Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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みんなが知っておくべきスマートフォンによる視力消失

2017年02月26日 | 医学と医療
昨年のNew Eng J Med誌に,Transient Smartphone Blindness(TSB),すなわち,スマートフォンを見た直後に,一過性の単眼の視力消失を繰り返した2人の女性例が報告された(N Engl J Med 2016;374:2502–2504).この現象は,神経内科領域では,一過性脳虚血発作(黒内障)と誤診されうる.今回,さらに多発性硬化症との鑑別が困難であった症例がNeurology誌に報告されたので紹介したい.

症例は,58歳女性,2度の右眼の一過性視力消失を呈した.明け方,左側を下にしてベッドに横になり,10~15分スマホを見て,その後,立ち上がろうとした時に,10~15秒間,右眼の無痛性視力消失を呈した.1分ほどかけて徐々に視力は改善し,元通りになった.その他の神経症状や起立性低血圧症状はなし.既往歴に片頭痛,眼科疾患はなく,脳卒中の危険因子もなし.家族歴もなし.視力,色覚,瞳孔,眼底等に異常なし.頭部MRIにて両側大脳白質に複数の点状の異常信号を認めたことから多発性硬化症が疑われた.しかし脊髄MRI,VEP,髄液検査は正常で,その他の代謝・感染・炎症性疾患も否定的であった.病態修飾療法が考慮されたものの見送られた.半年後のMRIでは変化なし.最終的にTSBと診断し,画像所見は小血管病によるものと判断した.

なぜこのような現象が生じるのであろうか?この生理現象は,両眼の網膜の周辺光に対する順応の違いによって生じるものと考えられている.まず,スマホなどの電子機器を,寝た姿勢などにより単眼で見ることが引き金になる.自分もよく寝床でiPADを見ているが,しばしば片眼で見ていることに気づいていた.これは,左右いずれか一側を下にして横になると,枕などに顔が沈んで,下になっている側の眼が隠され,機能的に閉じた状態になるためだ(また自分の場合,画面が眼に近すぎると焦点が合いにくく,意識して片眼を閉じることもある).その結果,下になっている側の眼の網膜は光が届かず,暗順応の状態になる.一方,上になっている側の網膜は電子機器の強い光に晒され,明順応の状態になる.そして,スマホを見るのをやめた途端,両眼は電子機器よりも薄暗い周辺光を見ることになる.このとき,暗順応した側の眼は光を正常に知覚するが,明順応した側の眼は弱い光のため一時的に見えなくなってしまうのだ.これがTSBの仕組みであり,原著では20分間,スマホを片眼で使用したあと,実際に網膜の光感受性が低下することを網膜電図で確認している(図右).

以上より,TSBは生理現象ではあるものの,無痛性・一過性の単眼の視力消失の鑑別診断として考慮する必要がある. 脱髄疾患や一過性脳虚血発作(黒内障)と誤ることは,無用の治療につながることになる.正しく診断するためには,この現象を認識し,視力消失時の状況として,(1)寝床での電子機器の使用の有無,(2)その時の体位,(3)視力消失した側の眼で電子機器を見ていたか,を確認することが大事である.また一般のひとも無用の不安な思いをしないで済むように,このような現象があることを知っておく必要がある.

Alim-Marvasti A, et al. Transient smartphone “blindness”. N Engl J Med 2016;374:2502–2504.

Sathiamoorthi S, et al. Transient smartphone blindness: relevance to misdiagnosis in neurologic practice. Neurology 2017 (on line)



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脳卒中トランスレーショナル・リサーチの成功のために何が必要か?@国際脳卒中学会2017

2017年02月24日 | 脳血管障害
国際脳卒中学会2017@ヒューストンに参加した.目的は私どもが報告したミクログリア細胞療法に対する意見を聞くこと(Sci Rep. 2017),そして学会前日に開催された創薬研究に関するシンポジウムに参加することであった.このシンポジウムのタイトルは,"Bridge Over Troubled Water "であった.ご存知,サイモン&ガーファンクルの代表曲である.歌詞に「Like a Bridge over troubled water, I will lay me down」つまり,大切な人の身にふりかかる苦難を,荒れ狂う流れに例えて,僕はそこにかかる橋になろう(君はそこを渡って行けばいい)という自己犠牲と励ましの歌といえる.このタイトルを用いたのは,脳卒中の創薬研究の現状は「荒れ狂う流れ」であり,そこに「いかに橋を渡して」基礎研究を臨床応用につなげるかという意味である.このテーマをもとに5人の基礎・臨床の研究者が講演を行ったが,全体を通して重要と指摘されたことを以下に列挙する.脳卒中では,ここまで行わねば,動物モデルで得た知見をヒトに応用できないということにたどりついたわけである.脳卒中以外の研究領域にも大きな教訓になるのではないかと思う.

【前臨床試験の信頼度を上げる】
・治療を目指す脳卒中の病型(脳梗塞であれば塞栓症,血栓症,小血管病)に合致した動物モデルを選択する.
・複数の動物モデルで,薬剤の効果を確認する.
・一過性虚血モデルと永久虚血モデルの両者で,薬剤の効果を確認する.
・オスとメスで,薬剤の効果・副作用を確認する(女性のみ副作用が出現し,臨床試験中止になった薬剤が複数ある).投与数をそのままにすると,オスメス各群Nが半分になり検出力が落ちるが,統計は2 way-ANOVAを用いて全例を組み込む.
・複数の研究室で,薬剤の効果を確認する.
・培養細胞の低酸素・低糖刺激(OGD)は,細胞の種類により反応が異なるため,脳梗塞の病態を直接反映するものではないことを認識する.
・実験の再現性の向上のため,STAIR(stroke treatment academic roundtable),RIGOR,CAMARADESといった勧告に則った研究を行なう.実験デザイン,手技,解析についての透明性を向上する(下記文献を参照).
・サンプルサイズ推定,ランダム化,盲検化,予め定めたinclusion/exclusion criteriaを記載する.
・単に「統計学的に有意である」を超えた強力な効果を示す治療を見出す.
・出版バイアスを認識する(良い結果のみ論文になり,効果が強調されやすい.効果がないという論文は,脳虚血実験において全体のわずか2%).

【動物実験と臨床試験のあいだのgapを埋めるためのヒト試料の利用】

・Rodent are not little men!(げっ歯類は小さな人ではない.進化の過程では7500万年も前に分かれている)
・げっ歯類とヒトでは,代謝,サイズ,心拍出量,白質体積,神経発達,寿命,高次認知機能,免疫システムなどさまざまな違いがある.
・さらにヒトには高次の皮質機能があること,共存症(高血圧,糖尿病,高脂血症,加齢,認知障害,喫煙,アルコール)があること,治療開始までの遅れがあることも異なる.
・衝撃的な例として,脳出血3日目に病変に集まる細胞の種類が,ヒトとげっ歯類では異なっていることも示された.
・このため,ヒトの試料で,薬剤の効果を確認すべき.ヒトとげっ歯類の両方の試料をもちいて研究をすすめる.
・マウスは細胞特異的ノックアウト,光遺伝学,キメラ,欠失などヒトで検討できないことができる.
・ヒトの研究で見出した知見をさらに動物モデルで検証(機能解析,治療効果確認)する(Reverse translation, From bed to bench side).
・げっ歯類の検討で見出した標的分子が,実際にヒトの脳で発現するか?薬剤がヒト細胞でも目的とするpathwayに効果を及ぼすか?を確認する.
・最終的にはげっ歯類ではなくヒトにおいて,薬剤の用量,薬理動態,治療可能時間を検討することを認識する.
・ヒト試料としては,末梢血,尿,便,iPS由来神経細胞・アストロサイト・ミクログリア,髄液,神経画像(分子MRI,機能画像,PETを含む),病理標本,凍結脳がある.

【参考文献】
Landis SC et al. A call for transparent reporting to optimize the predictive value of preclinical research. Nature. 2012 Oct 11;490(7419):187-91.

Maric-Bilkan C, et al. Report of the National Heart, Lung, and Blood Institute Working Group on Sex Differences Research in Cardiovascular Disease. Hypertension. 2016 May;67(5):802-7.


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バビンスキー徴候の原著を初めて見る

2017年02月17日 | 医学と医療
バビンスキー徴候は,Joseph Babinski先生(1857-1932:ポーランド語でバビニスキ,フランス語でババンスキー)が1896年に記載した,臨床神経学においてもっとも有名な神経徴候である.バビンスキー反射と呼ばれることもあるが,足底皮膚反射のなかのひとつの徴候(sign)であり,「足底皮膚反射のなかのバビンスキー反射という二重構成になるので好ましい表現ではない」と平山惠造先生の神経症候学には記載されている.

実はバビンスキー徴候の原著(1986)は学会の抄録であり,わずか28行の報告であったことは,知る人ぞ知る臨床神経学の歴史の1ページである.しかもこの原著は初版のみで一切増刷されなかったため,入手することが極めて困難と言われていた.しかし今月号のLancet Neurology誌を眺めていたところ,その原著の写真があり,初めて目にすることができた(写真).パリの古い書店に保管されていたそうである.残念ながら自分はフランス語を読むことができないが,感謝すべきことに高橋昭名古屋大学名誉教授が全文を邦訳されておられるので,以下,ご紹介したい(脊椎脊髄28;234-237, 2015).

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【いくつかの器質性中枢神経系疾患における足底皮膚反射について】
私は中枢神経系の器質的病変による片麻痺例,下肢の単麻痺例において,足底皮膚反射の乱れ(perturbation)を観察したので,以下に略述する.
足底(注:踵から趾の基部までの範囲)を刺すことにより,正常側では,正常者で通常みられるのと同様に,大腿が骨盤に対して,下腿が大腿に対して,足が下腿に対して,趾が中足に対して,それぞれ屈曲が誘発される. 麻痺側では,大腿,下腿,足の屈曲は同様である.しかし,趾(複数)は屈曲することなく,中足に対して伸展運動をきたす.
これは,発症後わずか数日しか経っていない新鮮な片麻痺例でも,また数ヶ月経った痙性片麻痺例でも観察された;これは,趾の随意運動が不可能な患者でも,また趾の随意運動がまだ可能な症例でも確認した;しかし,この異常は恒常的なものではないことを付記しなければならない.
足底の針刺激後の趾の伸展運動は脊髄の器質病変による下肢の対麻痺の多数例でも観察した.
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これを読み,おやっと思ったことは,Babinskiは,足趾(複数)の屈曲は足底の痛み刺激で誘発されると指摘していることである.つまりこの時点では,必ずしも母趾に限っているわけではないこと,こする刺激ではなく痛み刺激であること,そして刺激部位についても詳細に言及していないことに注目する必要がある.

2年後,Babinskiは1898年の論文で,より詳しい観察をまとめ,母趾が伸展すること,こする場所は足底の外側であること,麻痺の強さと出やすさは関係がないこと,錐体路の障害で生じること,新生児でもみられること,ヒステリー・ミオパチー・末梢神経疾患では認めないこと(注:Babinskiの師であるCharcotは晩年,ヒステリーの研究に没頭したことが影響し,ヒステリーで見られない客観的所見を探していた)などを記載している.さらに1903年に,開扇現象(足底の刺激により,しばしば趾の1本ないし数本の外転がみられること;fanning)を報告している.

高橋昭先生は,Babinskiによる上記の3つの報告は,「単なる発見と記載のみでなく,多くの症例の観察を通し,系統的,科学的,分析的に研究を推進して,この現象と器質的な錐体路病変との関連を強調した点に意義がある」と記載されておられる.まったくその通りであると思う.

ちなみに高橋先生の総説では,豊倉康夫先生によるバビンスキー徴候の誘発手技についても紹介されている(Clin Neurosci 18;478, 2000).これによると「下腿の位置はやや外旋位,膝は軽い屈曲ないし伸展位とし,頸は反対側に向け,足の温度は暖かくし,長時間歩行をさせ,緊張時・交感神経緊張状態」に行うとより出やすいようである.Babinskiに劣らず症例の観察を行っていることを示すものであり,感嘆せずにいられなかった.



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