Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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CANVASの鑑別診断としてSCA27Bを考える必要がある

2023年07月31日 | 脊髄小脳変性症
小脳性運動失調症に加え,ニューロパチー,両側性前庭障害を呈するCANVAS(Cerebellar ataxia with neuropathy and vestibular areflexia syndrome)を代表とするRFC1遺伝子関連スペクトラム障害(Brain Nerve 2022年11月号に特集号)は本邦でも少なからず存在し注目されています.今回,ヨーロッパからの報告で,その鑑別診断として,線維芽細胞増殖因子14(FGF14)遺伝子のGAAリピート伸長によるSCA27B(MIM: 620174)が重要であることが報告されました.ちなみにSCA27BはSCA50として報告されましたが,同じFGF14遺伝子のミスセンス変異などの遺伝子変異がSCA27と報告されていたことから,SCA27BとMIMに登録されました.

論文では,小脳性運動失調症に加えてニューロパチーおよび/または両側前庭障害を認めるRFC1遺伝子GAAリピート伸長(-)患者をヨーロッパの7施設から45人集積し,GAAリピートを調べました.この結果,GAAリピート伸長の頻度は,コホート全体で38%(17/45),小脳性運動失調+ニューロパチーのサブグループで38%(5/13),小脳失調症+両側前庭障害のサブグループで43%(9/21),3つの特徴をすべて有するサブグループで27%(3/11)でした(図左).両側前庭障害(ベッドサイド頭部インパルス検査またはビデオ頭部インパルス検査(vHIT)による両側前庭眼反射の低下として確認:vHITは47%(21/45例で実施))はGAAリピート伸長患者の75%(12/16)で認められました.またニューロパチーはGAAリピート伸長患者の75%(6/8)で軽度の感覚・運動混合型ニューロパチーを認めました(sensorimotor axonal neuropathy).運動失調の家族歴は,GAAリピート伸長患者で有意に頻度が高く(59% vs 15%;p=0.007),永続的な小脳性構音障害はGAAリピート伸長患者で有意に頻度が低いという特徴がありました(12% vs 54%;p=0.009).発症時年齢はリピート数と逆相関していました(R2=0.45; p=0.0031).

以上より,SCA27Bは,ニューロパチーおよび/または両側前庭障害を伴う小脳性運動失調症の稀ではない原因であり,CANVASおよびRFC1遺伝子関連スペクトラム障害の鑑別診断と考えられました.両者の鑑別点して,以下が挙げられます(図右).

1)SCA27BではRFC1遺伝子関連スペクトラム障害でしばしば認められる慢性咳嗽はまれ.
2)RFC1遺伝子関連スペクトラム障害では,運動神経障害は通常ないか,あってもまれであるが,SCA27Bでは75%(6/8人)に感覚・運動軸索ニューロパチーがみられた.
3)エピソード症状がSCA27Bでは10/17例と高頻度に認められたが,RFC1遺伝子関連スペクトラム障害ではまれ.
4)SCA27Bは常染色体顕性遺伝であり,RFC1遺伝子関連スペクトラム障害では常染色体潜性遺伝であるため,家族歴がその鑑別に役立つ.しかしSCA27Bでは孤発例がコホートによっては15〜50%と多く,一見,潜性遺伝にみえることがある.

Pellerin D, et al. Intronic FGF14 GAA repeat expansions are a common cause of ataxia syndromes with neuropathy and bilateral vestibulopathy. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2023 Jun 30:jnnp-2023-331490.



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多系統萎縮症の予後を推定するノモグラムの開発

2023年07月31日 | 脊髄小脳変性症
多系統萎縮症(MSA)の生存期間に関連する複数の臨床的要因が同定されています.今回,MSA研究のメッカ,オーストリアのインスブルック大学より,予後(7年生存率)を推定するためのノモグラム(ある関数の計算をグラフィカルに行うために設計された二次元の図表)が開発され発表されています.このノモグラムは個人単位で生存を予測するツールであり,患者さんのカウンセリングや療養計画に役立つものと考えられます.

方法は1999年から2016年の間にインスブルック大学に紹介されたMSA患者210人を後方視的に検討しました.35例が追跡不能,124例(59.0%)が死亡,51例(24.3%)が解析時に生存していました.発症から死亡までの生存期間の中央値は84ヵ月.多変量Cox回帰分析では,生存率定化の独立した危険因子として以下の変数が同定されました:発症時の高年齢(P = 0.0001),発症3年以内の転倒(P = 0.0001),レボドパ反応性の欠如(0.037),早期の起立性低血圧(P = 0.002),早期の泌尿・生殖器障害(P = 0.001),および発症3年以内の膀胱カテーテル治療(P = 0.002)(ちなみに「早期」の定義は運動症状の出現前ないし出現後1年以内).これらを変数にしてノモグラムを作成しました.内部検証および外部検証の時間依存性曲線下面積(AUC)は最初の7年間で0.7以上で,このモデルによる7年後の予測生存率と実際の生存率はよく一致していました.

【ノモグラムの使用方法】
①7項目の該当箇所にチェックを入れる(発症年齢,3年以内の転倒,早期カテーテル挿入,レボドパ反応性,早期の起立性低血圧,早期の泌尿・生殖器障害,純粋運動症状発症)
②各7項目のポイントを表の1番の上のスケールから調べ合計する.
③合計点をTotal pointsに書き込む
④そこから直線をおろし,7年生存率を調べる.



例えば図の患者1(赤い十字)の場合,合計ポイント84で,7年生存率が65%程度,患者2(青丸)では合計ポイント128で,7年生存率は35%程度となります.

以上のようにインスブルックMSAコホートに基づき,MSA患者における7年生存率を予測する信頼できるツールが開発されました.有用性を確認するためには,日本人も含めた大規模な前向き研究が必要と考えられます.

Eschlboeck S, et al. Development and Validation of a Prognostic Model to Predict Overall Survival in Multiple System Atrophy. Mov Disord Clin Pract. 27 June 2023(doi.org/10.1002/mdc3.13822)


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TRIM11 ― ついに発見されたアルツハイマー病等の病因蛋白タウの凝集を抑制するタンパク質

2023年07月30日 | 認知症
Science誌にアルツハイマー病(AD)研究史において恐らくepoch makingとなる重要な発見が報告されています.ADをはじめとするタウオパチーと総称される20以上もの疾患では,微小管関連タンパク質であるタウが異常リン酸化し,線維化した神経原線維変化(NFT)によって病理学的に定義されます.しかしタウがどのようにして可溶性のモノマーから不溶性の凝集体に変換されるのかはまったく不明でした.まさにこの点が,タウオパチーの病態機序に基づいた根本治療の開発を妨げていました.

米国ペンシルベニア大学の研究者らは,タウオパチーにおけるタウ凝集は年齢に依存して起こることから,タウ凝集を抑制する防御機構が年齢とともに減弱する可能性を考えました.近年,tripartite motif (TRIM)タンパク質が,タンパク質の品質管理(PQC)システムに多面的に関与している可能性が示唆されています.このTRIMはヒトでは77種類存在すると言われていますが,研究チームはこのなかからタウ凝集を減少させる可能性のある3種類を同定しました(TRIM10,TRIM55,TRIM11).実際にAD 23人と対照14人の死後脳を比較すると,AD脳ではTRIM11タンパクレベルのみ大幅に減少していました.またTRIM11遺伝子のレアバリアントがAD発症リスクとなることも報告されていました.

研究チームは,TRIM11が通常のタンパク質品質管理因子とは異なる3つのメカニズムで,タウを可溶状態に維持することを示しています.
①変異型タウや異常リン酸化タウに結合し,SUMO化を促進し,プロテアソーム分解に導く.
②(単に分解するだけでなく)タウの分子シャペロンとして機能し,ミスフォールディングと凝集を回避する.
③TRIM11はタウの脱凝集酵素(disaggregase)であり,タウ凝集体を溶解する.
初代培養神経細胞を用いた検討では,内因性TRIM11の発現抑制は神経細胞の生存率を低下させ,発現増加は生存率とシナプス前・後の点状突起(puncta)の形成を促進することから,TRIM11は重要な神経保護因子とも考えられます.

最後に複数のタウオパチーモデルマウス(タウ変異P301Lを発現するPS19マウスや,アミロイド前駆体タンパクとプレセニリン1を発現する3×Tg-ADマウスなど)を用いて,TRIM11をアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターにより海馬に局所的,あるいは脳脊髄液を通して脳全体に投与したところ,いずれのモデルにおいてもタウ病態と神経炎症は抑制され,認知能力と運動能力も改善しました.つまりタウ変異のみでなく,変異アミロイドβを導入するモデルでも,その下流で生じるTau病理を抑制したことになります.

以上よりTRIM11がタウオパチーに対する重要な保護因子であること,その発現抑制がその病態に関与する可能性があることが示唆されました.よってTRIM11の発現を回復させることが有効な治療戦略になると考えられます.ADのみならず,進行性核上性麻痺や大脳皮質基底核変性症,ピック病などのタウオパチーを一網打尽にできるかもしれません.具体的な治療法として,TRIM11の発現を増加させる遺伝子治療,もしくは小分子が有望と考えられます.
Zhang ZY, et al. TRIM11 protects against tauopathies and is down-regulated in Alzheimer's disease. Science. 2023 Jul 28;381(6656):eadd6696.



図の説明.(A)TRIM11の発現はタウ凝集を抑制している.発現低下により神経原線維変化が生じる.(B)TRIM11は過剰な正常タウおよび変異タウのプロテアソーム分解を促進する.また分子シャペロンおよび脱凝集酵素としても機能するため,タウの線維化を抑制し,モノマーとしての溶解度を保つ.(C)TRIM11は神経保護作用があり,AAVを介したTRIM11の頭蓋内投与は,複数のタウオパチーモデルマウスを改善する.


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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(7月24日)  

2023年07月24日 | COVID-19
今回のキーワードは,COVID-19無症候感染者(感染しても症状を認めない人)の遺伝子多型が発見された,long COVID発症に関わる遺伝子多型が初めて発見された,long COVID発症を予測する診断時の臨床症候が同定された,メモリーT細胞の活性化が不十分な患者はlong COVIDを呈する,初期のウイルス動態とそれに伴う宿主免疫応答がlong COVIDの発症に関与している,です.

感染しても無症状のひとの遺伝的特徴,また感染後にlong COVIDになってしまう人の遺伝的・臨床的・免疫学的特徴が明らかにされました.やはりCOVID-19は,個人の遺伝的・免疫学的な特徴により,無症状であることも,重症化・長期化することも規定されていることになります.long COVIDに移行する危険因子として,頭痛の既往,診断時における頻脈,疲労,神経認知・神経過敏性の症状,呼吸困難が同定されましたが,このような場合,抗ウイルス薬やワクチン接種によりlong COVID発症を積極的に予防すべき方向に進むのかもしれません.またWHOの定義(PCC)を満たしたlong COVID患者の2年間の前方視的解析で,回復したのは7.6%のみ,重症度で3群に分類した場合の軽症群に限られることも示されています.重症化・長期化はルーレットのようなものなので,感染予防は必要だと思います.

◆COVID-19無症候感染者の遺伝子多型が発見された.
アメリカで骨髄移植のドナーとして登録されている約3万名について調査が行われ,ワクチン無接種でCOVID-19に感染した1428名のうち,136人の無症候感染者を見出した.この136人はヒト白血球抗原(HLA)遺伝子座の多型HLA-B*15:01の保有率が,症状が出現した感染者と比べて2.40倍高いことが判明した.同様の結果が英国とCHIRP/LIINCコホートでも確認された(オッズ比3.56および3.44).感染しても症状が出現しない機序を明らかにするため,HLA-B*15:01保有者のT細胞を調べたところ,感染の経験がないにもかかわらずSARS-CoV-2ウイルスの一部であるNQKLIANQFペプチドに反応した.NQKLIANQF(NQK-Q8)に非常によく似たペプチドNQKLIANAF(NQK-A8)を季節性コロナウイルス(OC43-CoVとHKU1-CoV由来)が有している.HLA-B*15:01-ペプチド複合体の結晶構造から,NQK-Q8とNQK-A8は,HLA-B*15:01によって安定化され提示される能力が共通していることが確認された(図1).つまり2つのペプチド配列の類似性を頼りに,HLA-B*15:01保有者T細胞はSARS-CoV-2ウイルスを迅速かつ効果的に反応できるものと推測された.
Nature. 2023 Jul 19.(doi.org/10.1038/s41586-023-06331-x)



◆Long COVID発症に関わる遺伝子多型が初めて発見された.
Long COVIDの発症に関連する遺伝的要因を明らかにするために,16カ国の24研究から得られた6450人のlong COVID患者と109万3995人例の対照を検討した全ゲノム関連解析(GWAS)が報告された.この結果,ほぼどの組織でも発現する転写因子FOXP4の遺伝子領域rs9367106地点の塩基がシトシンの人ではlong COVIDの出現率はそうでない人に比べて1.6倍高いことが示された(図2).これまでの研究でFOXP4とCOVID-19重症度の関連が示されているが,重症度に対する影響よりも,むしろlong COVIDに対する影響の方がはるかに強かった.FOXP4は重症度を介してではなく,long COVIDに強く関連するものと考えられた.
medRxiv. July 01, 2023.(doi.org/10.1101/2023.06.29.23292056)



◆long COVID発症を予測する診断時の臨床症候が同定された.
スペインにて行われた,long COVID患者に対する2年間の前向きコホート研究が報告された.long COVID患者341人を対象とし,中央値23ヵ月の追跡が行われた.COVID-19診断時における,頭痛の既往,頻脈,疲労,神経認知・神経過敏性の症状,呼吸困難はlong COVIDの発症を予測した.またlong COVIDは症状の組み合わせから,3つクラスター(A,B,C)に分類できた(図3).追跡調査中にlong COVIDから回復したのは26名(7.6%)のみで,最初の2年間に回復することは極めてまれであった.また回復した者のほとんどは,主に疲労を呈する症状の軽いクラスターAに属していた.筋痛,注意力低下,呼吸困難,頻脈を呈した患者では回復が少なかった.
Lancet preprint. SSRN: http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.4505315



◆メモリーT細胞の活性化が不十分な患者はlong COVIDを呈する.
long COVIDの免疫異常は主にB細胞免疫の研究がなされ,T細胞免疫の関与は十分に明らかにされていなかった.日本からの後方視的研究で,long COVIDの症状の数,サイトカインレベル,ELISPOTアッセイデータの関係を検討した研究が報告された(ELISPOTアッセイは,INF-γ産生メモリーT細胞の活性化能を評価する検査).ELISPOT低値群では高値群に比べ,持続する症状の数が有意に多かった(図4).つまりSARS-CoV-2抗原特異的メモリーT細胞の活性化が不十分な患者は,発症初期により多様な症状を示すということになる.T細胞免疫はlong COVID発症の防止に重要な役目を果たすことから,急性期直後のT細胞免疫の評価は,long COVODへの移行の予測に有用な可能性がある.
Sci Rep 13, 11071 (2023).(doi.org/10.1038/s41598-023-35505-w)



◆初期のウイルス動態とそれに伴う宿主免疫応答がLong COVIDの発症に関与している.
long COVID患者における急性期のウイルス動態と宿主免疫応答の役割を理解するために,SARS-CoV-2リアルタイムPCRが陽性になってから5日以内の患者136名を検討した.完全に回復した患者と比較して,long COVIDを発症した患者は,急性期の最初の10日間において,SARS-CoV-2 RNA(図5),感染性ウイルス,N-抗原の最大値が有意に高く,ウイルス排出期間が長く,かつスパイク特異的IgG値が低かった.long COVIDに移行した患者では,完全回復者と比較し有意差は認めなかったものの,MCP-1,IFN-α,IFN-γなどの初期値が高い傾向がみられた.以上より,急性期におけるウイルス感染の程度とそれに伴う宿主免疫応答がlong COVIDの発症に関与しているものと考えられた.
medRxiv. July 16, 2023.(doi.org/10.1101/2023.07.14.23292649)



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第17回パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDSJ 2023)ビデオセッション症例解説

2023年07月22日 | 運動異常症
標題の学会(大会長.東京大学.戸田達史先生)が7月20日から3日にかけて行われました.私は「免疫性疾患と不随意運動アップデート ―新規抗体と治療可能性―」という教育講演をさせていただきました.以下のようなスライドを使用しました(下記からDL可能です).



スライドへのリンク

そして私のMDSJの一番の楽しみは,学会員が経験した貴重な患者さんのビデオを持ち寄り,その不随意運動や診断・治療について議論するビデオセッションです.今年の11症例の一覧をご紹介します.久しぶりに対面で開催されましたが,非常に楽しく,勉強となるdiscussionになりました.

症例1.ふらつきが強く歩行困難となった高齢男性
82歳.主訴は歩行困難.既往歴に部分てんかん(フェニトインで治療).急性発症のめまい,後方に倒れる転倒.ろれつ緩慢.認知機能低下.左優位の筋強剛,注視方向性眼振.体幹と下肢に強い運動失調.姿勢保持障害.手を動かすと足が動くsynkinesis(共同連合).頭部MRIで異常なし.

診断:フェニトイン中毒(血中濃度46.7μg/mL)

症例2.書字の際に力が入ってしまうという症状で初発した40歳代女性
母が50歳代で脊髄小脳変性症と診断されている.9年前から書字の際に力が入るようになる.6年前から歩行時のふらつき.神経学的には書字の際のジストニア.上肢に目立つ運動失調を認める.頭部MRIでは小脳萎縮を認める.

診断: SCA14 (PRKCG遺伝子変異)(全エキソーム解析)


症例3.可逆性の片側性パーキンニズムを呈した30歳代男性
36歳男性.5ヶ月前から右上肢に振戦を認める.発達遅滞があり.家族歴や内服歴なし.眼球運動は衝動性.右側に強い運動緩慢と安静時振戦(3-5Hz).

診断:蝶形骨洞の髄膜腫

症例4. 顕著な左上肢の不随運動で発症した49歳男性例
突然発症の疲労,左上肢の振戦.両手のしびれ.当初,脳卒中が疑われた.左側優位の振戦は運動時および姿勢時に認められた(Holmes振戦).腱反射亢進.歩行の不安定性.CD4細胞↓.頭部MRIで歯状核,中小脳脚,視床に異常信号.JCV陽性.

診断:進行性多巣性白質脳症(PML)

症例5.亜急性の失調性歩行で発症した68歳男性
一ヶ月の経過で歩行が不能になった.糖尿病あり.上下肢・体幹の運動失調.構音障害.注視方向性の眼振.sIL2R,CEAの上昇を認めた.頭部MRIで小脳萎縮は目立たない.肺に腺がん,またシェーグレン症候群も認めた.抗神経抗体はグリアジンIgAが弱陽性以外すべて陰性.免疫療法を行ったが無効.

診断:シェーグレン症候群?グルテン失調症?(未確定)

症例6.ある治療により低緊張・無動症状が改善した運動異常症の6歳男児例
成長発育遅延を認めた.2歳で立てなくなった.日内変動,睡眠効果もあった.3歳3ヶ月で低緊張・運動緩慢,仮面様願望を認めた.腱反射亢進しクローヌスを認めるがバビンスキー徴候陰性.頭部MRI異常なし.脳脊髄液のHVA↓HVA/5-HIAA↓↓6歳で開始したl-dopaが著効.

診断:チロシン・ヒドロキシラーゼ欠損症

症例7.ふらつきを主訴とし,手指の不随意運動とsplit handを認めた70歳代女性
母親に類症を認めた.5年前から階段が降りにくくなった.3年前からRBDを認めた.2年前から歩行障害が顕著になった.Split handの手指萎縮を認めた.上肢の姿勢時のこまかいふるえを認めた(ポリミニミオクローヌスないし線維束性収縮).神経伝導検査で運動・感覚ニューロパチー.表面筋電図はミオクローヌス・パターン.小脳・橋の軽度の萎縮.

診断:MJD/SCA3

症例8.頸部と上肢のふるえで発症した20歳代女性 
1年前から頸部と右上肢のふるえが出現.一年前から不安障害.IQは70.右上肢の姿勢時振戦.頸部の細かい振戦はdystonic tremor.歩行もジストニア様.頭部MRI正常.DATスキャン低下.

診断:DYT28(KMT 2B遺伝子変異)

症例9.パーキンソンにズムに原因不明の呼吸不全を合併した一例
7年前から歩行障害.4年前パーキンソン病と診断され,当初l-dopa有効.2年前からいびき.1年前から幻覚,呼吸不全,CO2ナルコーシス.前傾姿勢,球麻痺,水平方向性の眼球運動制.バビンスキー徴候陽性.パーキンソニズム.吸気性喘鳴.%VC 48%.

診断:IgLON5抗抗体関連疾患

症例10.右肩が勝手に動いてしまう73歳女性
3年前から歩行障害.ベーチェット病の既往.右肩を連続して複数回持ち上げるような不随意運動.認知機能低下.腱反射亢進.LGI1,CASPR2抗体陰性.SPECTでCAPPARサイン.タップテストで歩行改善.

診断:iNPHに伴うバリズム・舞踏運動ないし機能性運動障害

症例11  左上肢の挙上を呈した50代女性の一例(当科経験例)
3年前からふらつきと構音障害.2年前から無意識に左上肢を頭上に伸ばし,手首を曲げる動作を繰り返すようになった.発症当初は1時間に数回であったが,徐々に増加し,当院入院時には15回/分となった.小脳性運動失調,パーキンソニズム.起立性低血圧.頭部MRIで両側のputaminal rim sign.機能性運動障害は考えにくく,手の挙上はarm levitationと考えられ,それに対応する対側頭頂~側頭葉の血流低下がある(ただし頭の上まで届くarm levitationは報告なし).MDS MSA診断基準のClinically Probable MSAを満たすが・・・MSAとは考えにくいとの意見が複数あり.OPCA-CBDのようなタウオパチーではないかという意見もあった.

診断:arm levitationを認めたclinically Probable MSA


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心疾患患者の睡眠障害の原因はなんと頸部の神経節にあった!

2023年07月22日 | 医学と医療
心疾患患者の約3分の1が睡眠障害に苦しんでいると言われています.また睡眠ホルモンであるメラトニン濃度が低下することや,睡眠・覚醒サイクルの乱れが生じていることも知られています.これらの原因は不明でしたが,ミュンヘン工科大学からの研究で,心疾患が頸部にある神経節を介して,メラトニンを生成する松果体に影響を及ぼすこと(図1)がScience誌に報告されました.臓器と臓器を結ぶというこれまで知られていなかった神経節の役割を明らかにしたもので非常に驚きました.



まず著者らは,心疾患マウスの上頸神経節に原因不明ながら,マクロファージが多数存在することを見出しました.このマクロファージは上頸神経節に炎症と瘢痕化を引き起こし,神経細胞を障害します.マウスおよびヒトでは,この上頸神経節から神経軸索が松果体へとつながっており(wildDISCO技術で,神経軸索を追っています),心疾患マウスの進行期では,神経軸索および松果体が大幅に減少し,その結果,メラトニンも減少して,昼夜のリズムの乱れるものと考えられました.また心疾患患者の上頸神経節をエコーにて評価したところ,瘢痕化によると推測される顕著な肥大が認められました(図2).この所見は今後,心不全の指標になる可能性があります.



本研究は,2つの点で重要と思われます.まず上頸神経節における炎症を抑制することで,心疾患後に生じる回復困難な睡眠障害を予防できる可能性があります.もうひとつは神経節を介してつながり障害を受けて発症する疾患が,心臓―松果体以外にも存在する可能性があり,そのような疾患の系統的な探索が始まり,新しい治療につながるかもしれません.神経節に今後,注目が集まるものと思います.
Ziegler KA, et al. Immune-mediated denervation of the pineal gland underlies sleep disturbance in cardiac disease. Science. 2023 Jul 21;381(6655):285-290. (doi.org/10.1126/science.abn6366)

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アルツハイマー病治療薬レカネマブはどんな薬か理解しよう! ―患者・家族のための分かりやすい説明図―

2023年07月10日 | 運動異常症
FDAでのフル承認を受け,日本でもレカネマブの使用がより現実味を帯びてきました.図はAlberto J Espay教授(シンシナチ大学)がTwitter(@AlbertoEspay)で発信されたレカネマブ治療に関する説明です.一般の方々に必ずしもその効果と副作用について伝わっていないように思われますのでこの図を用いて解説したいと思います.



レカネマブの効果を示したClarity AD試験の対象は,PETまたは脳脊髄液検査でアミロイドが検出された50〜90歳の早期アルツハイマー病患者で,レカネマブ群898人,偽薬群897人です(①).2週間ごとにレカネマブを静脈内投与します.主要評価項目は,CDR-SB(Clinical Dementia Rating-Sum of Boxes,範囲0〜18点で高いほど障害が強い)の18カ月間における開始前からの変化です.通常,18点中1点以上の変化がある場合,改善ないし悪化と定義されます(②).



さてレカネマブのCDR-SBに対する効果は,開始前のスコアは両群とも約3.2点で,18ヵ月間でレカネマブ群1.21点,偽薬群1.66点で「ともに悪化」しました.またその差は0.45点,つまりレカネマブは0.45/1.66(27.1%)悪化を抑制したということになります(P<0.001)(③).つまりごく早期の患者において,18ヶ月で悪化はするものの,18点中0.45点という抑制があることをどう解釈するかが求められるわけです.



また「27%進行を抑制する」ばかり強調されますが,この表現は誤解を招くとも言われています.重要なのは変化でなく,実際の点数であり,その効果を実感できるかどうかです.つまり開始前の3.2点と,18ヵ月後の点数(レカネマブ群4.41点と偽薬群4.86点.その差0.45点)を比較することになります.現実の世界では偽薬群と比べて18ヶ月間で0.45/4.86(9.3%)の違いしかなく(④),患者・家族がその効果を実感することはまずないだろうと言われています.年間約350万円という価格ですので,どのような人に使用すべきかという議論があります.私は共同通信社からの依頼で,今年1月に「指標」欄に意見を執筆しました.私の考えは治療効果に応じて薬の価格が変動する「償還払い方式を導入すべき」というものですが,じつは18ヶ月間で18点中0.45点の差と軽微であるため厳密な効果判定は難しいのかもしれません.



さらに治療による効果や有害事象の程度を評価する必要があります.その指標となる治療必要数(NNT)は,ある治療を行った場合,1人に効果が現れるまでに何人に治療する必要があるのかを表します.しかしレカネマブでは認知機能が改善することはないのでNNTを計算することはできません(⑤).一方,有害事象は害必要数(NHH)を計算します.有害事象45%,アミロイド関連画像異常(ARIA)が26%で,計算すると3,すなわち3人に投与すると1人に害が及ぶということになります.よって⑥に100人治療した時の結果の内訳を示しますが,改善(緑)なし,悪化(オレンジ)2/3,有害(紫)1/3となります. レカネマブの特徴が一目瞭然の図です.



ちなみにレカネマブ群対偽薬群で,死亡0.7%対0.8%(6例対7例),重大合併症14.0%対11.3%,ARIA-E(アミロイド関連画像異常-浮腫/浸出)12.6%対1.7%,ARIA-H(同-出血性変化)17.3%対9.0%,症候性ARIA-H 0.7%対0.2%でした.ARIA-Eは開始3ヶ月以内に生じたものの,いずれも軽症ないし無症候で治験の中断には至りませんでした.ただしARIA-EはApoE ε4ホモでは高率でした(ARIA-E 32.6%対3.8%).J Prev Alzheimers Dis誌に発表されたレカネマブの適正使用ガイドラインでは,安全性確保のためにAPOE遺伝子検査を推奨しています.

最後(⑦)に「レカネマブ用量依存性脳萎縮」が書かれています.18ヶ月間で偽薬群17500 mm3の萎縮が生じますが,レカネマブ群ではより高度の22000 mm3という脳萎縮が生じます.この差は4500 mm3ですので,偽薬群より4500/17500=26%(ティースプーン1杯程度の体積)萎縮が高度です.なぜ萎縮が促進されるのか,この萎縮がどういう意義を持つのかはまだ不明です.



そのほかにも知っておくべき重要な事項があります.
◆脳アミロイドアンギオパチー(脳血管にアミロイドβが沈着する疾患)を合併する場合,レカネマブで脳出血を合併しやすく,これまで3症例の死亡例の報告(2例目3例目)があること.よって脳アミロイドアンギオパチーをきちんと除外する必要があるが,その診断は必ずしも容易ではないこと.
◆死亡例の中に,レカネマブ使用中に脳梗塞を発症し,その際に血栓溶解療法を行ったところ大出血→死亡した症例が含まれていること.
◆ARIAの長期的な影響は不明であること
◆APOE遺伝子検査は推奨されるが,遺伝子診断の体制づくりと,診断後の適切な説明・カウンセリングは容易ではないこと

以上を参考にしてレカネマブへの理解を深めていただければと思います.

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抗IgLON5抗体関連疾患(Anti-IgLON5 disease)の総説をpublishしました!

2023年07月08日 | 運動異常症
当科の大学院生,大野陽哉先生らは標題の総説をClin Exp Neuroimmunol. 誌に発表しました.抗IgLON5抗体関連疾患は,細胞接着分子IgLON5を標的とする自己免疫性脳炎です.病型は,(i)睡眠障害,(ii)球麻痺症候群,(iii)運動異常症,(iv)認知機能障害,(v)神経筋症状(stiff-person症候群に類似)に分類されます(図1).



睡眠障害では,睡眠時随伴症(パラソムニア)や睡眠呼吸障害(喉頭喘鳴や声帯開大不全,睡眠時無呼吸,中枢性低換気)を認めます.運動異常症では,コレア,ジストニア,筋強剛,振戦,ミオクローヌス,ミオリズミアなどがみられます.認知機能障害には,遂行機能障害,注意障害,言語・視覚記憶障害などがあります.舌や筋の線維束性収縮,四肢の筋力低下・筋萎縮も認めます.一部の患者は,進行性核上性麻痺や多系統萎縮症,筋萎縮性側索硬化症,大脳皮質基底核症候群などの神経変性疾患に似た症状を呈することがあります.PSGでは,未分化なNREM睡眠と構造化不良のN2が特徴的です.頭部MRIおよび脳脊髄液検査では,一般的に正常または非特異的な所見が見られます.HLA-DRB1*10:01-DQB1*05:01がこの疾患と強く関連しています.自己抗体はcell-based assayにて検出します(図2.当科にて測定可能です).


(A-D)患者血清と(E-H)陰性対照血清を用いたIgLON5抗体のcell-based assay.青:核,緑:GFAP-IgLON5,赤:IgLON5に結合する抗体,最後:マージ画像.

病理学的には,視床下部,脳幹被蓋および上位頚髄に,リン酸化3/ 4リピート・タウの神経細胞沈着,神経細胞消失,グリオーシスが観察されます.ステロイド,IVIG,血漿交換療法,リツキシマブなどの免疫療法に反応する患者もいます.免疫療法への良好な反応を示唆する因子としては,早期治療の開始,脳脊髄液の炎症所見,IgLON5抗体サブクラスがIgG4に比べてIgG1優位であることなどが挙げられます.早期治療が有効な理由は,病初期には抗体誘発性の神経炎症が優勢であるものの,二次的なタウ病理が起こり,不可逆的な変化をもたらすためと考えられます.以上,睡眠障害を併発する非典型的な運動異常症を有する患者では,抗IgLON5抗体関連疾患を鑑別に挙げる必要があります.
Ono Y, Kimura A, Shimohata T. Pathogenesis, clinical features and treatment of anti-IgLON5 disease. Clin Exp Neuroimmunol. doi.org/10.1111/cen3.12759

★ 自己免疫性脳炎を研究する大学院生を募集中です.取り組むべきテーマがたくさんあります.関心のある先生は見学にお越しください.メッセージ等でご連絡ください.

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(7月7日)

2023年07月07日 | COVID-19
今回のキーワードは,long COVIDに特徴的な症状が特定され,診断のためのPASCスコアが開発された,SARS-CoV-2ウイルスは神経細胞を融合させる,迷走神経機能障害はlong COVIDの病態機序において重要な役割を果たしている,メトホルミンはlong COVID予防薬としての効果が期待される,ワクチン接種はlong COVID発症を予防する,です.

Long COVIDの病態機序としてとくに持続感染が注目されていますが,持続感染がどのように神経障害を引き起こすかは十分解明されていません.今回,SARS-CoV-2ウイルス感染が,神経細胞同士を融合させてしまい(Cyncytiaといいます),機能障害を引き起こし,ブレインフォグや認知症をもたらす可能性が示されました(図1).まだヒト患者脳では証明されていませんが,今後,事実かどうか明らかにされると思います.またlong COVIDの予防薬として期待されていた糖尿病治療薬メトホルミンの有効性が第3相試験でも確認されました!さらにmRNAワクチンもCOVID-19の重症化予防のみならず,long COVIDの予防にも有効であることが大規模研究で確認されました!



◆long COVIDに特徴的な症状が特定され,診断のためのPASCスコアが開発された.
米国からlong COVID,もしくは PASC(post-acute sequelae of SARS-CoV-2)に特徴的な症状を見出し,診断のためのPASCスコアを作ること,ならびにワクチン接種や感染回数がPASCに及ぼす影響について検討した大規模前向き観察コホート研究が報告された(NIHが指揮するRECOVER研究の第一弾).RECOVER研究の目的は3つで,PASC の臨床症候と病態生理を定義すること,自然史と有病率を決定すること,後遺症の機序を明らかにすることである.9764人の参加者が選択基準を満たした.初感染後30日以内に登録された2231人のうち,6カ月後にPASCと診断されたのは10%(224人)であった.感染者と非感染者を比較し,37の症状が調整オッズ比1.5以上となった.PASCスコアに採用された症状としては,労作後倦怠感,疲労,ブレインフォグ,めまい,胃腸症状,動悸,性的欲求・能力の変化,嗅覚・味覚障害,口渇,慢性咳嗽,胸痛,運動異常症であった.最も重症の群は,労作後倦怠感と中枢神経系機能障害を主徴とし,最も軽症の群では嗅覚障害を主徴とした.各症状に重み付けした値をつけ,その合計で算出されるPASCスコアのカットオフ値は12で(図2),SARS-CoV-2感染者全体の23%に合致するものとなった(感染の既往がない人の4%がこのカットオフ値を満たした).この定義によるPASCはワクチン接種を受けていない参加者で頻度が高く,Omicronコホートでは,複数感染者が1回感染者より頻度が高かった.
JAMA. May 25, 2023.(doi.org/10.1001/jama.2023.8823)



◆SARS-CoV-2ウイルスは神経細胞を融合させる
SARS-CoV-2ウイルスが特定の細胞同士を融合させる可能性が指摘されていた.具体的には重症患者の剖検肺で,シンシティア(Cyncytia)と呼ばれる大きな多細胞構造を認め,呼吸器障害の一因である可能性が指摘されていた.このような細胞融合をきたすウイルスとしてHIV,狂犬病,日本脳炎,麻疹,単純ヘルペスウイルス,ジカウイルスが知られていた.オーストラリアからこのシンシティアが脳内で生じるかを検討した研究が報告された.遺伝子組換えで赤もしくは緑の蛍光を発するマウス神経細胞を培養し,SARS-CoV-2ウイルスに感染させると融合し,黄色を示す細胞が観察された.マウスおよびヒト脳オルガノイド(ミニ脳)を用いた実験でも,ニューロン間およびニューロンとグリア間の融合が観察された.ただし肺と異なり融合は細胞体のみでなく,樹状突起や軸索で主に生じていた(図3).また通常,神経細胞は独立して発火し信号を伝達するが,融合した神経細胞の90%は同時に発火し,10%は活動しなかった.さらにスパイク蛋白を発現するように神経細胞を操作したところ,ACE2を発現している細胞とのみ融合が生じた.つまり感染細胞に発現するスパイク蛋白が,他の細胞上のACE2に結合し融合を誘導する可能性が考えられた.
Sci Adv. 2023 Jun 9;9(23):eadg2248.(doi.org/10.1126/sciadv.adg2248)



◆迷走神経機能障害はlong COVIDの病態機序において重要な役割を果たしている
Long COVIDの病態機序のひとつとして,SARS-CoV-2ウイルス感染に伴う迷走神経機能障害の可能性が指摘されていた.この可能性を検証するために,迷走神経障害を示唆する症状を有するlong COVID患者30人(迷走神経障害群)と,急性COVID-19から完全に回復した患者14人(回復群),および非感染者16人(非感染群)を対象として,種々の迷走神経機能検査を行った.まず最も多く認めた症状は,認知機能障害(83%),呼吸困難(80%),頻脈(80%)であった.回復群/非感染群に比べ,迷走神経障害群では頸部超音波検査で迷走神経の肥厚と高輝度を認める傾向があった(左迷走神経断面積: 2.4対2.0対1.9mm2,p=0.080).また横隔膜曲線の扁平化(47%対6%対14%,p=0.007),食道蠕動運動の低下(34%対0%対21%,p=0.020),胃食道逆流(34% vs 19% vs 7%,p=0.130),食道裂孔ヘルニア(25%対0% 対7%,p=0.050),機能的呼吸テストにおける最大吸気圧の低下(62%対6%対17%,p≦0.001)を認めた(図4).以上より,迷走神経機能障害はlong COVIDの病態機序において重要な役割を果たすものと考えられた.
Lancet preprint. Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=4479598 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.4479598



◆メトホルミンはlong COVID予防薬としての効果が期待される
感染後すぐにメトホルミン,イベルメクチン,フルボキサミンによる外来治療を行うことで,long COVIDのリスクが低下するかを検討した研究が報告された.米国の6施設で無作為化四重盲検第3相試験(COVID-OUT)を実施した.対象は発症7日未満で,登録前3日以内に感染が証明された30~85歳の過体重または肥満の成人をとした.2×3の並行要因ランダム化により,メトホルミン+イベルメクチン,メトホルミン+フルボキサミン,メトホルミン+偽薬,イベルメクチン+偽薬,フルボキサミン+偽薬,偽薬+偽薬の投与群に割り付けた.1431人が無作為に割り付けられ,うち1126人が長期フォローアップに同意し,1126人中1074人(95%)が少なくとも9ヵ月の追跡を完了した.1126人のうち93人(8.3%)が300日目までにlong COVIDと診断された.300日目までのlong COVIDの累積発生率はメトホルミン投与群で6.3%,偽薬群で10.4%であった(ハザード比0.59;p=0.012)(図5).発症後3日以内にメトホルミンを開始した場合,HRは0.37であった.イベルメクチン(HR 0.99)またはフルボキサミン(1.36)は無効であった.以上より,メトホルミンは,偽薬と比較してlong COVID罹患率を約41%減少させ,絶対減少率は4.1%であった.メトホルミンは世界的に入手可能で,安価で,安全で,long COVID予防薬としての効果が期待される.機序としては抗ウイルス作用(mTOR阻害),抗酸化ストレス・抗炎症作用が推測されている.
Lancet Infect Dis. 2023 Jun 8:S1473-3099(23)00299-2.(doi.org/10.1016/S1473-3099(23)00299-2)



◆long COVIDはワクチン接種により抑制され,再感染により増加する
ワクチンはCOVID-19の重症化予防に有効であることが示されているが,long COVID予防の効果については不明である.このため英国,スペインのプライマリケア記録とエストニアの国民健康保険請求書を用いてコホート研究を行った.CPRD GOLD(英国),CPRD AURUM(英国),SIDIAP(スペイン),CORIVA(エストニア)から,1,618,395人,5,729,915人,2,744,821人,77,603人以上のワクチン接種者と,1,640,371人,5,860,564人,2,588,518人,302,267人以上のワクチン未接種者が組み入れられた.このうち,CPRD GOLDでは3,147例,CPRD AURUMでは36,490例,SIDIAPでは121,535例,CORIVAでは20,332例の長期COVID症例が同定された.部分分布ハザード比(sHR)はそれぞれ0.55,0.64,0.84,0.62であった.比較有効性解析では,BNT162b2(ファイザーワクチン)がChAdOx1(アストラゼネカワクチン)より良好な予防効果を示した(CPRD GOLDではsHR 0.77,CPRD AURUMでは0.73).またLong COVIDは再感染により増加した(図6).以上より,ワクチン接種により,long COVIDリスクは一貫して減少した.この結果はlong COVID予防におけるワクチン接種の重要性を示すものである.
Lancet preprint. Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=4474215 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.4474215


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研修医のキャリア相談に脳神経内科医が答えます!

2023年07月06日 | 医学と医療
日本神経学会とメドピア株式会社は共同で,研修医のキャリア選択を支援することを目的にしたQ&Aコンテンツを,医師専用コミュニティサイト「MedPeer」で公開しました.日本神経学会広報委員会メンバーが研修医の先生がたの7つの疑問にしっかりお答えします.研修医・医学生のみなさんにはぜひご覧いただきたいですし,指導医の先生方には何かの際にご使用いただければと思います.どうぞ宜しくお願いいたします(閲覧にはIDないし会員登録が必要になります).

【7つの質問】
#1. 脳神経内科を選択した決め手は何ですか?
#2. 脳神経内科医に求められる能力や適正は?
#3. 脳神経内科医の働き方やキャリアの可能性とは?
#4. 出産・育児とキャリアの両立はできますか?
#5. 今の専攻を選択した理由と専攻別による働き方の違いを教えてください.
#6. 脳神経内科の開業に適した地域はありますか?
#7. 脳神経内科の開業医が治療頻度の高い疾患は?

研修医キャリア相談 -脳神経内科編-





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