Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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どんなタイプの重症筋無力症の予後が良いのか?

2007年03月25日 | 重症筋無力症
 重症筋無力症は,出現する抗体により抗AchR抗体陽性群と陰性例に大別できる.後者のうち,約70%がanti-muscle-specific tyrosine kinase (MuSK)抗体陽性であることが判明した現在では,臨床的に,①抗AchR抗体陽性群,②抗MuSK抗体陽性軍,③両者陰性群,の3群に分類できる.今回,これら3群に関して,重症度,球麻痺の頻度,予後を比較した研究がトルコより報告された.

 対象は①抗AchR抗体陽性群;161例,②抗MuSK抗体陽性群;32例,③両者陰性群;33例であった.この3群間において,性別,年齢,罹病期間・観察期間,外来初診までの期間に有意差は見られなかった.しかし,球麻痺症状を主徴とした症例は抗MuSK抗体陽性群において有意に多かった(p=0.005).クリーゼの頻度は,発症2年以内では抗MuSK抗体陽性群;21.9%,両者陰性群;15.2%,抗AchR抗体陽性群;9.3%の順に高く,全経過を通してはそれそれ順に34.4%,21.2%,13%であった.MGFA (Myasthenia Gravis Foundation of America) 分類による各群の重症度を,ロジスティック回帰分析を用いて行うと,抗MuSK抗体陽性群では,クラス5(気管内挿管)にまで悪化した症例の頻度は2年以内,および全経過を通しても抗AchR抗体陽性群よりも高かった(それぞれp=0.0073,p=0.036).抗MuSK抗体陽性群におけるクリーゼは両者陰性群と比較しても高率であったが,統計学的な有意差はなかった.

 予後に関しては,死者は抗MuSK抗体陽性群;2例,抗AchR抗体陽性群;1例,両者陰性群;0例であった.予後判定のスケールとしてpost-intervension scaleを用いて評価すると,予後不良群の頻度は,抗MuSK抗体陽性群;21.9%,抗AchR抗体陽性群;16.1%,両者陰性群;9.1%であり,両者陰性群は他の2群よりも予後は良好であった.抗MuSK抗体陽性群と抗AchR抗体陽性群の間では予後に有意差がなかった.

 以上の結果から,抗MuSK抗体陽性群は球麻痺,クリーゼが多く,重症であることが確認された.しかしながら予後に関して抗AchR抗体陽性群と変わりがなかったのは意外な結果であった.この理由として著者らは,抗MuSK抗体陽性群ではステロイド使用量が多くなるため,結果的には予後には差が出なかったと推測している.これに対して両者陰性群は予後がよく,ステロイド維持量も少なく,アザチオプリン使用例も少ないという結果になった.両者陰性群はheterogeneousな疾患群である可能性が高いが,ここに含まれる症例の原因がなんであるのか,とても興味深い.

Neurology 68; 609-611, 2007
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抗パーキンソン病薬(ドパミン・アゴニスト)と心臓弁膜症(その2)

2007年03月19日 | パーキンソン病
 以前,当ブログでも取り上げたが,抗パーキンソン病薬である麦角系ドパミンアゴニスト(pergolide mesylateペルマックス,cabergolineカバサール)では心臓弁膜症(閉鎖不全症)のリスクが,非麦角系ドパミンアゴニスト(pramipexole dihydrochlorideビ・シフロール,ropinirole hydrochlorideレキップ)より高いことが指摘されている.今回,ペルマックスと非麦角系ドパミンアゴニストとの間で,薬剤使用量,年齢などをマッチさせて心臓弁膜症の合併を比較した検討が報告された.方法はcase-control studyで,両群間で心エコー所見を比較している.ペルマックスを内服する36例の特発性パーキンソン病患者と非麦角系ドパミンアゴニスト(ビ・シフロールもしくはレキップ)を内服する36例との間で,心臓弁閉鎖不全症の頻度,重症度を比較している.以前取り上げた論文とは異なり,閉鎖不全症の有無による評価ではなく,半定量的にvalve score(1 indicates trace; 2, mild; 3, moderate; and 4, severe)を用いて重症度も評価している.また閉鎖不全の程度が各スコアの中間である場合は,例えばmildとmoderateの中間であれば2.5として計算している.

 結果としては,valve scoreをmean ± SD で示し,ペルマックスと非麦角系ドパミンアゴニストのスコアを順に記載すると,大動脈弁では0.83 ± 1.23 vs 0.19 ± 0.53 (P = 0.01),僧帽弁では1.42 ± 1.0 vs 0.39 ± 0.65 (P<0.001),三尖弁では1.43 ± 1.0 vs 0.19 ± 0.53 (P<0.001)で,いずれも有意にペルマックス群が重症であった.累積内服量には両群間で有意差はなかった(P =0.18).以上の結果からペルマックスは長期間使用した場合,心臓弁閉鎖不全症を来たす可能性が再確認され,非麦角系ドパミンアゴニストではその危険性が低いという結果になった.

 ただ今回の結論に文句をつけるわけではないが,ちょっと釈然としない部分もある.というのは,心臓弁閉鎖不全の程度を順に0, 1, 2, 3, 4と5段階評価したわけだが,これは順序尺度(ordinal scale)にあたる.例えばYahr分類やmodified Rankin scaleもそうだが,上下関係あるいは大小を示す尺度ではあるものの,その間隔や比率は一定ではない.例えばお寿司屋さんでお寿司を1.並,2.上,3.特上と分類したところで,特上は並の3倍のおいしさではないのと同じことである.順序尺度において平均や標準偏差を求めることは妥当ではなく,それぞれの割合(%)が示されるべきで,加減などの演算には本来意味がないはずだ.しかし,現実には,何のためらいもなくそれらを得点化し,平均を求める論文が少なからずある(本論文では閉鎖不全の重症度をmean ± SDで示しているが,本来,中央値を用いるべきだろう).単に「高度な統計解析が可能になるから」とか「みんながしているから」という理由で,順序尺度を間隔尺度(interval scale)ないし比率尺度(ratio scale)にすり替えてしまってよいものだろうか?

 また本論文では両群の平均値の比較をノンパラメトリックにMann-WhitneyのU検定を用いて行っている.例えば脳虚血の分野の論文で,有名なt-PAとかNXY-059の効果判定は,NIHSSやmodified Rankin scaleを「Mantel-Haenszel検定」を用いて比較していた.私は統計が得意ではないので詳しい方がいたら教えていただきたいのだが,今回のようなケースではどんな統計処理がベターなのだろう?

Arch Neurol 64:377-380, 2007 

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痙性対麻痺の新たな遺伝子の同定(SPG11)

2007年03月12日 | その他の変性疾患
 家族性痙性対麻痺は緩徐に進行する両下肢の痙性(つっぱり)と筋力低下を主徴とする遺伝性疾患である.上位運動ニューロンの変性が原因であるが,臨床的にも遺伝学的にも不均一の疾患群である.臨床的には大きく純粋型(下肢痙性,筋力低下,腱反射亢進,病的反射.ときに凹足,排尿障害,深部覚障害を呈する)と,複合型(上記に加え,精神発達遅滞,視神経萎縮,軟調,小脳失調,認知症,網膜色素変性症などを合併する)に分類されてきた.遺伝学的には常染色体優性遺伝,常染色体劣性遺伝,伴性劣性遺伝に分類される(現在,36のタイプにまで分類されている;SPG1-36).本邦では常染色体優性遺伝形式のSPG4(spastin変異)の頻度が一番高く,次にSPG3A(atlastin変異)が多いと考えられている.

 一方,劣性遺伝形式の場合,臨床的には複合型であることが多いが,遺伝子診断ではほとんど既知の遺伝子変異を認めることがない(ただし一見劣性遺伝形式に思えるSPG4の報告あり).本邦では痙性対麻痺に加え精神発達遅滞を合併し,画像上,脳梁の菲薄化を認める複合型遺伝性痙性対麻痺が報告されていた(AR hereditary spastic paraplegia with thin corpus callosum;ARHSP-TCC;SPG11).本邦の劣性遺伝性痙性対麻痺のなかでは最も頻度が高いと考えられ,実際,本邦からの症例報告が多いが,欧米からの報告例もある.発症年齢は1歳から50歳と幅広いといわれている.この疾患は15番染色体に連鎖することが報告されていたが,原因遺伝子は不明であった.

 今回,フランスINSERMのBriceらのグループがこの原因遺伝子を同定した.ARHSP-TCC 12家系(フランス,アルジェリア,モロッコ,ポルトガル,チュニジア,イスラエル,イタリアの家系)を連鎖解析し,15q21.1において今まで報告されていない遺伝子において遺伝子変異を見出した.この遺伝子は40エクソンを有し,転写産物は8 kbに及び,2443アミノ酸からなる蛋白質をコードする(遺伝子産物はspatacsinと名づけられた). mRNAはin situ hybridizationの結果,神経系に広範に発現することが判明したが,小脳,大脳皮質,海馬,松果体に強く発現しており,本症の多彩な臨床症状が理解できる.遺伝子変異はナンセンス変異か,もしくはフレームシフトを起こす挿入か欠失変異であるが(病態機序としてはloss of functionが考えられる),1家系では遺伝子変異を認めなかった.spatacsin蛋白の機能については不明であるが,細胞内分布は細胞質・核周囲が主体で,GFP- spatacsinキメラ蛋白をCOS細胞に強制発現させたものをアルコール固定しても染色性が消失しないことから,何らかの膜構造に結合しているものと考えられた.遺伝子変異を認めた家系の臨床像を振り返ってみてみると発症年齢は2歳から23歳,ほぼ全例で脳梁菲薄化を認め,膀胱直腸障害,構音障害,嚥下障害,振戦,視神経萎縮を合併する症例もあった.

 spatacsin蛋白の機能の解明は,錐体路変性の機序の解明に役立つものと考えられる.それにしても本邦例がこの報告に含まれていないことが何とも残念だが,いずれ本邦のARHSPにおける頻度や,SPG11の臨床像の多様性についても明らかになるであろう.また1家系で遺伝子変異を認めなかったことは,ARHSP-TCCは原因遺伝子が単一ではなくheterogeneousな疾患群であることを示唆するが,従来の報告でも脳梁の菲薄化はSPG11のみならず,SPG1(L1CAM; Xq28),SPG15(常染色体劣性14q22-q24),SPG21(常染色体劣性Maspardin; 15q22)でも報告されている.

Nat Genet 39; 366-372, 2007
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