神経内科領域には得体の知れない疾患が少なくないが,個人的にはneuralgic amyotrophy(NA)はその代表のひとつだと思っている.NAにはさまざまな名称があるが(Parsonage Turner Syndrome,Brachial Neuritis,Brachial Plexus Neuritis,Painful brachial plexus neuropathy, Idiopathic Brachial Plexus Neuropathyなど),このことはその病態機序の理解が一筋縄でいかないことを反映しているものと言えよう.
NAは臨床的に,突然の肩~上腕の痛みに引き続き,数時間から数日後に肩甲帯から上腕の筋力低下,さらには筋萎縮を認める.不思議なことに同一の神経によって支配されている筋肉間で,脱神経や筋萎縮の程度に違いがあったりもする(これがNAの特徴的所見と記載する文献もある).数ヶ月から年余にわたり,患肢の麻痺が持続するが,ほぼ全例で完治する.原因としては,感染やワクチン,手術などが知られているが,自己免疫疾患説もある.
じつはこのNAと臨床的に見分けがつかない遺伝性NA(HNA)が北米を中心に報告されている.遺伝形式は常染色体優性遺伝.遺伝性疾患にも関わらず,感染,ワクチン,妊娠・出産や患肢の激しい運動といった環境因子によって誘発され,血液や腕神経叢における炎症所見が明らかにされている. HNAの原因遺伝子の同定はNAのみならず,ギランバレー症候群などの炎症性末梢神経疾患の病態機序解明に役に立つのではないかとも考えられている.
さて,原因遺伝子解析であるが,すでに北米家系を対象とした連鎖解析によって,17q25の3.5cM (1.8 Mb) の領域に連鎖することが判明していた.今回,short tandem repeat markerを用いた詳細な連鎖解析により候補領域を600kbにまで絞り込み,その領域に存在していた遺伝子のひとつseptin 9 (SEPT9)遺伝子に変異を見出した.結果的に6家系(北米,フィンランド,ドイツ,スペイン)における3種類の遺伝子変異を明らかにした. Septin 9遺伝子はマウス胎児の脊髄前角や後根神経節に発現していることも明らかにした.
さて,問題のseptinであるが,分裂酵母から単離されたタンパクファミリーであり,現在までに酵母からヒトに至る幅広い種で様々な分子種が存在することが確認されている.これまでにseptinファミリーに属する遺伝子の異常で発症する疾患は報告されていなかった.一般にseptinは細胞質分裂や細胞骨格形成に関与していることが知られているが,近年では小胞輸送やキチン質合成さらに癌化やアポトーシスにも関与しているという報告がなされている.Septin 9も細胞分裂に関わっていて,filamentを形成し,actinやtubulinといった細胞骨格とcolocalizedする.HNAでは眼角解離や瞼鼻ひだ,稀に口蓋裂を合併する家系があるが,septin 9の機能不全により細胞の移動の障害を来たし,その結果,anomalyを引き起こされる可能性を著者は推測している.
しかし,septin 9がどのような機序でNAを来たすのか,今のところさっぱり分かっていない.その機序の解明はseptinの神経系,免疫系に果たす役割の解明に大きく寄与するのではないかと思われる.
Nat Genet 37; 1044-1046, 2005
NAは臨床的に,突然の肩~上腕の痛みに引き続き,数時間から数日後に肩甲帯から上腕の筋力低下,さらには筋萎縮を認める.不思議なことに同一の神経によって支配されている筋肉間で,脱神経や筋萎縮の程度に違いがあったりもする(これがNAの特徴的所見と記載する文献もある).数ヶ月から年余にわたり,患肢の麻痺が持続するが,ほぼ全例で完治する.原因としては,感染やワクチン,手術などが知られているが,自己免疫疾患説もある.
じつはこのNAと臨床的に見分けがつかない遺伝性NA(HNA)が北米を中心に報告されている.遺伝形式は常染色体優性遺伝.遺伝性疾患にも関わらず,感染,ワクチン,妊娠・出産や患肢の激しい運動といった環境因子によって誘発され,血液や腕神経叢における炎症所見が明らかにされている. HNAの原因遺伝子の同定はNAのみならず,ギランバレー症候群などの炎症性末梢神経疾患の病態機序解明に役に立つのではないかとも考えられている.
さて,原因遺伝子解析であるが,すでに北米家系を対象とした連鎖解析によって,17q25の3.5cM (1.8 Mb) の領域に連鎖することが判明していた.今回,short tandem repeat markerを用いた詳細な連鎖解析により候補領域を600kbにまで絞り込み,その領域に存在していた遺伝子のひとつseptin 9 (SEPT9)遺伝子に変異を見出した.結果的に6家系(北米,フィンランド,ドイツ,スペイン)における3種類の遺伝子変異を明らかにした. Septin 9遺伝子はマウス胎児の脊髄前角や後根神経節に発現していることも明らかにした.
さて,問題のseptinであるが,分裂酵母から単離されたタンパクファミリーであり,現在までに酵母からヒトに至る幅広い種で様々な分子種が存在することが確認されている.これまでにseptinファミリーに属する遺伝子の異常で発症する疾患は報告されていなかった.一般にseptinは細胞質分裂や細胞骨格形成に関与していることが知られているが,近年では小胞輸送やキチン質合成さらに癌化やアポトーシスにも関与しているという報告がなされている.Septin 9も細胞分裂に関わっていて,filamentを形成し,actinやtubulinといった細胞骨格とcolocalizedする.HNAでは眼角解離や瞼鼻ひだ,稀に口蓋裂を合併する家系があるが,septin 9の機能不全により細胞の移動の障害を来たし,その結果,anomalyを引き起こされる可能性を著者は推測している.
しかし,septin 9がどのような機序でNAを来たすのか,今のところさっぱり分かっていない.その機序の解明はseptinの神経系,免疫系に果たす役割の解明に大きく寄与するのではないかと思われる.
Nat Genet 37; 1044-1046, 2005