Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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誰にも認められる視運動性眼振を神経診察に活かす6つの場面

2024年04月23日 | 医学と医療
神経症候学の講義シリーズを朝のカンファレンスで行っています.昨日は眼球の症候の2回目でした.何度か出てきたのは視運動性眼振(optokinetic nystagmus; OKN)です.これは健康な人にも認められる生理的眼振です.昔は布に模様を書いたものやドラムを使っていましたが,現在はスマホアプリ(OKN stripsなど)やYouTube動画で簡単に誘発できますので試してみてください.問題はこれをどのように診察で用いるかです.講義では以下のような場面で使用できることを紹介しました.



①遠隔診療でのめまい患者の診察:
めまいや平衡障害の患者の遠隔診療で,アプリや動画を使って眼振を誘発します.これで大まかな原因が分かることがあります(OKNが一方向にしか見られない場合や,特定の方向の追従運動が減速している場合は,脳幹・小脳・視覚路の障害を示唆します).

②進行性核上性麻痺:
PSPの早期診断,とくに垂直方向性の眼球制限が出現していないときに試みます.つまり垂直サッケードの障害を確認します.典型的には,水平方向のOKNは正常であるものの,垂直方向の急速相が遅いか欠如し,サッケードがうまくできないことを示します.

③内側縦束症候群=核間性眼球麻痺:
核間性眼球麻痺疑いで,しかし内転制限が軽度・微妙である場合に有用です.つまりOKNでの内転サッケードが遅いことを示します.

④Parinaud(中脳背側)症候群:
上方注視麻痺,対光・近見反射解離,輻輳後退眼振(注)による3徴が有名ですが,輻輳後退眼振がはっきりしないときに,OKNにより異常な上方サッケードを誘発されることがあります.

⑤機能性視力低下:
機能性神経障害に伴う視力低下が疑われる場合にとても有用です.例えば全盲を主張する患者さんにおいてOKN反応が正常であれば,ある程度の視力があることを示します.単眼でも有用です.

⑥同名半盲:
OKNは,同名半盲において,頭頂葉病変と後頭葉病変の鑑別に役立ちます.頭頂葉病変の場合,OKNの緩徐相は,病変側では遅いか消失するが,対側では正常であると言われています.

注;輻輳後退眼振(convergence-retraction nystagmus)
真の眼振ではなく,輻輳を伴いながら眼球が律動的に後退する眼球運動.全外眼筋が同調して収縮するため眼球が後退して見える.内直筋の力が優勢であるため,両眼が内向きに輻輳しているように見える.
Hale DE, et al. Optokinetic nystagmus: six practical uses. Pract Neurol. 2024 Mar 20:pn-2023-003772.(doi.org/10.1136/pn-2023-003772

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「医師こそリベラルアーツ!」連載開始@日経メディカルCadetto

2024年04月19日 | 医学と医療
日経メディカルの若手医師・医学生向けサイト「Cadetto.jp」にて,標題の連載を始めさせていただきました.いままで28回,リベラルアーツ研究会を開催しましたが,各回で行なった私のミニレクチャーを紙面で再現する企画です.以下,HPに掲載された紹介文です.

「病気を持つ人間」をみるのが,医学を志す医師の仕事.ところが,医学は「病気の診方」は教えてくれても,「人間の見方」は教えてくれません.後者を磨くために,読書を通じてリベラルアーツを学んでみませんか? 本連載では,医師・医学生が幅広い教養を身に付けるための道しるべとなるべく,毎回,様々なジャンルの“課題図書”を紹介・解説していきます.

第1回はイントロダクションで,リベラルアーツとはなにか(日野原重明先生,ウィリアム・オスラー博士のことば),医学部・医療現場とリベラルアーツの希薄な関係,なぜリベラルアーツを学ぶのか,どのようにリベラルアーツを学べばよいか,について解説しました.

月1回の連載ですが,毎回,最後に次回の課題図書をご紹介します.読んでおくと次回が面白くなります.ちなみに第2回の課題図書は「リベラルアーツの学び方(瀬木比呂志)」と「死ぬほど読書(丹羽宇一郎)」,第3回の課題図書は「たかが英語!Englishnization(三木谷浩史著)」,第4回の課題図書は,精神科医・心理学者であるヴィクトール・フランクルによる名著「夜と霧」と続いていきます(4回まで原稿を書きました.編集担当者と私によく知っている麻酔科医には評判が良いです:笑).本連載は,医師・医学生限定コンテンツで,医師または医学生の方は,会員登録すると記事全文がお読みいただけるようになります.

下畑享良の「医師こそリベラルアーツ!」




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レカネマブは標準治療と比較し費用対効果が優れているとは言えず,価格が年間5100ドル未満とならなければ費用対効果は低い

2024年04月17日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)の疾患修飾薬であるレカネマブは高額であるもののその効果が強力とまでは言えないことから,その費用対効果について関心が高まっていました.Neurology誌の最新号に,米国・カナダの研究チームから,レカネマブの費用対効果が,治療前の検査法,各患者のApoE遺伝子ε4の状態(副作用ARIAの出現のしやすさが分かる)によってどのように変わるかを検討した研究がいよいよ報告されました.
検査法は3つ(PET,脳脊髄液アッセイ,血漿アッセイ),治療法は2つ(ドネペジル・メマンチンによる標準治療,または標準治療+レカネマブ),ApoE遺伝子で患者の標的を絞るか(=標的戦略)は2つ(ε4ノンキャリアまたはヘテロ接合体患者を標的とするか否か)で,これらの組み合わせによって定義される7つのパターンを比較しています.有効性は質調整生存年(QALYs:クオーリーズ)を用いて評価し,費用対効果の分析は増分費用効果比(incremental cost-effectiveness ratio: ICER)を算出しています.設定したコホートのモデルは,平均年齢71歳,31%がApoEε4非保因者,53%がヘテロ接合,16%がホモ接合で,61%がMCI,39%が軽度認知症としています.分かった結果は以下のとおりです.

◆7つのパターンのうち,ドネペジル・メマンチンによる標準治療が費用対効果は最適であった!
◆レカネマブ治療は標準治療と比較して費用対効果が不良で,この結果は検査法やApoE遺伝子型による治療対象の選択に関わらず認められた.
◆ただしApoE遺伝子で患者選択をすると,選択をしない場合よりも6,870~8,780ドル安価となり,かつ0.03~0.05QALYsの追加がもたらされた.
◆脳脊髄液アッセイが,PETや血漿アッセイよりも費用対効果の高い検査であった.血漿アッセイは最も安価であったが,感度が低いため費用対効果は低くなった.
レカネマブの薬剤費が年間5,100米国ドル(78.1万円)未満であれば,脳脊髄液アッセイで検査し,ApoE遺伝子型により治療対象を選択すれば標準治療より費用対効果が高くなった(注:米国での価格は年間26,500ドル).ApoE遺伝子検査を行わない場合は年間2,700ドル(41.6万円)未満であれば標準治療より費用対効果が高くなった.
◆これらの結果は,検査法の精度,レカネマブの中止および有害事象の発生率に対しても堅固であった.
◆研究の限界はレカネマブ治療18ヶ月以降のデータがないことである(18ヶ月以降効果の差が拡大すれば費用対効果が大きくなる一方,有害事象が18ヶ月を超えて持続すると小さくなる).



以上より,レカネマブ治療は標準治療と比較し,費用対効果が優れているとは言えず,価格が年間78万円未満(遺伝子診断をしていない日本の場合41.6万円未満)とならなければ費用対効果は低いという結果となりました.ショッキングなデータですので,それぞれの立場でいろいろな意見があるのではないかと思います.十分な議論がなされることが望まれます.
Nguyen HV, et al. Cost-Effectiveness of Lecanemab for Individuals With Early-Stage Alzheimer Disease. Neurology. 2024 Apr 9;102(7):e209218.(doi.org/10.1212/WNL.0000000000209218)

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機能性神経障害「La Lésion Dynamique(動的病変)とは何か?」Mark Hallett教授の講義より

2024年04月15日 | 機能性神経障害
いつもより早起きして,開催中の米国神経学会年次総会2024のPresidential plenary lectureを拝聴しました.圧巻はGlymphatic Systemを提唱したMaiken Nedergaard教授の講義と,運動異常症のオーソリティである米国NIHのMark Hallett教授の機能性神経障害(FND)の講義でした.ここでは後者についてご紹介します.

タイトルは「Functional Neurological Disorder: La Lésion Dynamique」でした.「La Lésion Dynamique(動的病変)」は,Jean-Martin Charcotがヒステリーの病態として唱えた概念で,この言葉が彼の著作や講義でしばしば使われました.Charcotは催眠療法で改善するヒステリーを生理的・動的な疾患と考え,「La Lésion Dynamique(動的病変)」という概念を唱えました.しかしそれが具体的に何を意味するのかは不明でした.

Hallett教授は2006年,FNDの病態・診断・治療は不明で,患者数が多いにも関わらず何もできず,患者はあちこちの病院をdoctor shoppingせざるを得ない状況について「a crisis of neurology」,つまり神経学は危機に瀕していると述べました.その後,Hallett教授のチームは,「動的病変」の解明,つまり心理的な要因が脳のどのような部位にどんな影響を及ぼすのかを検討しました.その結果,種々のMRIや機能画像を用いて,①扁桃体の解剖学的異常,②辺縁系の結合性の異常,③辺縁系の過活動が生じていることを見出しました.そしてFNDは実際に存在するリアルな疾患であること,Charcotが考えたように,神経変性や神経炎症などと並らぶ1つの病態と考えるべきと強調しています.そしてもっと責任病変や病態生理を学ぶ必要があり,それこそが治療法の改善につながると述べています.さらなるFND研究が「神経学の危機」に終止符を打ち,多くの患者を救うとも述べています.日本はFNDの臨床や研究が海外より遅れていますが,さらに取り組む必要性を感じました.
AAN Annual meeting 2024. Presidential plenary lecture
Robert Wartenberg Lecture: Functional Neurological Disorder: La Lésion Dynamique. Mark Hallett, MD, FAAN



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多系統萎縮症における胸のつかえ,嘔吐の原因 ―遠位食道痙攣(distal esophageal spasm)の発見―

2024年04月15日 | 脊髄小脳変性症
以前,私どもは多系統萎縮症(MSA)では食道の機能障害により,食道内の食べ物の停滞が生じ,場合によっては逆流して誤嚥性肺炎や窒息による突然死の原因となりうることを報告しました(Taniguchi H, et al. Dsyphagia 2015).今回,当科の大野陽哉先生と國枝顕二郎先生が食道機能障害についてさらに検討し,「遠位食道痙攣(distal esophageal spasm:DES)」という現象が生じうることを初めて明らかにしました.

症例は74歳男性.3年前に起立性低血圧にて発症し,同時に胸に食べ物が詰まった感じ,食後の反復性嘔吐を呈しました.小脳性運動失調が認められ,MSA-Cと診断しました.ビデオ透視による嚥下検査では,下部食道狭窄と食道内のバリウム停滞が認められました.


内視鏡検査では下部食道の過収縮が認められました.


さらに高解像度食道マノメトリー検査では下部食道の早期収縮と食道蠕動運動の低下が認められました.


下部食道括約筋の統合弛緩圧は正常であったため,アカラシアは除外されました.シカゴ分類ver 4.0に基づき,食道運動障害は「遠位食道痙攣」に分類されました.治療としては内視鏡的バルーン拡張術を行い,その後,胸部の詰まった感じと嘔吐は改善しました.本例は,MSA患者においてDESが食道食物の停滞と食後嘔吐を引き起こす可能性があることを示した点とその治療法を示した点で非常に重要と考えられました.

以上より,ビデオ内視鏡による嚥下検査に加えて,高解像度食道マノメトリー検査は,再発性の嘔吐や胸のつかえを呈するMSA患者に有用と考えられます.このように食道機能を注意深く評価することで,誤嚥性肺炎や窒息死を予防することができる可能性があります.
Ono Y*, Kunieda K*, Takada J, Shimohata T. (*equally contributed) Distal oesophageal spasm in a patient with multiple system atrophy: A case report. eNeurol Sci. 13 April 2024. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2405650224000078

MSAの食道機能障害
Taniguchi H, et al. Esophageal Involvement in Multiple System Atrophy. Dysphagia. 2015 Dec;30(6):669-73.(doi.org/10.1007/s00455-015-9641-2

DESの総説
Zaher EA, et al. Distal Esophageal Spasm: An Updated Review. Cureus. 2023 Jul 7;15(7):e41504.(doi.org/10.7759/cureus.41504

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魚介類のなかでエビとロブスターの有機フッ素化合物(PFAS)濃度は高い

2024年04月14日 | 医学と医療
勉強をしたことのなかった環境毒性物質ですが,関心を持ったためか,気になる情報がTwitterで目につきます.昨日は複数の人が有機フッ素化合物(PFAS:ピーファス)に関する以下の論文を紹介していました.PFASは生物蓄積性環境汚染物質の代表です.魚介類はタンパク質やオメガ脂肪酸の良い供給源ですが,このPFASの供給源ともなりますます.PFASは,プラスチックやフライパンの焦げ付き防止剤などに使われています.炭素・フッ素と非常に強い力で結びつくため自然界では分解されず,海や土壌に堆積するため「永遠の化学物質」とも呼ばれています


https://waterstand.jp/waterlife/water_knowledge/waterlife00041.htmlより引用.

ほぼすべてのアメリカ人の血液中に測定可能な量が存在するそうです.日本でもごく最近,大阪のPFAS汚染を調べるための「1000人血液検査」が中間発表され,日常生活にPFASが深く浸透し、体内に取り込まれている実態が浮き彫りになっています.PFASに暴露された人はコレステロール値上昇,出生体重の減少,ワクチンに対する抗体反応の低下,腎臓がん,精巣がん,妊娠高血圧症候群,子癇前症,肝酵素の変化を起こす可能性があると書かれています.

さて話題の論文は,米国ニューハンプシャー州住民1829人を対象に,大人と子どもの魚介類の摂取について調査したもので,最もよく消費される魚介類26種類のPFASを定量しています.この結果,エビとロブスターの濃度が最も高いことが分かりました(それぞれ1.74ng/gと3.30ng/g).これら大型の海洋生物種は,貝類のような体内にPFASが蓄積しやすい小型の生物種を食べることで,PFASを蓄積する可能性が議論されています.


著者らは,魚介類を食べるのを止めるのではなく,魚介類にPFASの規制値を設けるべきと言っています.そして魚介類の摂取にともなう上記リスクとベネフィットのトレードオフ関係を理解すること,とくに妊娠中の人や子供のような健康弱者において,PFASの過剰の暴露を避けつつ魚介類の健康上の利点を享受することが大切と言っています.ちなみに4月11日の日経新聞に「米政府,飲料水のPFAS基準厳しく 日本の1割未満に」という記事も出ています.自分たちの健康への影響も気になりますが,とくに子供や赤ちゃんに影響が出ないように考えていく必要があると思いました.
Crawford KA, et al. Patterns of Seafood Consumption Among New Hampshire Residents Suggest Potential Exposure to Per- and Polyfluoroalkyl Substances. Expo Health (2024). (doi.org/10.1007/s12403-024-00640-w)


GPT-4で作成

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CANVASを画像からMSA-C,SCA3と区別するポイント

2024年04月11日 | 脊髄小脳変性症
RFC1遺伝子関連スペクトラム障害は,RFC1遺伝子のAAGGG反復配列の伸長に伴う疾患です.代表的な表現型は小脳性運動失調,感覚性ニューロパチー,両側前庭障害を3徴とする多系統障害型の運動失調症候群であるCANVAS(cerebellar ataxia with neuropathy and vestibular areflexia syndrome)です.症候は運動緩慢や自律神経不全など多様性に富むため,多系統萎縮症(MSA-C)や脊髄小脳失調症3型(SCA3)などが主な鑑別診断となります.Mov Disord Clin Pract誌に,フランスから画像から鑑別できるか検討した報告が掲載されています.自験例6例と既報例13例で,FDG-PET,DaTスキャン,MIBG心筋シンチを行なっています.結論は以下です.

◆FDG-PET:CANVASでは主に小脳の代謝低下を示すが,脳幹と線条体の代謝は保たれており,MSA-CやSCA3と鑑別できる.
◆DaTスキャンにおける取り込み低下は,臨床的パーキンソニズムと関連しているようで,正常から重度の障害までさまざま.
◆MIBG心筋シンチはCANVASではSCA3と同様に取り込み低下を示しうるが,ほとんどのMSA-Cでは正常である.



図のFDG-PETは,Case 1,4,5では前側・頭頂葉の代謝低下が認められます.Case 1,3,4では小脳の代謝低下も認めます.しかし線条体と脳幹の代謝は保たれています.DaTスキャンはCase 1,4は正常,Case 3は高度低下,Case2は非対称性中等度低下を示し,さまざまです.
Horowitz T, et al. Molecular Imaging in CANVAS: A Contribution for Differential Diagnosis? Mov Disord Clin Pract. 2024 Apr 4.(doi.org/10.1002/mdc3.14041

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血栓回収術後の脳卒中後運動異常症は遅発性に発症し,かつ稀ではない

2024年04月10日 | 脳血管障害
大脳基底核は解剖学的および代謝学的特徴から虚血の影響を受けやすいと言われています.また虚血性病変により「脳卒中後運動障害(post-stroke movement disorders;PMDs)」を呈することも知られています.責任病変は線条体,淡蒼球,視床です.運動異常症の種類は,急性期イベントからの潜時と関連があり,舞踏病が最も早く(数時間から数日),ジストニアが最も遅い(最大で数年後)と言われています.また血栓回収術を施行したMCA近位部閉塞による急性虚血性脳卒中(AIS)は,大脳基底核の選択的損傷モデルとも言われています(図1).Eur J Neurol誌の最新号に,イタリアから,血栓回収術による再灌流に成功したAIS患者におけるPMDsの頻度と特徴を検討した研究が報告されています.



対象は血栓回収術を施行したMCA近位部閉塞によるAIS患者連続64例で,ベースライン時,6ヵ月後,12ヵ月後にPMDsについて運動異常症の専門医が評価しました.

さて結果ですが,亜急性期にPMDsを呈した者はいませんでした.しかし6ヵ月後には7/25人(28%),12ヵ月後には7/13人(53.8%)がPMDsを呈しました.6ヵ月後の7名の内訳はパーキンソニズム3人,ジストニア3人,パーキンソニズム+ジストニア1人,12ヵ月後の7名の内訳はパーキンソニズム2人,ジストニア2人,パーキンソニズム+ジストニア2人,ジストニア+舞踏運動1人でした(図2).ほとんどの患者の症状は虚血病変の対側でしたが,一部では両側性であったり顕著な体軸性の徴候を呈しました.ベースライン時の臨床的特徴や虚血病変の部位は,サンプル数が限られていたためか,PMDsの発症と有意な相関はみられませんでした.



以上より,再灌流に成功したAISの長期経過観察において,PMDsは稀ではないことが分かりました.6ヶ月後より12ヶ月後に頻度が増加していますが,これもサンプル数が小さいためさらなる検証が必要です.機序については,虚血による急性損傷というより,神経可塑性の不適応や代償回路の異常が原因と推測されます.

感想ですが,血栓回収術後,大脳基底核の選択的病変を有する患者では,たとえ退院時に無症状であっても,慎重なフォローアップを要することが分かりました.パーキンソニズムとジストニアは専門家が診察しないと運動麻痺と誤って判断される可能性もあるように思います.私は血栓回収術後の患者さんをフォローすることはほとんどないのですが,実際にパーキンソニズムやジストニアを呈する患者さんを経験されますでしょうか?また変性疾患と誤ることなくPMDsと診断されているのか?PMDsの治療反応性はどうなのか?いろいろ気になりました.
Rigon L, et al. Movement disorders following mechanical thrombectomy resulting in ischemic lesions of the basal ganglia: An emerging clinical entity. Eur J Neurol. 2024 May;31(5):e16219.(doi.org/10.1111/ene.16219

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早期パーキンソン病におけるGLP-1受容体作動薬の神経保護効果! ―ただしまだ慌てない方が良い―

2024年04月06日 | パーキンソン病
過去の研究で,糖尿病がパーキンソン病(PD)のリスクを増加することが知られています.またPDモデルマウスにおいて糖尿病治療薬「グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)受容体作動薬」が神経保護作用を有することも報告されていました.今回,フランスから,GLP-1受容体作動薬のひとつ,リキシセナチド(lixisenatide,商品名リキスミア)の皮下注射が,第2相二重盲検無作為化プラセボ対照試験LixiParkにて,PDの進行を遅らせる効果が示され,NEJM誌に発表されました.「GLP-1受容体作動薬」のうち脳に到達するものは,PDに対し神経保護効果を示すことを示した意味で素晴らしい研究ですが,一方で慎重に考える必要性を感じました.なぜならこの薬剤は最近,「GLP-1ダイエット」などと呼ばれるやせ薬として自由診療で処方され,安全性の面で懸念が生じているためです(https://tinyurl.com/2crd5uhw).

研究の対象は診断されて3年未満で,抗パーキンソン病薬による治療中であるが運動合併症のない者です.リキシセナチドまたはプラセボを12ヵ月間毎日皮下投与する群に1:1の割合で割り付け,その後,2ヵ月のウォッシュアウト期間を設けました.主要エンドポイントは,MDS-UPDRSパートIII(範囲:0~132,スコアが高いほど症状が重い)のスコアのベースラインからの変化で,12ヵ月後に評価しました.

さて結果ですが,78人ずつ両群に割り付けられました.ベースライン時のMDS-UPDRSパートIIIはいずれも約15点でした.12ヵ月後,リキシセナチド群で0.04点の改善(ほぼ不変),プラセボ群で3.04点の悪化を示しました(差,3.08;95%信頼区間0.86~5.30;P=0.007).2ヵ月のウォッシュアウト後(リキシセナチドの2ヶ月の中止後),リキシセナチド群17.7点,プラセボ群20.6点で,効果は保たれていました(とはいえ,かなり短い期間での評価です).MDS-UPDRSサブスコアなどの副次エンドポイントは両群間に差はありませんでした.副作用については,吐き気はリキシセナチド投与群の46%(プラセボ群は13%のみ),嘔吐は13%にみられました.以上より,初期のPD患者において,リキシセナチドは12ヵ月後の運動障害の進行を抑制し有望と考えられました.しかし消化器症状を伴うことが示され,著者らはリキシセナチドの効果と安全性を明らかにするために,より長期かつ大規模な試験が必要と述べています.



私の意見は,1点目は病態修飾療法でしばしば問題になる点で,「この差は本当に臨床的意義があるか?」ということです.統計的に有意であっても効果は小さいと思いました.アルツハイマー病におけるレカネマブと同様,専門家の中でも意見が分かれるだろうと思います(もちろん将来の可能性を予感させるものですが・・・).2点目はこの情報を得たPD患者さんは「慌ててこの内服を開始すべきではない」ということです.まだ第2相試験であり,これから大規模な第3相試験で結論が出ます.発症3年以内の運動合併症のない人限定の効果であることも理解が必要です.さらに上述の通り安全性=副作用が問題になります.吐き気や嘔吐は抗パーキンソン病薬の内服に影響するため避けるべき症状ですし,体重減少もただでさえ進行期に痩せるPDでは好ましくありません.さらにGLP-1受容体作動薬の重篤な副作用として低血糖と急性膵炎があります.決して慌てて内服開始する薬ではないことを認識する必要があります.

研究に疑問もあります.例えば副次エンドポイントで有効性が示せなかった理由が不明ですし,これだけ副作用が多いと盲検とならなかった可能性もあります.作用機序も完全に解明されていません.これからに期待したいと思います.
Meissner WG, et al. Trial of Lixisenatide in Early Parkinson’s Disease. New Engl J Med. April 3, 2024. (doi.org/10.1056/NEJMoa2312323


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パンデミック後 急増した機能性チック様行動を症候で原発性チックと見分ける

2024年04月05日 | 機能性神経障害
機能性チック様行動(functional tic-like behaviors;FTLB)は機能性神経障害(functional neurological disorders; FND)のひとつです.パンデミック以降,世界中の運動障害クリニックでFTLBが劇的に増加したことが報告されました.原発性チックに似た動作や発声を呈します.すなわち,FTLBをトゥレット症候群と区別する必要があります.今回,カナダから両者の症候の違いについて検討した横断研究が報告されました.

対象は236名(20歳未満)で,原発性チック195名(75%男性;平均年齢10.8歳)とFTLB 41名(98%女性;16.1歳)です.二変量モデルでは,FTLBはcopropraxia;下品な動作をする(オッズ比15.5),単語を言う(14.5),coprolalia;下品な言葉を言う(13.1),popping;ぽんと音を立てる(11.0),whistling:口笛を鳴らす(9.8),単純な頭部の動き(8.6),自傷行為(6.9)と最も関連していました.つぎに多変量モデルでは,FTLBは依然として,単語を言う(13.5)および単純な頭部の動き(6.3),そして年齢と関連していました.逆に原発性チックでしばしば認めるthroat clearing tics(咳払いする動作)はFTLBの12.2%のみと少ないことが分かりました(0.2)(図).



以上より,単純な頭の動きと言葉の発音を認め,咳払いする動作を認めない場合,症候学的にはFTLBを考えるということになります.逆に3つの音韻チック(popping noises, whistling,clicking)はトゥレット症候群ではまれということも分かりました(それぞれ2%,4%,6%).以上より,発症年齢が遅く,症状が急速に進展し,上述の症候を認める場合,FTLBを考え,誤った診断をしないことが重要ということになります.
Nilles C, et al. What are the Key Phenomenological Clues to Diagnose Functional Tic-Like Behaviors in the Pandemic Era? Mov Disord Clin Pract. 2024 Jan 25.(doi.org/10.1002/mdc3.13977

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