今回のキーワードは,
抗体検査の注意点,ヒト→イヌ感染,禁煙すべき理由,小児が感染しにくいわけ,糞口感染はしない?急性心筋梗塞入院の減少,全身性ミオクローヌス,サルの感染防御免疫の獲得,動物におけるワクチンの成功,米国におけるレムデシベル試験の結果です.
感染拡大の第2,第3波が心配されていますが,別の意味の
「パンデミックの第1~4波」も提唱されています(図1:@VectorStingのtwitterより).これはパンデミック後に経時的にもたらされる変化を指し,第1波はCOVID-19の罹患と死による大きなインパクト,第2波は医療資源不足によるCOVID-19以外の疾患患者へのインパクト,
第3波は慢性疾患患者に対するケアの中断によるインパクト,そして第4波は精神的ダメージ,心的外傷後ストレス障害,バーンアウトといった時間とともに重くなるものです.静かに進行する第3,第4波への対策が求められています.
◆ロサンゼルスの抗体保有率は4.65%.4月10~14日にかけてロサンゼルス郡にて無作為に抽出した成人863名における抗体保有率は4.06%だった.人種や性別,年収,そして検査キットの感度,特異度(82.7%,99.5%)にて調整を行うと4.65%と推定された.この結果に基づくと36.7万人が感染していたと推定されるが,これは同時期の感染者数8430名の43倍であった.→ 著者も述べるように研究の問題点が2つある.1つは
選択バイアス,すなわち検査対象者が本当に集団を代表するかに加え,研究参加同意後の脱落が49%と多いことの影響.もう1つは
検査キットの感度・特異度により推定値が変わりうること.つまり感染者推定はそう簡単でなく,数字だけが独り歩きする危険がある.JAMA. May 18, 2020(doi:10.1001/jama.2020.8279)
◆ヒト→イヌ感染.香港からの報告.2003年のSARSでは,ネコのみならずイヌの感染も報告されている.このため飼い犬15匹を調べたところ2匹が感染していた(1匹では実際にウイルスの分離もなされた).1匹は17歳のポメラニアン・オスで,鼻咽頭拭い液PCRから5回,計13日間にわかりウイルスが確認された.もう1匹は 2.5歳のシェパード・オスで,鼻咽頭と口腔の拭い液からウイルスが分離された.いずれも中和抗体を有していた.検出されたウイルスのゲノム配列は,感染した飼い主のウイルスと同一であり,飼い主から感染したものと考えられた.いずれのイヌも無症状であった.ネコの場合,ヒト→ネコ→ネコ感染まで報告されているが,イヌの場合,ヒト→イヌ感染までは分かった.イヌ→イヌ感染や,イヌ→ヒト感染が起こるかは不明.Nature. May 14, 2020(doi.org/10.1038/s41586-020-2334-5)
◆喫煙は肺ACE2発現を増やす.米国からの報告.げっ歯類,およびヒト肺を用いた検討.
ウイルス受容体であるACE2の肺における発現は,年齢や性別に影響を受けないが,喫煙量に依存して発現が増加した(図2).シングルセル解析の結果,ACE2は気道の分泌細胞の一部に発現していたが,慢性の喫煙は,このACE2陽性分泌細胞の増加を引き起こし,
禁煙はこの変化を改善した.喫煙がCOVID-19の重症化因子である理由はACE2発現促進によるものと考えられる.またACE2発現はウイルス感染やインターフェロンといった炎症シグナルによっても促進されたことから,喫煙→ACE2発現↑→ウイルス感染→ACE2発現↑というpositive feedbackが生じると考えられた.Developmental Cell. May 16, 2020(doi.org/10.1016/j.devcel.2020.05.012)
◆小児の鼻は感染しにくい?小児は患者数の2%と少ないことが知られているが,このメカニズムとして,小児ではACE2発現が少ないという仮説がある.この検証のため,小児と成人の鼻腔上皮におけるACE2遺伝子発現の比較が行われた.対象は2015~2018年にニューヨークのMount Sinai Health Systemを受診した4~60歳の305名(喘息のバイオマーカーを研究するために募集されたため,49.8%が喘息患者).10歳未満,10~17歳,若年成人(18~24歳),および成人(25歳以上)の4群に分類した.この結果,
10歳未満の小児で遺伝子発現が最も少なく,年齢が上がるにつれて有意に増加した(図3).性別と喘息の分布が4群間で異なっていたが,遺伝子発現と年齢との間の正の相関は,性および喘息とは無関係であった.→ 鼻と肺のACE2発現は異なることが知られており,肺にもこのデータが当てはまるかは不明である.JAMA. May 20, 2020(doi:10.1001/jama.2020.8707)
◆患者肺における微小血栓と血管新生.COVID-19剖検例7名,インフルエンザA(H1N1) 感染に伴う急性呼吸窮迫症候群剖検例7名,肺移植に使われなかった非感染者10名の肺の病理所見を比較した.COVID-19,およびインフルエンザ患者の肺は,ともに血管周囲のT細胞浸潤を伴うびまん性肺胞障害を呈していたが,さらにCOVID-19肺では以下の3つの特徴的所見を認めた.
(1)細胞内ウイルス侵入と細胞膜破壊を伴う高度の血管内皮病変,(2)微小血管障害(microangiopathy)と肺胞毛細血管の閉塞を伴う広範囲の血栓症(インフルエンザの9倍多い;P<0.001),(3)血管新生(インフルエンザの2.7倍多い; P<0.001).血管新生は発芽(sprouting)ではなく,主に陥入(intussusception)によって生じていた.発芽は微小血管が欠如している組織に内皮細胞が進展するが,陥入は既存の血管の管腔内への間質細胞の列の挿入を特徴とするもので,血管内皮の炎症と血栓症がこの変化をもたらすと推測された(図3).またCOVID-19に固有の血管新生関連遺伝子の発現が69種類認められた.少数例での検討であり,さらなる解析が必要である.NEJM. May 21, 2020(DOI: 10.1056/NEJMoa2015432)
◆糞口感染はないかもしれない.米国からの報告.腸管はSARS-CoV-2の感染,複製部位として知られている.今回,内視鏡検査で採取した腸管上皮を培養して作成した人工小腸(small intestinal enteroid)に,SARS-CoV-2を感染させたところ,ACE2陽性成熟腸細胞に感染して複製すること,ならびに粘膜に特異的なセリンプロテアーゼであるTMPRSS2とTMPRSS4が,ウイルス侵入と感染を促進することが分かった.しかし複製の後,
腸管腔に放出されたウイルスは大腸液により迅速に不活性化され感染力を喪失した.このため,患者10名の便を調べたところ,3名からウイルスRNAが検出されたものの,感染力のあるウイルスは検出されなかった.まだ検討数が少なく結論は出せないが,糞口感染は生じない可能性がある.Science Immunol, May 13, 2020(DOI: 10.1126/sciimmunol.abc3582)
◆COVID-19の流行後の急性心筋梗塞入院の減少.カリフォルニア州北部の440万人以上の医療圏における,1週間あたりの急性心筋梗塞入院数は,3月4日にこの地域に初めて患者が確認されて以降減少し,
流行前と比較して最大48%も低下した.例年見られる季節性の変動を大きく超える変化である.同様の現象がイタリア北部でも報告されている.原因については記載されていない.→ 心筋梗塞のリスク因子を有する患者がCOVID-19に罹患し,死亡しているといった可能性があるかも知れない.NEJM. May 19, 2020(DOI: 10.1056/NEJMc2015630)
◆神経症状(1)全身性ミオクローヌス.スペインから全身性ミオクローヌスを呈した3症例(63~88歳)の報告.いずれもCOVID-19の炎症症状,嗅覚障害後に軽度の過眠症に引き続き,ミオクローヌスを急性発症した.陽性,陰性いずれのミオクローヌスも認め,鼻咽頭,顔面,上肢に出現した.自発的に生じるが,音刺激・触覚刺激,ないし随意運動によっても誘発され,ときに驚愕反応を伴った.呼吸停止や低酸素血症は認めなかった.抗てんかん薬は無効.
感染後・免疫介在性ミオクローヌスと考え,ステロイドパルス療法を行ったところ,消失ないし改善した.嗅覚障害→過眠症→ミオクローヌスという進展様式は,脳内におけるウイルスの感染伝播の可能性も疑わせる.Neurology. May 21, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000009829)
◆神経症状(2)大脳皮質異常信号病変.トルコの8病院のICUに入室した235名の頭部MRIに関する報告.50名(21%)が神経症状を呈し,うち27名(54%)で頭部MRIを施行され,12名(44%)で異常所見を認めた.12名中10名(37%)は,FLAIR画像における大脳皮質の異常信号であった.異常信号は前頭葉,頭頂葉,後頭葉,島皮質,帯状皮質などに認められ,一部の症例では軟膜の造影所見を認めた(図4).このうちの5名に髄液検査を行った.蛋白は平均79.9 mg/dLと上昇していたが,細胞数,IgG indexは正常,SAS-CoV-2 PCRは陰性.残り2名は,横静脈洞血栓症,右中大脳動脈領域の急性期脳梗塞をそれぞれ1名で認めた.一方,神経症状を呈しながら,頭部MRI異常を認めなかった15名中2名で髄液検査が行われたが,蛋白は上昇していた(平均98 mg/dL).大脳皮質の異常信号の機序として,
ウイルスの神経向性,免疫学的機序,低酸素,けいれんなどが関与する可能性がある.Radiology. May 8 2020(doi.org/10.1148/radiol.2020201697)
◆アカゲザルにおける感染防御免疫の獲得.米国からの報告.SARS-CoV-2に対する感染防御機構の解明は,ワクチン開発やパンデミック終息に不可欠であるが,初回感染により,再感染に対する感染防御免疫を得ることができるかは不明である.このため,経鼻ないし経気道ウイルス感染アカゲザルモデルを作成した.このアカゲザルは,上下気道の高ウイルス発現と,液性・細胞性免疫反応を呈し,さらにウイルス性肺炎の病理変化を示したことから,ヒトCOVID-19を再現するモデルと考えられた.初回感染からの回復後(35日後)に再感染させたところ,初回感染と比較して,気管支肺胞洗浄液や鼻粘膜におけるウイルス排出量は5 log10減少した.症状はほぼ,もしくはまったく認められなかった.
非ヒト哺乳類において,一度感染すれば,感染防御免疫が得られることが確認された.しかしサルとヒトの免疫反応は同一とは限らないため,慎重な解釈が必要である.Science. May 20, 2020(DOI: 10.1126/science.abc4776)
◆新規治療(1)SARSウイルス交差抗体.2003年に
SARSに感染した患者のメモリーB細胞から産生された複数のモノクローナル中和抗体が,SARS-CoV-2に対して交叉反応性を示すことが,スイスVir Biotechnology社により報告された.S309と名付けられた1つの抗体は,スパイク受容体結合ドメインを介して,SARS-CoV-2およびSARS-CoV偽ウイルス,ならびに本物のSARS-CoV-2を強力に中和した.クリオ電顕と結合アッセイを用いて,S309 がサルベコウイルス亜属に保存されている糖鎖含有エピトープを,受容体結合と競合することなく認識することを確認した.このS309と,今回同定された他の抗体を含む抗体カクテルを用いることにより,SARS-CoV-2の中和はさらに増強され,かつ中和から免れる変異体の出現を抑制する可能性がある.S309およびS309を含む抗体カクテルは感染リスクが高い人に対する予防として有望である.Nature. May 18, 2020(doi.org/10.1038/s41586-020-2349-y).
◆新規治療(2)その他のワクチン.米国にて
複数のDNAワクチンが作成され,アカゲザルで効果が検証され,中和抗体が作成されること,ならびに感染実験にて,中和抗体の抗体価に相関して防御効果が得られることが報告された.Science 20 May 2020(DOI: 10.1126/science.abc6284).
また,患者から分離したSARS-CoV-2ウイルスのCN2という株を用いて
不活化ワクチン(PiCoVacc)が作成され,同様にアカゲザルの実験系で中和抗体が誘導されること,ならびに感染実験でも防御効果が得られたことが報告された.Science. May 06, 2020(DOI: 10.1126/science.abc1932).
一方,米国Moderna社による
mRNAワクチン「mRNA-1273」の第1相試験が大きく報道された.45名が参加し,ワクチンの安全性を確認できた.さらに8名のみのデータであるが,全員に中和抗体を認めたと発表され,株価が高騰した.しかし文書のみで論文報告やデータの提示はなし.
医療関連ニュースサイトSTATもこれを批判し,同社の株価が徐々に下げ始め,米株式相場を押し下げた.
◆新規治療(3).レムデシビル続報.米国で緊急使用が認められ,日本でも承認されたGilead Sciences社のレムデシビルの二重盲検ランダム化比較試験(ACTT-1試験)の結果の一部が報告された.初日200 mg,残りの9日間は100 mg静注するプロトコールである.主要評価項目は回復(退院)までの期間.治験委員会はレムデシビル群で回復までの期間が短いという結果に基づいて,盲検の早期の解除を推奨した.対象は1059名(レムデシビル群538名,偽薬群521名)で,レムデシビル群は回復まで11日(95%信頼区間9~12日),偽薬群は15日(95%信頼区間13~19日)であり,
介入により4日間,回復が短縮した(図5).14日目における死亡率は,レムデシビル群7.1%,偽薬群11.9 %で有意差なし(ハザード比0.70; 95%信頼区間0.47~1.04).層別解析では酸素投与なしのような軽症例で有効で,人工呼吸器やECMO治療を行っているような重症例では無効.重篤な副作用は有意差なし.28日後における死亡率については,今回の論文には含まれていない.→ ウイルスの増殖を抑制するRNAポリメラーゼを標的とする薬剤は重症化してしまった症例では無効だろう.NEJM. May 22, 2020(DOI: 10.1056/NEJMoa2007764).