気管切開術は多系統萎縮症で認められる声帯開大不全などの重篤な上気道閉塞においてNPPVとともに行われてきた治療法であるが,本邦より「気管切開術は多系統萎縮症における睡眠呼吸障害(とくに中枢性無呼吸)を増悪させうる」という報告がなされた.とてもショッキングな内容であったため,注目された人も多かったのではないだろうか.
方法はretrospective studyのようで,対象は18例のprobable MSA,うち7例が,中等度から重度の声帯開大不全のため気管切開術をうけていた.うち3例では気管切開術の前後で,PSG検査が施行されていた.
結果をまとめると
1. 気管切開をしていない11名と気管切開をした7名を比較し,後者ではAHIが有意に高かった(7.4±3.1/hrおよび37.6±8.1/hr).
2. 重症の無呼吸(AHI 30/hr以上)は,発症年齢,性別,BMI,罹病期間,重症度とは相関がなかったが,唯一,気管切開施行と相関を認めた.
3. 気管切開を行った患者はすべて中枢性無呼吸だった(非気管切開群では18.2%).
4. 気管切開の前後でPSGを行えた3名中2名で,術後AHIが増加した.
5. 気管切開の前後で血液ガスを行った5名の検討で,PO2には変化はなかったものの,PCO2は有意に減少した.
Discussionにおけるこれらの現象の解釈としては,気管切開は死腔と気道抵抗を減少させ,その結果,過換気となり,PCO2が低下し,PCO2低下により中枢性無呼吸の増加が引き起こされる,というものであった.
ただこの論文には,その後,本邦およびMayo clinicから,Correspondenceが投稿されたように,問題とすべき点がいくつかある.
1. 気管切開術前後のPSGのデータ数が不十分で,かつ気管切開術後の生存期間にも短縮が見られているわけではないこと.
2. 気管切開の有無で分けた2群間で,気管切開なし群は罹病期間が2.9±0.5年,気管切開群は6.8±1.4年で,2倍の開きがあること.
3. Hoen-Yahrで比較した病期も,前者は3.6±0.24,後者はすべて5で,違いがあること.
4. 中枢性無呼吸の診断に不可欠な食道内圧測定を行っていないこと.
罹病期間や病期が異なるとすれば,単に気管切開の有無により睡眠時呼吸障害の程度に差が生じたとは言えなくなる.いずれにしても,この論文のインパクトは大きく,Mayo clinicのドクターが指摘するように,一部の症例では有効な治療選択肢であるはずの気管切開を,神経内科医が行わなくなるのではないかと危惧される.現時点では気管切開が禁忌になったわけではなく,気管切開によって生存期間やQOLが改善する患者さんもいる.ただし,気管切開術やそれに準じる喉頭摘出術を受ける患者さんでは,術前後にPSGや酸素飽和度モニター,血液ガスのチェックを行い,その影響を確認すること,そして,術前,もし気管切開後に睡眠呼吸状態の悪化が認められた場合には,人工呼吸器装着の可能性がありうることを説明しておくことが重要であるといえよう.
Neurology 68; 1618-1621, 2007
方法はretrospective studyのようで,対象は18例のprobable MSA,うち7例が,中等度から重度の声帯開大不全のため気管切開術をうけていた.うち3例では気管切開術の前後で,PSG検査が施行されていた.
結果をまとめると
1. 気管切開をしていない11名と気管切開をした7名を比較し,後者ではAHIが有意に高かった(7.4±3.1/hrおよび37.6±8.1/hr).
2. 重症の無呼吸(AHI 30/hr以上)は,発症年齢,性別,BMI,罹病期間,重症度とは相関がなかったが,唯一,気管切開施行と相関を認めた.
3. 気管切開を行った患者はすべて中枢性無呼吸だった(非気管切開群では18.2%).
4. 気管切開の前後でPSGを行えた3名中2名で,術後AHIが増加した.
5. 気管切開の前後で血液ガスを行った5名の検討で,PO2には変化はなかったものの,PCO2は有意に減少した.
Discussionにおけるこれらの現象の解釈としては,気管切開は死腔と気道抵抗を減少させ,その結果,過換気となり,PCO2が低下し,PCO2低下により中枢性無呼吸の増加が引き起こされる,というものであった.
ただこの論文には,その後,本邦およびMayo clinicから,Correspondenceが投稿されたように,問題とすべき点がいくつかある.
1. 気管切開術前後のPSGのデータ数が不十分で,かつ気管切開術後の生存期間にも短縮が見られているわけではないこと.
2. 気管切開の有無で分けた2群間で,気管切開なし群は罹病期間が2.9±0.5年,気管切開群は6.8±1.4年で,2倍の開きがあること.
3. Hoen-Yahrで比較した病期も,前者は3.6±0.24,後者はすべて5で,違いがあること.
4. 中枢性無呼吸の診断に不可欠な食道内圧測定を行っていないこと.
罹病期間や病期が異なるとすれば,単に気管切開の有無により睡眠時呼吸障害の程度に差が生じたとは言えなくなる.いずれにしても,この論文のインパクトは大きく,Mayo clinicのドクターが指摘するように,一部の症例では有効な治療選択肢であるはずの気管切開を,神経内科医が行わなくなるのではないかと危惧される.現時点では気管切開が禁忌になったわけではなく,気管切開によって生存期間やQOLが改善する患者さんもいる.ただし,気管切開術やそれに準じる喉頭摘出術を受ける患者さんでは,術前後にPSGや酸素飽和度モニター,血液ガスのチェックを行い,その影響を確認すること,そして,術前,もし気管切開後に睡眠呼吸状態の悪化が認められた場合には,人工呼吸器装着の可能性がありうることを説明しておくことが重要であるといえよう.
Neurology 68; 1618-1621, 2007