今回のキーワードは,医療資源の配分と優先順位,つまり臨床倫理的問題です.重大な問題であるため,今回は要約ではなく,この問題に絞って詳しく記載します.私は海外の医療崩壊の状況下において,限られた医療資源(N95マスク;図1,個人防護具,人工呼吸器,ICUベッド,新規治療薬など)の配分,もしくはトリアージ(緊急度に従って優先順をつけること)を行う医師の心理的負担が極めて大きな問題になっていることを知りました.その問題にどう対処すべきかを議論した論文が,米国,カナダ,英国の複数の倫理,法律,公衆衛生の専門家らによってNEJM誌に報告されています.以下,解説します.
【4つの価値観】
論文ではまず不足する医療資源についての情報を提示したのち,医療資源の配分に関して基本となる,4つの価値観を紹介している(図1).
1.医療資源によって得られる利益を最大化する
→ より多くの人の命を救えばよいか,もしくは救命後の生存期間も含めて考えるべきか?
2.患者の治療を平等に行う
→ 早く来院した患者が優先されるべきか,それとも無作為化による選択を行うべきか?
3.医療における他者への貢献を考慮する
→ 患者の治療に貢献する(した)医療者や研究者は優先すべきか?
4.最悪の事態を解消する
→ 重症者や若い人は優先されるべきか?
【6つの推奨】
その上で,単一の倫理的価値観では,医療資源の配分を決めることは難しいため,以下の6つの推奨を示し,これらをもとにガイドラインを作成して,公平で一貫した配分を行うべきと述べている.
◆1. 利益の最大化を目指す
医療資源を投入すれば回復する見込みのある人を優先するとi
うことである.救急の場面においては命を救うことが優先されるが,患者の希望(ACP)の考慮も必要である.さらに治療の差し止め(withdraw)が生じることも医療者,患者とも認識すべき.
◆2. 医療者を優先する
不足する医療資源は,代わりのきかない医療者を優先すべき.もし生命が失われれば,COVID-19のみならずその他の疾患の患者を含めて治療ができなくなり,多くの生命が奪われる.ただしこれは乱用(拡大解釈)すべきではない.お金持ち,有名人,政治家などは該当しない.
◆3. 来院の順番に治療が優先されるというバイアスを避ける
病院の近くに住む人が得をするとか,社会的距離政策を守らず感染した患者の治療が優先され,しっかり守って最後に感染した人が治療を受けられないという事態は不公平で,避ける必要がある.
◆4. 科学的エビデンスに従う
年齢ごとの予後の違いを考慮すると,不足する治療薬はは医療者>高齢者・併存疾患あり>若年者の順に行うべき.しかし若年者にワクチンをしたほうがウィルス伝播を抑制できるというエビデンスができたり,新規治療薬の効果は若年者ほど期待できるというエビデンスができたりすれば,若年者が優先されることになる.
◆5. 臨床試験参加を考慮する
ワクチンや新規治療薬の臨床試験中の患者は,未来の患者に貢献することを踏まえて,幾分の優先権が与えられる.これは臨床試験への参加を促すことにもなる.ただし予後が同じ患者において適応される.
◆6. COVID-19とそれ以外の疾患の同等性を確保する
医療資源の不足は,がんや心疾患など他の疾患患者にも同様に影響する.利益の最大化はすべての疾患を対象にして行われるべきである.
【専門委員会をつくり,現場の医療者の負担を軽減する】
重要なことは医療資源の配分の決定は,「最前線に立つ医療者が行うのではなく,臨床経験豊かな医師や倫理学者からなるトリアージ専門委員会が行うべき」で,最前線の医療者の心的負担を軽減すべきである.
【専門委員会の役割】
また同じ号にハーバード大学の複数の医師が短報を発表し,上記論文と同様に,トリアージは,最前線に立つ医療者以外のメンバーからなる委員会が行い,家族に適切に,誤解のないように話し合う役割を果たすべきと述べている.さらに人工呼吸器の差し止めについてもこの委員会が判断し,患者・家族の緩和ケアと精神的サポートを行う必要があると述べている.
また「米国の医師はこれまで経験はおろか想定もしたことがない決断に迫られるだろう.おそらくトリアージ委員会は一部の人から『death panels(死の判定団)』と非難されるかもしれない.しかしむしろ逆で,その目的はいかに多くの人の命をこれまで経験したことのない危機から救うことができるかである.委員会の存在は最前線の医療者の感情面,精神面での大きなダメージを軽減するものである」と述べている.
【我が国の課題】
以上を考慮すると3つの課題がある.(1)医療資源不足が起きないように全力で中央,地方の政治が動くこと.(2)それでも不足した場合のために,医療資源の配分に関する,我が国に合ったガイドラインを策定すること.(3)トリアージや医療資源の配分を決める専門委員会を各病院で準備することである.感染爆発を目前にし,迅速な対応が求められる.
Emanuel EJ, et al. Fair Allocation of Scarce Medical Resources in the Time of Covid-19. N Engl J Med. 2020 Mar 23.
Truog RD, et al. The Toughest Triage - Allocating Ventilators in a Pandemic. N Engl J Med. 2020 Mar 23.
追伸:生命・医療倫理研究会より「COVID-19の感染爆発時における人工呼吸器の配分を判断するプロセスについての提言」が発表されました(3月30日).
http://square.umin.ac.jp/biomedicalethics/activities/ventilator_allocation.html
【4つの価値観】
論文ではまず不足する医療資源についての情報を提示したのち,医療資源の配分に関して基本となる,4つの価値観を紹介している(図1).
1.医療資源によって得られる利益を最大化する
→ より多くの人の命を救えばよいか,もしくは救命後の生存期間も含めて考えるべきか?
2.患者の治療を平等に行う
→ 早く来院した患者が優先されるべきか,それとも無作為化による選択を行うべきか?
3.医療における他者への貢献を考慮する
→ 患者の治療に貢献する(した)医療者や研究者は優先すべきか?
4.最悪の事態を解消する
→ 重症者や若い人は優先されるべきか?
【6つの推奨】
その上で,単一の倫理的価値観では,医療資源の配分を決めることは難しいため,以下の6つの推奨を示し,これらをもとにガイドラインを作成して,公平で一貫した配分を行うべきと述べている.
◆1. 利益の最大化を目指す
医療資源を投入すれば回復する見込みのある人を優先するとi
うことである.救急の場面においては命を救うことが優先されるが,患者の希望(ACP)の考慮も必要である.さらに治療の差し止め(withdraw)が生じることも医療者,患者とも認識すべき.
◆2. 医療者を優先する
不足する医療資源は,代わりのきかない医療者を優先すべき.もし生命が失われれば,COVID-19のみならずその他の疾患の患者を含めて治療ができなくなり,多くの生命が奪われる.ただしこれは乱用(拡大解釈)すべきではない.お金持ち,有名人,政治家などは該当しない.
◆3. 来院の順番に治療が優先されるというバイアスを避ける
病院の近くに住む人が得をするとか,社会的距離政策を守らず感染した患者の治療が優先され,しっかり守って最後に感染した人が治療を受けられないという事態は不公平で,避ける必要がある.
◆4. 科学的エビデンスに従う
年齢ごとの予後の違いを考慮すると,不足する治療薬はは医療者>高齢者・併存疾患あり>若年者の順に行うべき.しかし若年者にワクチンをしたほうがウィルス伝播を抑制できるというエビデンスができたり,新規治療薬の効果は若年者ほど期待できるというエビデンスができたりすれば,若年者が優先されることになる.
◆5. 臨床試験参加を考慮する
ワクチンや新規治療薬の臨床試験中の患者は,未来の患者に貢献することを踏まえて,幾分の優先権が与えられる.これは臨床試験への参加を促すことにもなる.ただし予後が同じ患者において適応される.
◆6. COVID-19とそれ以外の疾患の同等性を確保する
医療資源の不足は,がんや心疾患など他の疾患患者にも同様に影響する.利益の最大化はすべての疾患を対象にして行われるべきである.
【専門委員会をつくり,現場の医療者の負担を軽減する】
重要なことは医療資源の配分の決定は,「最前線に立つ医療者が行うのではなく,臨床経験豊かな医師や倫理学者からなるトリアージ専門委員会が行うべき」で,最前線の医療者の心的負担を軽減すべきである.
【専門委員会の役割】
また同じ号にハーバード大学の複数の医師が短報を発表し,上記論文と同様に,トリアージは,最前線に立つ医療者以外のメンバーからなる委員会が行い,家族に適切に,誤解のないように話し合う役割を果たすべきと述べている.さらに人工呼吸器の差し止めについてもこの委員会が判断し,患者・家族の緩和ケアと精神的サポートを行う必要があると述べている.
また「米国の医師はこれまで経験はおろか想定もしたことがない決断に迫られるだろう.おそらくトリアージ委員会は一部の人から『death panels(死の判定団)』と非難されるかもしれない.しかしむしろ逆で,その目的はいかに多くの人の命をこれまで経験したことのない危機から救うことができるかである.委員会の存在は最前線の医療者の感情面,精神面での大きなダメージを軽減するものである」と述べている.
【我が国の課題】
以上を考慮すると3つの課題がある.(1)医療資源不足が起きないように全力で中央,地方の政治が動くこと.(2)それでも不足した場合のために,医療資源の配分に関する,我が国に合ったガイドラインを策定すること.(3)トリアージや医療資源の配分を決める専門委員会を各病院で準備することである.感染爆発を目前にし,迅速な対応が求められる.
Emanuel EJ, et al. Fair Allocation of Scarce Medical Resources in the Time of Covid-19. N Engl J Med. 2020 Mar 23.
Truog RD, et al. The Toughest Triage - Allocating Ventilators in a Pandemic. N Engl J Med. 2020 Mar 23.
追伸:生命・医療倫理研究会より「COVID-19の感染爆発時における人工呼吸器の配分を判断するプロセスについての提言」が発表されました(3月30日).
http://square.umin.ac.jp/biomedicalethics/activities/ventilator_allocation.html