昨年のNew Eng J Med誌に,Transient Smartphone Blindness(TSB),すなわち,スマートフォンを見た直後に,一過性の単眼の視力消失を繰り返した2人の女性例が報告された(N Engl J Med 2016;374:2502–2504).この現象は,神経内科領域では,一過性脳虚血発作(黒内障)と誤診されうる.今回,さらに多発性硬化症との鑑別が困難であった症例がNeurology誌に報告されたので紹介したい.
症例は,58歳女性,2度の右眼の一過性視力消失を呈した.明け方,左側を下にしてベッドに横になり,10~15分スマホを見て,その後,立ち上がろうとした時に,10~15秒間,右眼の無痛性視力消失を呈した.1分ほどかけて徐々に視力は改善し,元通りになった.その他の神経症状や起立性低血圧症状はなし.既往歴に片頭痛,眼科疾患はなく,脳卒中の危険因子もなし.家族歴もなし.視力,色覚,瞳孔,眼底等に異常なし.頭部MRIにて両側大脳白質に複数の点状の異常信号を認めたことから多発性硬化症が疑われた.しかし脊髄MRI,VEP,髄液検査は正常で,その他の代謝・感染・炎症性疾患も否定的であった.病態修飾療法が考慮されたものの見送られた.半年後のMRIでは変化なし.最終的にTSBと診断し,画像所見は小血管病によるものと判断した.
なぜこのような現象が生じるのであろうか?この生理現象は,両眼の網膜の周辺光に対する順応の違いによって生じるものと考えられている.まず,スマホなどの電子機器を,寝た姿勢などにより単眼で見ることが引き金になる.自分もよく寝床でiPADを見ているが,しばしば片眼で見ていることに気づいていた.これは,左右いずれか一側を下にして横になると,枕などに顔が沈んで,下になっている側の眼が隠され,機能的に閉じた状態になるためだ(また自分の場合,画面が眼に近すぎると焦点が合いにくく,意識して片眼を閉じることもある).その結果,下になっている側の眼の網膜は光が届かず,暗順応の状態になる.一方,上になっている側の網膜は電子機器の強い光に晒され,明順応の状態になる.そして,スマホを見るのをやめた途端,両眼は電子機器よりも薄暗い周辺光を見ることになる.このとき,暗順応した側の眼は光を正常に知覚するが,明順応した側の眼は弱い光のため一時的に見えなくなってしまうのだ.これがTSBの仕組みであり,原著では20分間,スマホを片眼で使用したあと,実際に網膜の光感受性が低下することを網膜電図で確認している(図右).
以上より,TSBは生理現象ではあるものの,無痛性・一過性の単眼の視力消失の鑑別診断として考慮する必要がある. 脱髄疾患や一過性脳虚血発作(黒内障)と誤ることは,無用の治療につながることになる.正しく診断するためには,この現象を認識し,視力消失時の状況として,(1)寝床での電子機器の使用の有無,(2)その時の体位,(3)視力消失した側の眼で電子機器を見ていたか,を確認することが大事である.また一般のひとも無用の不安な思いをしないで済むように,このような現象があることを知っておく必要がある.
Alim-Marvasti A, et al. Transient smartphone “blindness”. N Engl J Med 2016;374:2502–2504.
Sathiamoorthi S, et al. Transient smartphone blindness: relevance to misdiagnosis in neurologic practice. Neurology 2017 (on line)
症例は,58歳女性,2度の右眼の一過性視力消失を呈した.明け方,左側を下にしてベッドに横になり,10~15分スマホを見て,その後,立ち上がろうとした時に,10~15秒間,右眼の無痛性視力消失を呈した.1分ほどかけて徐々に視力は改善し,元通りになった.その他の神経症状や起立性低血圧症状はなし.既往歴に片頭痛,眼科疾患はなく,脳卒中の危険因子もなし.家族歴もなし.視力,色覚,瞳孔,眼底等に異常なし.頭部MRIにて両側大脳白質に複数の点状の異常信号を認めたことから多発性硬化症が疑われた.しかし脊髄MRI,VEP,髄液検査は正常で,その他の代謝・感染・炎症性疾患も否定的であった.病態修飾療法が考慮されたものの見送られた.半年後のMRIでは変化なし.最終的にTSBと診断し,画像所見は小血管病によるものと判断した.
なぜこのような現象が生じるのであろうか?この生理現象は,両眼の網膜の周辺光に対する順応の違いによって生じるものと考えられている.まず,スマホなどの電子機器を,寝た姿勢などにより単眼で見ることが引き金になる.自分もよく寝床でiPADを見ているが,しばしば片眼で見ていることに気づいていた.これは,左右いずれか一側を下にして横になると,枕などに顔が沈んで,下になっている側の眼が隠され,機能的に閉じた状態になるためだ(また自分の場合,画面が眼に近すぎると焦点が合いにくく,意識して片眼を閉じることもある).その結果,下になっている側の眼の網膜は光が届かず,暗順応の状態になる.一方,上になっている側の網膜は電子機器の強い光に晒され,明順応の状態になる.そして,スマホを見るのをやめた途端,両眼は電子機器よりも薄暗い周辺光を見ることになる.このとき,暗順応した側の眼は光を正常に知覚するが,明順応した側の眼は弱い光のため一時的に見えなくなってしまうのだ.これがTSBの仕組みであり,原著では20分間,スマホを片眼で使用したあと,実際に網膜の光感受性が低下することを網膜電図で確認している(図右).
以上より,TSBは生理現象ではあるものの,無痛性・一過性の単眼の視力消失の鑑別診断として考慮する必要がある. 脱髄疾患や一過性脳虚血発作(黒内障)と誤ることは,無用の治療につながることになる.正しく診断するためには,この現象を認識し,視力消失時の状況として,(1)寝床での電子機器の使用の有無,(2)その時の体位,(3)視力消失した側の眼で電子機器を見ていたか,を確認することが大事である.また一般のひとも無用の不安な思いをしないで済むように,このような現象があることを知っておく必要がある.
Alim-Marvasti A, et al. Transient smartphone “blindness”. N Engl J Med 2016;374:2502–2504.
Sathiamoorthi S, et al. Transient smartphone blindness: relevance to misdiagnosis in neurologic practice. Neurology 2017 (on line)