセット。
ナンではないがこれもムチムチして美味しい。
右上のココナッツ味のヨーグルトのようなものは、冷たくてデザートかと思いきや辛くて不思議な食べ物。
べジセット。
ライスかナンが付きます。
ここの料理全体は辛いけど、スパイスの効きは少なめで味はマイルド。
いるかが天井を飛んでいて、一風変わったインド料理やさんの内装でした。
MSNマネーに私が常々考えていた事が書いてあった。
6月12日、ライター嶋田淑之、前田卓三さん(前編、後編)
長文ですが全てをコピーします。
昨秋以来の「事業仕分け」は、日本の公的組織にいかにムダが多いか、その一端を具体的に示し得た点では評価すべきものであったろう。しかし、その一方において、「では、そうした仕分けの結果、本当にムダが減るのか?」「本当に日本は良くなるのか?」という点に関しては、まだまだ不透明なままではないだろうか。
そうした国民注視の仕分け騒動をよそに、国会の場では日本全体の今後の浮沈に関わる、ある重要な論議がなされていた。それはバブル崩壊以降、日本がなすすべもなく停滞し、国際的なプレゼンスを低下させている要因として、中央官庁や地方自治体、民間企業など、日本の大多数の組織が「人」基準で運営されていることを挙げ、「1日も早く、『仕事』基準へと移行すべきである」という論議だ。
2月2日の国会の代表質問でみんなの党の渡辺喜美代表が提起したことに端を発する議論であるが、この仕事基準の概念と、その実現ツールを構築し、実績を挙げてきたのが、今回の主役である前田卓三さんだ。
前田さんは、慶応義塾大学卒業後、ニューヨークとロンドンに留学。外資系企業数社で活躍し、経営コンサルティング会社プライスウォーターハウスクーパースGHRS(現プライスウォーターハウスクーパース)の会長などを歴任後、現在、ヒューマンキャピタルソリューション研究所の代表を務めている。
日本を代表するグローバル企業はもとより、地方の中小企業への仕事基準導入を通じて、それら企業の経営を成功へと導き、現在は中央官庁や地方自治体の改革を視野に、日本再生への端緒を作ろうと奮闘中である。
そこで、まず前編では、前田さんの理論の概要をできるだけ分かりやすくご紹介し、後編ではこの理論を構築するに至った経緯から、その導入事例、そして、今後、その理論を通じて日本を再生してゆくに当たっての展望や課題などについて明らかにしたい。
●日本の停滞は人基準が原因、偽装・隠ぺい事件はその典型例
「現在の日本の停滞の要因は、日本の企業や中央官庁、地方自治体の組織運営が、人基準で行われていることにあります。
人基準とは、『年功』『学歴(学閥)』『家柄(閨閥)』『上司と部下の人間関係』『国籍(人種)』『宗教』『性別』といった人間の属性に基づいて評価する考え方です。分かりやすく言えば、『人をレッテルで評価する』ということですね」
確かにバブル崩壊後、日本では年功序列や終身雇用制が崩壊し、実力主義の時代にシフトしたかのように言われたものの、上記の諸要素から完全に自由な組織を見出すことは、非常に難しい。
「そうなんですよ。こうした人基準には、透明性・公平性・合理性が欠けているので、役所にあっては、税金のムダ使いとその結果としての財政逼迫(ひっぱく)、企業にあっては、社員のモラール低下や生産性の低下、その結果としての国際競争力の喪失などの問題を生み出しています。
ここ数年、食品業界を始め、いろいろな業界で発覚している偽装・隠蔽事件なども、人基準がもたらした悪しき例でしょう。
経営者以下みんな、社内しか見ていないから、こういうことになるんです。密室の中で意思決定がなされ、創業ファミリー(あるいはワンマン経営者)とその顔色をうかがう一般社員という特殊な人間関係の中で、偽装・隠蔽が行われるケースが多いですよね。
そして、それをバレずにうまくやりおおせた社員は出世しますし、逆に正論を述べて反対するような社員は出世もできず、時には組織から排除されます。
こうした傾向が、日本社会の随所に見られるようになって、社会全体の活力にも大きな影響が出ています。本来であれば評価されてしかるべき価値ある意識や行動が無視され、つぶされることで、若い世代から夢を奪い、社会全体に言いようのない閉塞感を生み出しています」と前田さんは嘆息する。
「日本の戦後復興や高度経済成長などの発展途上の時期には、人基準にも一定の有効性があったかもしれませんが、現代のように、グローバル市場で熾烈(しれつ)な競争環境に置かれている中にあっては、欧米先進企業(特に北欧と米国)が採用しているような仕事基準でないと、もはや戦えません。
アジアでも、中国や韓国のグローバル企業は、仕事基準にシフトして競争力を強化しています。中国・韓国で仕事基準になっている企業の数は、日本の仕事基準企業よりもずっと多いと思いますよ」
●仕事基準とは何か?
「人基準から仕事基準へとシフトすべし」と主張する前田氏だが、では、その仕事基準とはいったいどのようなものなのだろうか?
「役所でも企業でも、組織の使命は価値の創造にあります。例えば、ユーザーが製品やサービスを購入しようという場合、その製造プロセスにおける属人的要素に関心を払うことなどありませんよね。あくまでも、その最終商品の価値(品質と価格)を見て購入の是非を決定します。
それとまったく同じで、属人的要素(レッテル)からまったく自由になって、“市場(顧客)や納税者から見た仕事の価値”に評価の基準を置くのが仕事基準です。
言い換えれば、『その組織の指向する価値創造にどれほど貢献するか』という観点から、その個人の価値創造レベルを客観的に評価し、それに見合った適正な報酬を支払うという考え方です。“仕事本位制”と表現しても良いでしょう。
欧米では『人が人を評価してはいけない。人が評価できるのは仕事だけだ』というのが古くからの常識ですが、それはまさにこういうことなんです」
確かに、昔から日本の無名の若者が何のツテもない欧米で、自分たちのプロダクトとか企画とかを大企業などにプレゼンテーションし、採用された例は枚挙に暇がない。これなど仕事基準の典型例であろう。日本だったら、ほとんどの場合、「どこの馬の骨とも知れない若造」と言われて門前払いを食らったり、提案内容を知らないうちにパクられたりして終わりである。
さて、この仕事基準という考え方であるが、それを組織内でどのように制度化できるかが重要であろう。そこで、前田さんが構築した評価制度が「付加価値報酬制(CVA=Compensation by Value Added)」である。
これは、15年以上前に、北欧のエリクソンやABBなどのグローバル企業が実験的に導入したコンセプトを発展させたものであるという。そして、この制度は、日本国内では花王やキヤノンなどのグローバル企業に導入したほか、地方の中小企業や事業再生中の企業、あるいはM&Aにおいても顕著な効果を発揮していると聞く。
●付加価値報酬制とは何か?
「付加価値報酬制の最大の特徴は、価値の構成要素を3つのP(=ポジション、パフォーマンス、パーソン)でとらえ、これらに対して報酬を支払うことにあります。
まず、“ポジション”。野球でいえば、例えばキャッチャーには、キャッチャーとして必ずやらなくてはいけない役割がたくさんありますよね。そうした役割(職責)の蓄積(=stock)がポジションなんです。
このポジションは、「責任の大きさ」「仕事の難しさ」「影響の大きさ」という3つの側面から評価されます。
そして、そのポジションに就いている人が、一定期間で新たな価値創造をどれほど達成するか(これは通常『目標』として掲げられる)、そのフロー・バリューを“パフォーマンス”と呼びます。キャッチャーだったら、「今シーズンの盗塁阻止率を●割●分に上げる」といったことですね。
そして、3つ目が“パーソン”ですが、これは上記2つの要素のための必要条件です。キャッチャーだったら、強肩や技術といった他者から見える要素、そして沈着で冷静な判断力があるとか積極性があるといった、日本語で「●●力」とか「●●性」と表現される、ほかからよく見えない要素ですね。いわゆるコンピテンシーです」
一時はプロ野球を目指した元野球少年の前田さんらしい、分かりやすい説明である。この3つのPに対して報酬を支払うとのことだが、では、その評価比率については、どのように考えればいいのだろうか?
「管理職はパーソンの要素が満たされていることが前提なので、パーソンを省きます。そして例えば、人事や経理などの管理部門の管理職であれば、ポジション(基本給に該当)の占める比率が圧倒的に高くなりますし、営業部門などではポジションとパフォーマンスが、例えば5対5になったりします。
また、管理職ではなく、職歴の浅い若手の場合には、例えばポジション5対パフォーマンス2対パーソン3になるなど、構成比率はケースにより多様です」
●付加価値報酬制には、恣意的につけいられるスキはないのか?
しかし、こうした評価比率の決定が、組織内で恣意的になされる可能性はないのだろうか?
特に、骨の髄まで人基準の組織が、世の中の流行に乗って仕事基準を導入するような場合には危うい。例えば、パフォーマンスの比率ばかり高くして過酷なノルマを課したり、パーソンの比率ばかり高くした上、その中身を属人的内容に変質させると、人基準をそれまで以上に強化する結果になる恐れもあるだろう。
「そういう危険性はあります。実際、仕事基準を前提とする欧米企業の“成果主義”を、それまで人基準だった日本企業にそのまま移植することで、多くの企業は“ノルマ主義”に陥りました。
それは、もともと日本にポジションの概念がないことに起因します。ポジションの概念が定着していれば、それぞれの職責に見合った価値創造が求められますし、それに対して報酬が支払われるのが当然の前提になっているので、パフォーマンスが比率的に突出するなどということはあり得ないのです。
ちなみに日本では、ポジションではなく、“ポスト”という表現が好んで使われます。ポストは階層構造の1つの席を表し、そこに一度就いたら、仕事をしてもしなくても、そのポストに対して給料が支払われます。役所でも企業でも組織の上の方に、たいした仕事もしていないのに、なぜか高給の人がよくいるのはそのためです(笑)。
だから、日本で仕事基準を実施するに際し重要なことは、ポストという考え方をなくし、ポジションをしっかりと位置付けた上で、その評価比率を絶対に5割以下にしないようにすることです。そうすることで、ノルマ主義はもとより、パーソンの比率ばかりを高めて、しかもその中身を変質させて人基準を強化するなどということもできなくなるでしょう。
また、組織内でこの基準を採用するに際しての透明性や公平性、合理性を確保するために、成功した組織の事例などをベースに納得度の高いモデルを構築して、それをオープンにしておくことが必要だと思います。これは人基準では不可能です」
●あなたの給与は高すぎる? 低すぎる?
ここで、読者のみなさまにとっても重大関心事と思われる、「現在の自分の給与がオーバーペイなのか、アンダーペイなのか」という論点について触れておきたい。
まずは、下の図をご覧いただきたい。これは、職能資格制度を採用してきた歴史の長いメーカーの事例だ。
「縦軸が基本給、横軸が仕事の価値(=PVI、Position Value Index)を表し、各点は個々の社員がどこに位置するかをプロットしています。右へ行くほど、仕事の価値が高いことを意味します。
職能資格制度は、完全な人基準です。そのため、この図表に明らかなように、右の方に位置する価値の高い仕事をしている人々と、左の方に位置する価値の低い仕事をしている人々が、似たような給料になったり、あるいは、逆転していたりするケースが発生しているんです。これに対して、仕事基準の給与は、真ん中の赤いラインで示されます。
この企業のようなケースが、中央官庁や地方自治体、大企業や全国の中小企業などに蔓延(まんえん)しており、組織構成員の意識や行動が価値創造と無関係な方向に向かってしまった大きな原因となっています。そして、これこそが、日本全体が競争力を失い、衰退している最大の原因です。付加価値報酬制は、まさに、こうした状況の革新を志向するものなのです」
市場(顧客)や納税者からの視点で見た場合、自分自身の給与が果たして適正と言えるのか、ひょっとして低過ぎるのではないか、あるいは、まさかもらい過ぎなのか……、その疑問に答え、組織の経営を健全なものへと変えてくれるのが、この付加価値報酬制だと言えよう。
●バスの運転手の年収1300万円をどうとらえるか?
ここで前田さんは、興味深い事例を1つ挙げてくれた。
「以前、大阪市のバスのベテラン運転手さんの年収が1300万円であることが報じられて大きな話題になりましたよね。年功賃金でその金額になっているという、典型的な人基準です。
仕事基準で考えれば、当然、是正されてしかるべきなのですが、そういう私の意見に対する反論もあったんです。それは、『たくさんの人の命を預かる大事な仕事なのだから、決して高過ぎる給与ではない』という反論です。
しかし、バスの運転手というポジションは、その『責任の大きさ』『仕事の難しさ』『影響の大きさ』という点において、市場(顧客)や納税者から見て、年収1300万円こそが最も適正な金額だと言えますか?
その金額は、あくまで年功という人基準に基づくものであって、仕事を通じた創出価値とは無関係なのです。しかも、バスの運転手さんに限らず、市のさまざまな部門で、そういう事態が生じているから問題なのです。
仮にそれを容認した場合、では市の財政はそれでやっていけるのでしょうか? ずっと、それでやっていけるというのなら、まだ良いですよ……、でも、結局は財政難に陥って、十把一絡げの給与一律カットをしている自治体が非常に多いのです。
日本全国の300万人弱の地方公務員の平均年収をご存じですか? 退職金部分や手当ても含めると、ざっと1000万円です。全員の平均がですよ。どんなに控え目に見ても、「3割はオーバーペイになっている」と私は思っています。それを是正するだけでも、税金の無駄はずいぶんと減るのではないでしょうか?
つまり、ざっくり言って30万円(1000万円×300万人)の3割、9兆円がオーバーペイになっている可能性が高いということです。日本全国で言うと、民間も入れた総給与額は260兆円(2008年度)ですから、低く見てその2割がオーバーペイとしても52兆円という莫大な額が、価値とは関係のないところに払われている可能性があるのです。このお金があれば日本の失業率をゼロにすることができますし、消費税を上げる必要もないのです。
お金の問題だけではありません。今のような人基準のままでは、本当に価値の高い仕事をしている人はいつまでたっても報われません。ちゃんとやった人がきちんと報われる社会にして、日本を元気にしたいじゃないですか」
ところが、そんな前田さんの思いと逆行する内容の報道が全国を駆けめぐった。それは6月8日早朝、TBS「みのもんたの朝ズバッ!」でのこと。日経HRの調査結果を紹介していたのだが、全国の親が子どもに望む就職先として、第1位の「三菱商事」に続いて、何と「地方公務員」が第2位に入ったのだ。
「まさに人基準の最たるところに入ることが人生の幸せにつながるという発想ですね。これまでの日本とまったく変わらない、いや、ますます日本人が衰退への道を歩んでいることを実感させられ、背筋がぞっとする思いでした」
さて、日本社会をめぐる事態の深刻さとともに、仕事基準の概要が、おぼろげながら見えてきたようだ。
そこで後編では、理解をよりいっそう深めるために、事例を中心にして検討を加えていきたい。具体的には、前田さんがどういう経緯から、この理論を構築するに至ったのか、そして、実際にこの仕事基準を導入することで、どんな組織に何が起きたのかをご紹介したい。そして、今後、前田さんがこの手法を軸に日本を再生してゆくに当たって、克服しなければいけない課題についても考察していく。【嶋田淑之】
****************
①
この文に対する、私の感想ならび意見は整理が必要、、、。
むろん、言わんとすることに賛同して紹介しました。
ここで言われていることは、私も常々感じていたこと、、、で、社会や企業が内向きになっているのは薄々感じて危険だなーと思っていた。
どういうことかというと、企業や組織内では部下が上司の機嫌を伺い、対外的なことより社内&組織内の自分のあり方ばかりを考えるようになってきている。すなわち、会社だったら上司や同僚や本社のほうばかり気にしてお客さんをおざなりにする。
業績は落ちても、自分の企業内のポストがあがればいいと考える、、、。これが日本と他国の関係で言えば、国内向け発言ばかりして、他国のことは国内向けの刺身のつまでしかないことに。
当然そんなことをやっていれば、会社や国は傾くだろう。それが今の日本の現状に近いのでは、、、と。
②
付加価値報酬制とは初めて耳にした言葉で、考え方には納得するものがある。
人にポジションが与えられたら、その職責とそこのポジションでできる付加価値に給料を払う、、、と私は解釈した。
ポストについても部下の足を引っ張り、上司におべっチャラをつかう人材はバッサリ切る。
ポジションによっては、職責と付加価値の割合が違って当然だとも、、、それも納得。
考えれば考えるほど日本を再生するのが難しく感じます。
せめて、、、私にできること、、、我が業界を元気にすべく、強く刺激的なことを発信していこうと思います。