Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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医師のバーンアウトについて学び,予防するための必修セミナー@日本神経学会

2024年02月29日 | 医学と医療
日本神経学会では以前より医師のバーンアウトの予防に積極的に取組んでいます.この一環として,標題のウェブセミナーを3月23日(土)13:00〜15:00に開催いたします.今回は国立病院機構東名古屋病院の饗場郁子先生がオーガナイザーとなり,3つの講演をお聴きいただくことができます(①基本的知識を学ぶ,②米国の取り組みを学ぶ,③実例から学ぶ,といった内容です).参加費は無料で,学会員でなくてもどなたでもご参加いただけます.

①の牧石徹也教授(島根大学)は「医師の燃え尽き症候群(バーンアウト)(金芳堂)」という本をご出版されておられます.
②は当科(岐阜大学脳神経内科)の若手の山原直紀先生,大野陽哉先生が,米国神経学会で学んできたことを発表してくださいます.
③の古井由美子先生は臨床心理士の先生で,以前のセミナーのご講演も好評でした.

下記リンクよりお申し込み可能です.ぜひ多くの方にバーンアウトについて学んでいただき,ご自身や周囲の仲間を守る知識と知恵を身につけていただきたいと思います.どうぞ宜しくお願いいたします.

お申し込みはここをクリック




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アミロイド時計 ―アルツハイマー病発症前のバイオマーカー変化の確定と社会への影響―

2024年02月28日 | 認知症
【米国からのアミロイド時計の報告】
アルツハイマー病(AD)におけるバイオマーカーの変化のタイミングを推定するために,アミロイドPETを基準にして「時計」をつくるというワシントン大学からの試みが,最新号のAnn Neurol誌に報告されています.アミロイドPET陽性コホートの118人(70.4±7.4歳;認知機能障害はうち16%)と陰性コホート(すべての検査でアミロイド負荷が低レベル,かつ検査時に認知機能障害なし)の277人を比較しています.結果として,バイオマーカーの変化は,脳脊髄液(CSF) Aβ42/Aβ40,血漿Aβ42/Aβ40,CSF pT217/T217,およびアミロイドPETでは,推定症状発現の15~19年前に異常が検出されました.つぎに血漿pT217/T217,CSF neurogranin(シナプス関連蛋白),CSF SNAP-25(シナプトソーム関連タンパク質),CSF sTREM2(神経炎症マーカー),血漿GFAP,血漿NfLでは推定症状発現の12~14年前に,CSF pT205/T205,CSF YKL-40(神経炎症マーカー),海馬体積,認知指標では推定症状発現の7~9年前に異常が検出されました(図1左).



また2月23日に血漿中pT217によるADのステージ1診断をご紹介しましたが,血漿AβとpT217はCSFデータとほぼ同等にAD病態を予測することも示されています(図2).



この論文を読み,ADにおける「アミロイドβ→タウ→神経変性」というカスケードの経時変化がよく理解できました(図1左).そしてこの論文の重要点は,カテゴリー的な病期(ステージ)分類ではなく,連続的な病期分類を提案している点です.つまりアミロイド時計に基づく上述の推定年数が,孤発性ADの「連続的な病期分類」となる可能性が示唆されるわけです.
Li Y, et al. Timing of Biomarker Changes in Sporadic Alzheimer's Disease in Estimated Years from Symptom Onset. Ann Neurol. 2024 Feb 24.(doi.org/10.1002/ana.26891)

【中国からの報告】
そして中国からも同じタイミングで,孤発性ADで,臨床診断される前の20年間を検討した研究が報告されました.ADを発症した648人と,認知機能が正常であった648人を対象とし,両群におけるCSFバイオマーカー,認知機能検査,画像検査の経時的変化を検討しています.診断前に変化が生じる期間はAβ42で18年,Aβ42/Aβ40で14年,リン酸化タウ181で11年,総タウで10年,NfL鎖で9年,海馬体積で8年,認知機能低下で6年でした.認知機能障害が進行するにつれて,AD群のCSFバイオマーカー値の変化は最初,加速し,その後緩やかになることも示しています(図1右).
Jia J, et al. Biomarker Changes during 20 Years Preceding Alzheimer's Disease. N Engl J Med. 2024 Feb 22;390(8):712-722.(doi.org/10.1056/NEJMoa2310168)

【2つの報告の比較とパーキンソン病の場合】
最初の論文の責任著者であるSuzanne E Schindler教授は,自身のTwitterで以下のようにコメントしています.「両論文は,バイオマーカーアッセイの違いや全く異なる分析アプローチにもかかわらず,バイオマーカー変化の時期について驚くほど類似した推定値を示している!異なる集団が異なるコホートと方法を用いて同じ答えを得るのを見るのは心強いものだ.このような結果の一致が,私の科学への愛情を一層深めてくれる!」まさに同感で,それが科学の真実であり面白いところだと思います.

髄液 Aβ42 : Jia 18 years; Li 15 years
髄液 Aβ42/40 : Jia 14 years; Li 19 years
髄液 p-tau181 : Jia 11 years; Li 13 years
髄液 t-tau : Jia 10 years; Li 14 years
髄液 NfL : Jia 9 years; Li 12 years
海馬体積 : Jia 8 years; Li 8 years
認知機能低下 : Jia 6 years; Li 7-8 years

このようにPET陽性患者はそれ以前に,さまざまなバイオマーカーの経時的変化が生じていることが証明されたと言えます.おそらく今後,同様の図が他の変性疾患でも示されることと思います.図3は最近,報告された論文のパーキンソン病のものです.今後,この図に複数のバイオマーカーが追加されるものと思います.



Simuni T, et al. A biological definition of neuronal α-synuclein disease: towards an integrated staging system for research. Lancet Neurol. 2024 Feb;23(2):178-190.(doi.org/10.1016/S1474-4422(23)00405-2.)

【今後の課題】
このようにADに関する研究は急速に進んでいますが,この知見をどのように臨床において役立てるのかは慎重な議論が必要だと思います.なぜなら社会への影響が大きいと考えられるためです.2月23日にご紹介したADステージ1を導入したときの様々な懸念が現実味を帯びてきます.

1)認知機能障害を発症しないかもしれない人々が含まれているのにADステージ1と呼んでよいか?
ワシントン大学の論文で,アミロイドPET陽性コホート118人のうち,CDRによる認知機能障害はわずか16%に過ぎなかったとの記載があります.検査で陽性となった人が必ずしもADを発症するわけではないのだと思います.「PET陽性コホート=AD患者では必ずしもないこと」は重要だと思います.

2)認知機能に問題のない人に,AD発症の10-20年前に将来リスクがあることを知らせることは許されるのか?
リスクを知ることで,抑うつや不安,自殺願望に悩まされることが知られています.強力な予防療法があればよいですが,現実のAβ抗体薬は効果が微妙,副作用リスクがあり,かつ極めて高額な状況です.

3)検査結果が陽性となれば,雇用主や生命保険,障害保険,介護保険を提供する会社から差別を受ける可能性があるのではないか?

4)認知機能障害のない人(ステージ1)に対して抗体薬が有効であるというエビデンスは今のところないにも関わらず,抗体薬を処方する医師が現れるようになるのではないか?

近い将来,ステージ1患者に対する臨床試験が行われる可能性が高いです.発症前ADを巡る問題は一部の研究者や製薬企業だけの問題では当然なく,幅広い人々が関わる国民的な議論が必要だと思います.

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(2月24日)  

2024年02月24日 | COVID-19
今回のキーワードは,long COVIDの原因,持続感染の頻度は1000人から200人に1人(0.1〜0.5%),long COVIDのバイオマーカーとしてIFN-γが有望である,抑うつ症状や頭痛を合併する場合,long COVIDによる疲労は回復しにくい,我が国におけるCOVID-19罹患後症状の自然歴,ワクチン接種はlong COVIDによる負担を軽減する重要な手段である,brain fog患者における血液脳関門の破綻の初めての描出,SARS-CoV-2ウイルスは破壊されたあと二本鎖RNAと「再集合」して炎症を起こす,ウイルス制御に関連するのはT細胞応答と粘膜IgA応答である,補体系の過剰活性化はlong COVIDにも関与する,です.

つぎつぎにlong COVIDの臨床像や病態機序が明らかにされています.持続感染を呈する頻度は0.1〜0.5%,long COVIDの有望な診断バイオマーカーとしてIFN-γが同定されたことは大きなニュースです.また病態機序として明らかにされたSARS-CoV-2ウイルスが血液脳関門の破綻をきたすことや,破壊されたウイルスが二本鎖RNAと「再集合」してしつこく炎症をきたすことなどあらためて厄介なウイルスだと思いました.油断せず感染対策を行い,間隔が空いたらワクチン接種を検討することが必要だと思います.

◆long COVIDの原因,持続感染の頻度は1000人から200人に1人(0.1〜0.5%).
Long COVIDの機序のひとつとして持続感染が確立しているが,その有病率やウイルスの動態については不明である.英国オックスフォード大学は,SARS-CoV-2 RNAが少なくとも30日間持続して検出される381人を同定した.うち54人は少なくとも60日間ウイルスRNAが認められ,ウイルス複製が継続していることが示唆された(図1).持続感染者は非持続感染者に比べ,long COVIDを訴える頻度が50%以上高かった.著者らは0.1〜0.5%の感染者が持続感染となり,少なくとも60日間持続すると推定している.一般集団では絶滅したウイルス株に感染したままの人がいた.対照的に同じ変異株に再感染することは非常にまれであった.また65人は3回以上のPCR検査を受けていたが,大部分(82%)はウイルス量の動態が高値,低値,また高値とリバウンドしていた.これはウイルスが長期間の感染でも活発に複製する能力を維持していることを示唆するものである.
Nature (2024). 21 Feb, 2024 (doi.org/10.1038/s41586-024-07029-4)



◆long COVIDのバイオマーカーとしてIFN-γが有望である.
英国から高感度FluoroSpotアッセイを用いて,long COVID患者の末梢血単核球から持続的に高レベルのIFN-γが放出されることを示した研究が報告された.このIFN-γ放出は,急性感染から回復した患者と異なり,生体外ペプチド刺激がない場合にも認められ,long COVID患者では持続的に上昇したままであった(図2).IFN-γの放出はCD8+T細胞を介し,CD14+細胞(単核球)による抗原提示に依存していた.また症状の改善・消失は,IFN-γ放出がベースラインレベルまで減少することと相関していた.以上より,long COVIDのバイオマーカーとしてIFN-γが有望で,治療薬の探索にも有用な可能性がある.
Sci Adv. 2024 Feb 23;10(8):eadi9379.(doi.org/10.1126/sciadv.adi9379)



◆抑うつ症状や頭痛を合併する場合,long COVIDによる疲労は回復しにくい.
ドイツからlong COVIDの症状(疲労や認知機能障害)が回復しにくい危険因子を特定することを目的とした研究が報告された.参加者3038人がベースライン時(感染から9ヶ月後),FACIT-FatigueまたはMoCAを用いると,21%に疲労があり,23%に認知機能障害を認めた.これらは時間経過とともに改善し,約半数は2年以内に回復した(それぞれ46%と57%;図3).しかしベースライン時に疲労に加え,高度の抑うつ症状および/または頭痛を認めた患者は,回復の可能性が有意に低かった.また認知機能が回復しない危険因子は,男性,高齢,12年間未満の学校教育歴であった.SARS-CoV-2の再感染は疲労や認知機能障害の回復に有意な影響を及ぼさなかった.
eClinicalMedicine. 2024 Feb 3;69:102456.(doi.org/10.1016/j.eclinm.2024.102456)



◆我が国におけるCOVID-19罹患後症状の自然歴.
広島大学から2020年3月から2022年7月までのlong COVIDの有病率に関する検討.合計2421人(成人1391人,小児1030人;入院36.7%)から回答を得た.感染から調査までの期間は295日であった.初回の回復時,罹患後症状の有病率は成人で78.4%,小児で34.6%.3ヵ月後には47.6%,10.8%で,1年以上に経つと31.0%,6.8%となった.日常生活に支障をきたす症状は304人(12.6%)が3ヵ月以上持続した.危険因子として,年齢,女性,糖尿病,デルタ株期間中の感染,喫煙が挙げられた.ワクチン接種歴と罹患後症状との間に有意な関連は認めなかった.
Sci Rep. 2024 Feb 16;14(1):3884.(doi.org/10.1038/s41598-024-54397-y)

◆ワクチン接種はlong COVIDによる負担を軽減する重要な手段である.
米国からワクチン接種とlong COVIDの有病率の関連を検討した研究が報告された.成人COVID-19患者4695人のデータを用いた.罹病期間30日および90日以上のlong COVIDの調整有病率は,未接種群と比較して接種群で低かった(それぞれ0.57,および0.42).つまり発症前にワクチン接種を行った成人では有病率は43~58%低くなり,ワクチン接種はlong COVIDによる負担を軽減する重要な手段と考えられた.
Ann Epidemiol. 2024 Feb 19:S1047-2797(24)00031-0.(doi.org/10.1016/j.annepidem.2024.02.007)

◆brain fog患者における血液脳関門の破綻の初めての描出.
アイルランドから,long COVIDおける血液脳関門(BBB)の機能を検討した研究が報告された.Brain fogを伴うlong COVID患者において,BBB機能を評価する動的造影MRIやS100β蛋白質を用いてBBB破綻が生じていることを初めて示した(図4).また末梢血単核球のトランスクリプトーム解析から,brain fog患者では凝固系の調節障害と適応免疫応答の減弱が生じていることが明らかになった.さらに患者末梢血単核球はin vitroでヒト血管内皮細胞への接着が亢進し,患者血清を血管内皮細胞に暴露させると炎症マーカー発現が誘導された.以上より,持続的な全身性炎症と局所的BBB破綻がbrain fogに関与していると考えられた.
Nat Neurosci. 2024 Feb 22.(doi.org/10.1038/s41593-024-01576-9)



◆SARS-CoV-2ウイルスは破壊されたあと二本鎖RNAと「再集合」して炎症を起こす.
UCLA主導の研究チームは,宿主により破壊されたあとのSARS-CoV-2ウイルスの断片が体内の自然免疫ペプチドの働きを模倣することによって炎症を引き起こす可能性があることを示した.この免疫ペプチドは二本鎖RNAと「再集合」してハイブリッド複合体(XenoAMP-dsRNA)となり,免疫反応を刺激する.この複合体は,多様な非感染細胞(上皮細胞,内皮細胞,ケラチノサイト,単球,マクロファージ)のサイトカイン分泌を増幅する.この複合体を非感染マウスに投与すると,COVID-19患者と同様に血漿中のIL-6とCXCL1レベルが上昇した.通常,ウイルスが破壊された後,ウイルスの断片は免疫系が将来認識できるように訓練するためだけに使われるが,COVID-19ではそんな単純なものではなく,ウイルスの残骸が「ゾンビ」複合体を作り,宿主に炎症をもたらす.
Proc Natl Acad Sci U S A. 2024 Feb 6;121(6):e2300644120.(doi.org/10.1073/pnas.2300644120)

◆ウイルス制御に関連するのはT細胞応答と粘膜IgA応答である.
英国で行われた人体実験との批判もあるSARS-CoV-2ヒト感染試験の論文.ウイルス接種後早期における自然免疫反応と適応免疫反応を解析した.34人の若年成人にD614G変異株を鼻腔に接種したところ,18人(53%)が感染した.鼻腔や咽頭でのウイルス量は感染後5日目が最大,これに伴い鼻腔ではⅠ型インターフェロンを含む種々のサイトカインが上昇した(自然免疫).この後,鼻腔および血中でスパイクタンパク質に対する抗体レベルが上昇するとともにT細胞の活性化が見られた(獲得免疫).これに伴い,鼻腔中のウイルスは次第に減少し,感染14日目でほとんど消失した.ウイルス制御と強く関連していたのは,CD8+T細胞応答(ウイルス感染細胞の除去)と早期粘膜IgA応答(局所でのウイルスの不活化)であった.現在のワクチンはT細胞や抗体を誘導するものの,粘膜面のIgAレベルはあまり上昇しない.今後のワクチンの課題と言える.図5に免疫反応の経時変化を示す.
Sci Immunol. 2024 Sep 2;9(92):eadj9285.(doi.org/10.1126/sciimmunol.adj9285)



◆補体系の過剰活性化はlong COVIDにも関与する.
英国より,SARS-CoV-2の感染歴がある健常回復者79人およびlong COVID患者166人における補体を定量した研究が報告された.古典的経路(C1s-C1INH複合体),代替経路(Ba因子,iC3b),終末経路(C5a,TCC:終末補体複合体)の活性化マーカーは,long COVID患者で有意に上昇していた.これらのマーカーの組み合わせによるAUCは0.794であった.その他の補体蛋白や調節因子も,健常回復者とlong COVID患者で異なっていた.さら機械学習により臨床的に扱いやすい組み合わせであるiC3b,TCC,Ba因子,C5aが0.785の予測能を持つことが示された.以上より,補体バイオマーカーがlong COVIDの診断を容易にし,さらに補体活性化阻害薬がlong COVIDの治療に使用できる可能性が示唆された.
Med. 2024 Feb 14:S2666-6340(24)00041-2.(doi.org/10.1016/j.medj.2024.01.011)



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アルツハイマー病の新たな定義の提案と今後生じる重大な臨床的・倫理的・経済的問題

2024年02月23日 | 認知症
【アルツハイマー病を血液で診断する時代に入る】
リン酸化タウ(p-tau)はアルツハイマー病(AD)の血液バイオマーカーであり,p-tau217が最も有用であると考えられています.先月のJAMA Neurol誌に,血漿p-tau217を測定する市販の免疫アッセイ(ALZpath pTau217 Assay)の有用性を検証した研究が報告されています.786名の参加者にアミロイドPET,タウPET,脳脊髄液バイオマーカー,そしてALZpath pTau217 Assayを行い,詳細は触れませんが,結論として,このアッセイにより脳脊髄液と同程度に血液で「生物学的AD(biological AD=臨床症状ではなく生物学的指標により診断するAD)」を正確に同定できること,かつp-tau217は発症前の前臨床段階を含め経時的に増加することを確認しています.

現在,抗アミロイドβ抗体レカネマブの適応を決める検査として,アミロイドPET検査と脳脊髄液検査が使用されていますが,高額であったり侵襲的であったりするため,近い将来,この血液検査に置き換わっていくものと推測されます.実際に米国ではその動きが始まっていますが,それはADの定義自体を抜本的に拡大しようとするものです.これがLos Angeles Times紙に記事としてまとめられており,非常に分かりやすいのでご紹介します.



【アルツハイマー病の新たな定義の提案】
新しいADの定義とは,記憶力に問題のない人であっても,血液でアミロイドβやタウが上昇していることが確認された人は,ステージ1のADと診断されるというものです.認知機能は正常でも,抑うつ,不安,無気力などが認められればステージ2,そして軽度認知障害(MCI)がステージ3,軽度,中等度,重度の認知症患者はそれぞれステージ4,5,6となります.

つまり「ADになるのに認知機能障害はもはや必要なく,血液検査が陽性であればよい」ということで,ADとは何かを再定義するものです.この認知症状のないAD患者という新しい病型を作るというアルツハイマー病協会(Alzheimer’s association)の計画は,10年以上前に具体化し始め,2011年と2018年に診断基準を更新する提案に盛り込まれ,この動きが昨年から本格化しました.これを提案する産業界と科学者からなるパネルメンバーは,「患者が早期に治療を受ければ受けるほど,より効果的である」と主張しています.ADの初期症状を持つ患者に対するレカネマブが使用可能になったことが,この動きに拍車をかけました.もしこの提案が認められれば,何百万もの正常な認知機能を持つアメリカ人が,血液検査を行うとADと診断されることになると新聞に書かれています.

【新たな定義に対するさまざまな批判】
科学と医学の進歩は人類に多大な恩恵をもたらしていますが,新たな技術や発見が登場するたびに,それに伴う倫理的な問題や懸念も浮上してきます(例:臨床試験と人体実験,遺伝子編集技術,人工知能と医療など).ADの再定義がなされると様々な問題が生じることが容易に予測されます.以下,列挙します.

1)検査で陽性となった人が必ずしもADを発症するわけではない.記事では検査陽性であっても,生涯に認知症を発症するリスクは23%という研究が紹介している.認知機能障害を発症しないかもしれない人々をステージ1と呼ぶことは適切ではないという批判がある.

2)認知機能に問題のない人が,アミロイドβやタウ値が異常であることを知ると,抑うつや不安,自殺願望に悩まされることがあることが,これまでの研究で示されていること.

3)検査結果が陽性であれば,雇用主や生命保険,障害保険,介護保険を提供する会社から差別を受ける可能性があること.例えば「もし検査で陽性となった人が飛行機パイロットであった場合,そのことを航空会社に報告しなければならないのだろうか?」という問題がすぐさま生じる.

4)認知機能障害のない人(ステージ1)に対して抗体薬が有効であるというエビデンスは今のところないにも関わらず,抗体薬を処方する医師が現れるようになるかもしれないこと.

5)20名からなるパネルのうち少なからぬ人が,製薬会社に雇用されていたり,利益を得ていたりと,COIの問題があること.またこの計画がアルツハイマー病協会に利益をもたらすこと(例;多くのアメリカ人がADと診断されれば,寄付をする人の数も増えること).

日本では,米国のレカネマブ適正使用ガイドラインで推奨されたApoE遺伝子検査をいまだにできない状態が続いています.ApoE遺伝子検査が導入されれば臨床的・倫理的・経済的問題が生じることから,その議論を避けたのか,もしくは単純に考えが及ばなかったのは分かりませんが,その代償として患者さんにリスク・ベネフィットの情報を提供することができないまま処方するということが起きています.近い将来,簡単にできる血液検査に置き換わる可能性があるわけですが,同じことを繰り返してはならないと思います.上述の問題に対する議論を避け,無思慮に開始されることがないように,我々は注意深く見守っていく必要があります.

◆血漿p-tau217の論文
Ashton NJ, et al. Diagnostic Accuracy of a Plasma Phosphorylated Tau 217 Immunoassay for Alzheimer Disease Pathology. JAMA Neurol. 2024 Jan 22:e235319. (doi.org/10.1001/jamaneurol.2023.5319)

◆Los Angeles Times紙「Inside the plan to diagnose Alzheimer’s in people with no memory problems — and who stands to benefit」

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「脳神経内科診断ハンドブック 改訂2版」予約開始です!

2024年02月21日 | 医学と医療
今年2冊,私が編著を担当した書籍が出版されます.1冊目はこちらです.2022年1月に「多岐にわたる神経疾患について,最新のガイドライン・診断基準・重症度分類に準拠し必要な知識を1冊で勉強できる!」というコンセプトのもと出版された本の改訂版になります.第1版(左)が好評を博したことと,2年間でさまざまな診断基準や病型分類の改訂があったことから改訂をしました(右).これに伴い13ページほど厚くなりました.また表紙の色も濃いブルーからエメラルドグリーンに変わります.



日常診療で役立つように,各疾患の基本的事項,診断基準使用のコツ,臨床亜型,今後の課題を考えるうえで役に立つ診断基準の問題点を,各疾患のエキスパートの先生に解説していただきました.ぜひご活用いただければと存じます.脳卒中学会学術集会@横浜で先行販売しますが,すでに予約可能です.以下,リンク先と改訂2版の序文です.

アマゾン予約

中外医学社HP

第2版 序文
初版の発行から2年が経過しました.この間,本書が多くの皆様に受け入れられ,脳神経内科の診療や研鑽,そして研究に貢献していることを知り,大変嬉しく思っています.
しかし,発行後間もなく,診断基準や病型分類にさまざまな改訂があったことを踏まえ,早急な改訂を行うことにいたしました.初版の序文で触れました通り,脳神経疾患領域はまさに「病態修飾療法の時代」へと突入しており,より早期かつ正確な診断,より適切な分類と評価がますます求められています.改訂を通じて,本領域の急速な変化と進歩を改めて実感いたしました.
第2版では,自己免疫性てんかんに関する新しい章を加え,頭痛に関しても国際分類やガイドラインの変更に伴う大幅な改訂を行いました.また,それら以外のいくつかの項目においても全面的な改訂を実施いたしました.改訂作業は短期間で行いましたが,著者の皆様の熱意ある取り組みとご丁寧な対応に厚く御礼申し上げます.さらに改訂作業に尽力いただいた中外医学社のスタッフの皆様に深謝いたします.

2024年2月
岐阜大学大学院医学系研究科 脳神経内科学分野 下畑 享良

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神経疾患の危険因子としての起立性低血圧 (純粋自律神経不全症)

2024年02月20日 | パーキンソン病
2月15日の投稿で,若年性認知症の危険因子の1番目が起立性低血圧であることをご紹介し,パーキンソン病に伴う認知症やレビー小体型認知症(DLB)の早期徴候が捉えられた可能性があると記載しました.ちょうどこれに関連する研究が最新のBrain誌に報告されています.

純粋自律神経不全症(PAF)はαシヌクレインが自律神経系の神経細胞・グリア細胞に蓄積し,血管や心臓を支配する交感神経終末からのノルエピネフリン放出障害が生じる疾患で,起立性低血圧を主徴とします.PAFはパーキンソン病(PD),レビー小体型認知症(DLB),多系統萎縮症(MSA)といったαシヌクレイノパチーの前駆症状であることが知られ,将来,これらの疾患を発症する(phenoconversionする)可能性があります.今回,米国および欧州のPAF患者を最長10年間前向きに追跡した縦断的観察コホート研究が報告されました.

罹病期間の中央値が6年のPAF患者209人が登録され,うち149人が解析の対象となりました.平均追跡期間の3年間で48人(33%)がphenoconversionしました(PD 20人:42%,DLB 17人:35%,MSA 11人:23%).PAF患者は年間12%の確率でαシヌクレイノパチーにphenoconversionしました(図).いずれかに診断されるまでの早さは,登録時の排尿障害および性機能障害[HR:5.9および3.6],軽微な運動徴候(腕振りの左右差,小歩症,瞬目の減少,表情の乏しさ)[HR:2.7],嚥下障害[HR:2.5],発話の変化[HR:2.4]と関連していました.





文字の書にくさを報告した患者はPDになる可能性が高く(HR:2.6),台所の調理器具の扱いにくさを報告した患者はDLBになる可能性が高く(HR:6.8),さらにPAFの発症年齢が若い患者[HR:11],嗅覚が保たれている患者[HR:8.7],無汗症患者[HR:1.8],重度の排尿障害患者[HR:1.6]はMSAになる可能性が高くなりました.PDの自律神経学的な予測因子として最も優れていたのはtilt-table testの心拍数上昇の鈍化で,心臓交感神経性の障害を反映するものと考えられました(HR:6.1).

論文を読み,起立性低血圧を呈する患者を対象とした病態抑止療法の臨床試験が現実味を帯びてきたと思いました.例えばMSAに関しては,起立性低血圧に他の自律神経障害を認め,さらに嗅覚障害を認めない患者を対象とすることになると思います(prodromal MSA).

Vernetti PM, et al. Phenoconversion in pure autonomic failure: a multicentre prospective longitudinal cohort study. Brain. 15 February 2024. awae033, https://doi.org/10.1093/brain/awae033

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運転中に発症した脳卒中を診るとき確認すべきこと

2024年02月19日 | 脳血管障害
日本内科学会第252回東海地方会に参加しました.興味深い症例報告がありました.心原性脳塞栓の既往があり抗凝固療法中のトラックドライバーの男性が,運転中に事故を起こし救急搬送されました.左片麻痺があり,右M2閉塞を認め,脳梗塞が原因でした(NIHSS 11点).ただ最終健常確認時刻より4.5時間が過ぎていたこと,かつ頭部外傷を合併している可能性もあることから担当医はt-PAによる血栓溶解療法を躊躇しました.ところが所属する運送会社の機転でドライブレコーダーの提出があり,左片麻痺を来した様子が写っていて発症時間が特定でき,かつ頭部の打撲もないことも分かりました.このためt-PA療法を施行し,患者さんは速やかに症状が改善,早期に退院できました.

我が国においてトラックドライバーは脳・心疾患による過労死や事故が多い職種として知られているそうです.トラックドライバーに限らず,高齢ドライバーもドライブレコーダーを装備したほうが良いのかもしれません(最近の機種は車内も記録できるそうです).また運転中に発症した脳卒中を救急外来で担当する時,今後,ドライブレコーダー搭載の有無を確認する必要があるのだなと思いました.

ちなみに図はGPT-4に作ってもらいました(笑)

山田由紀乃先生ら(碧南市民病院神経内科).ドライブレコーダーにより発症時間が判明しt-PA療法で症状の改善を認めた1例.日本内科学会第252回東海地方会


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65歳未満の若年発症認知症発症に関わる15の要因

2024年02月15日 | 認知症
高齢発症の認知症の約40%は,12の危険因子を修正することによって予防・遅延できる可能性があると言われています(Lancet委員会報告)(過去ブログ).しかし65歳未満の若年発症認知症についてはよく分かっていません.遺伝的要因の関与が大きいものと思われがちですが,本当の原因が何であるか正確には分かっていません.

最新号のJAMA Neurology誌に,UK Biobankのデータを用いた前向きコホート研究が報告されています.35万6052人(!)の参加者を対象とした8年間の追跡調査の結果です.485例の若年発症認知症が認められ,10万人・年当たりの発症率は16.8人でした.発症率は40歳から5年ごとに増加し,女性よりも男性で高率でした.そして図に示す15の因子が発症と有意に関連することが分かりました.最も強力な危険因子が起立性低血圧で,ついでうつ病,アルコール中毒,脳卒中と続き,遺伝要因のApoE epsilon 4ホモ保有は5番目でした.よって「遺伝だから・・・」と諦める必要はないことになります.またこれまで報告のない4つの新たな危険因子が同定され,それは起立性低血圧,ビタミンD欠乏,CRP高値,社会的孤立でした.また中等度のアルコール摂取,より高い正規教育,身体の強さ(握力で評価)は防御的に作用していました.飲み過ぎはよくありませんが適度なら・・・ということで朗報です(笑).



驚いたのは起立性低血圧です.脳血流の一過性低下が認知機能に悪影響を及ぼす可能性もありますが,むしろパーキンソンに伴う認知症(PDD)やレビー小体型認知症の早期徴候が捉えられた可能性が考えられます.ビタミンDは神経変性に対する保護効果が指摘されているので,その欠乏が危険因子になるのは理解できます.ただ注意すべきはUK Biobankのコホートはほぼ白人ですので,日本人など他の集団には当てはめられるか不明な点です.

以上,若年性認知症であっても修正可能な危険因子があり,生活習慣の改善が有効であることが示唆されました.今後,認知症の予防法として周知する必要があります.おそらく次回のLancet委員会報告にこれらの結果は取り入れられるものと思います.
Hendriks S, et al. Risk Factors for Young-Onset Dementia in the UK Biobank. JAMA Neurol. 2024 Feb 1;81(2):134-142.(doi.org/10.1001/jamaneurol.2023.4929


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特発性正常圧水頭症の現在@Brain Nerve誌2月号

2024年02月13日 | 認知症
アルツハイマー病に対するレカネマブが実用化されましたが,その恩恵を受けるのは使用される患者さんだけではないと思います.それは認知症もしくは認知症が疑われる患者さんを診たときに,今まで以上に適切な診断を行われるようになるためです.とくに特発性正常圧水頭症(iNPH)を代表とする治療可能な認知症(treatable dementia)の診断は今後ますます重要になります.しかし問題が2つあります.1つ目は症状を呈していても老化によるものとして見過ごされることが多く,病院受診率が依然として低いこと(よってこの疾患の啓発の必要があること),そして2つ目はiNPHの診断は専門医でも必ずしも容易ではないことです.

このため編集委員をつとめるBrain Nerve誌で,特集「特発性正常圧水頭症の現在」を企画させていただきました.しばらくiNPHの特集をした医学誌がなかったこともテーマに選んだ理由です.本邦におけるiNPH研究は世界的にも質が高く,非常に多くの貢献をしていますが,その中心となった著者の先生方の熱心な筆致により,非常に濃厚で,大満足の1冊になりました.本特集では,2020年に改訂されたガイドライン第3版を概観しつつ,iNPHの症候学や画像所見,鑑別診断やシャント術後の予後予測など,下記のような幅広いテーマを網羅してあります.お手元に置いて,ぜひご活用いただければと思います.

アマゾンへのリンク

目次(医学書院へのリンク

特発性正常圧水頭症の症候学(森 悦朗)
特発性正常圧水頭症診療ガイドライン overview(數井裕光,河合 亮)
グリンパティック系と特発性正常圧水頭症(猪原匡史)
特発性正常圧水頭症の疫学・自然歴と遺伝(伊関千書)
特発性正常圧水頭症の鑑別診断──特に進行性核上性麻痺(大原正裕)
特発性正常圧水頭症の神経病理と最近の動向(宮田 元,大浜栄作)
特発性正常圧水頭症の最新画像診断(高橋竜一,石井一成)
特発性正常圧水頭症のバイオマーカー(中島 円)
特発性正常圧水頭症の外科的治療(喜多大輔)
特発性正常圧水頭症における髄液シャント術の予後予測(菅野重範,鈴木匡子)
特発性正常圧水頭症の運動障害とリハビリテーション(二階堂泰隆)


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多系統萎縮症におけるvocal flutter(音声粗動)と2つの臨床的意義

2024年02月12日 | 運動異常症
MSA-P 3例を対象とした興味深い症例集積研究が報告されています.パーキンソン病との鑑別にvocal flutter(音声粗動)という徴候が利用できるかもしれないというものです.図は出してもらった声を解析したものですが,ピンクの部分はpitch glide,すなわち音の高さを徐々に変化させる(一つの音から別の音へと声を滑らかに移動させる)状況で,500 ミリ秒の長さを示していますが,この間に3症例では健常者には認めない10回,9回,7回の「ゆらぎ」を認めます.Vocal flutterという現象です.vocal tremorという徴候もありますが,vocal tremorは1-3 Hzと低周波数であるのに対し,flutterは8Hzを超える高周波数で,両者は音響的には区別できるようです.著者らはflutterの原因として,MSAに認める喉頭機能障害を推測しています.



じつはこの論文にも引用されてますが,私たちのチームは以前,「MSAでは覚醒時に喉頭披裂筋の振戦様運動が生じること,かつこれが鎮静下の声門外転不全の重症度を示す指標となる可能性があること」を報告しています(Ozawa T et al. Mov Disord. 2010;25:1418-23).よってMSAで声にふるえが出るのは当然と思っていたのですが,この研究のように客観的にそれを示すことを考えませんでした.方法は比較的簡単で,同じ音(この論文では「あ」の音)を持続的に発声し,つぎにピッチを変えてもらい,それをPraatというフリーウェアで録音すると簡単に音声信号を視覚化できてしまいます.

この論文を読んで思ったのは,vocal flutterはMSAとPDを鑑別するだけでなく,MSAにおいて声帯開大不全が存在することを示唆するマーカーになる可能性があるということです.声帯開大不全の評価はプロポフォール鎮静をかける大掛かりな検査になるので,vocal flutterで代用できれば有益だと思います.MSA患者さんの診察に,持続的発声を追加したいと思います.

Mir MJ, et al. The Vocal Flutter of Multiple System Atrophy: A Parkinsonian-Type Phenomenon? Mov Disord Clin Pract. 2024 Feb 5.(doi.org/10.1002/mdc3.13988


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